表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

317/714

第317話 くっころ男騎士と暗殺事件

 その夜。石と流木で作ったベッドと名乗るのもおこがましいような寝床で就寝していた僕を、伝令兵が叩き起こした。


「大変です、城伯様!」


「……どうした」


 寝ぼけまなこをこすりつつ、僕は起き上がろうとする。が、それは果たせない。いつの間にか寝床に侵入してきていたソニアが、タコめいて僕に巻き付いていたからだ。

 寒い時期には良くある話だ。慌てず騒がず、僕は「いいポーズですよアル様ぁ……そのまま、そのまま……」などと訳の分からない寝言を繰り返しているソニアの耳に、思いっきり息を吹きかけた。


「ホアアアーッ!?」


 悲鳴を上げて飛び起きるソニアを無視しつつ、僕は今度こそベッドから降りて立ち上がった。相変わらず地面はビチャビチャに濡れており、大変に不快だ。

 顔をしかめつつ、周囲をうかがう。まだ夜明け前のようで、周囲は真っ暗だった。灯りと言えば、塹壕内に設置された僅かな松明くらいのものである。


「な、なにやってるんですか、ソニア様は……」


 ベッドでもだえているソニアを見ながら、伝令兵が奇妙な表情をしながら聞いてくる。まあ、言いたいことはわかるよ。若い男女が同じベッドで寝ていたわけだからな。あらぬ想像をしてしまうのもムリはない。……まあ、実際は何も起こってないんだけど。


「北国出身の竜人(ドラゴニュート)の習性みたいなものだ。気にするな」


 キッチリと着込んだままの防寒着を見せて『イヤらしいことをしてたわけじゃないぞ』とアピールしつつ、僕はコホンと咳払いした。単に、寒さに耐えかねたソニアが僕のぬくもりを求めてベッドに突入してきただけの話である。冬場になると時折こういうことがある。

 しかし本当、ガキの頃ならまだしも大人になってからもこの習慣が続くとは思ってもみなかったよ。いい加減ソニアには自重していただきたい。僕がお婿に行けなくなったらどうするんだ、責任を取ってくれるのか?


「で、どうした?」


 努めて柔らかい声で、僕は伝令兵に問いかけた。こういう時、部下を委縮させるような態度を取ってはいけない。上司の不興を買うことを恐れて必要な報告を怠るようになったら、組織としてはオシマイだからな。


「それが……」


 一瞬目をそらしてから、伝令兵は言葉をつづけた。


「捕虜に取ったアリ虫人の将……あの方が、殺されました」


「……わあ」


 ウソやん。思わずそう呟きかけて、僕は何とか堪えた。


「檻の隙間から、槍か何かで心臓を一突き。手練れの暗殺者のやり口ですな」


 それから十分後。僕はソニアを伴って、ゼラ氏が捕らえられていた檻の前に来ていた。檻の中には、血を流して倒れている大柄なアリ虫人が一人。

 検死官代わりのベテラン下士官が説明する通り、他殺と見て間違いなさそうな様子である。彼女は近いうちに解放する予定で、本人にもそれは伝えていたのだ。突然虜囚の辱めを受け続けることに我慢がならなくなり、自害したなどということはあり得ない。


「見張りの連中は何をしていたんだ? 歩哨は最低でも三人以上は立てておけと命じていたはずだが……」


 不快感を隠しもしない様子で、ソニアが見張りを担当していた分隊の隊長を問い詰めた。この任務を担当していたのは、騎士隊である。戦闘力でも信頼でも僕の配下の中ではピカイチの連中なので、安心して仕事を任せていたのだが……結果はこの通りだ。


「もちろん、手を抜いてなどおりません」


 青い顔をしながら、若い騎士が弁明する。


「念のため、歩哨は多めに立てていました。ただ……全員がほぼ同時に制圧されてしまったようでして。まったく抵抗した形跡がないまま、全員倒れておりました」


「なんだと? 彼女らは無事なのか?」


 騎士隊の連中は、大半が幼年騎士団時代から付き合いのある幼馴染たちだ。それが四人もやられたと聞けば、流石に冷静ではいられない。僕は慌ててズイと前に出た。


「意識は失っておりますが、命に別状はありません。目覚めたらすぐにでも戦線復帰できるでしょう。……つまり、一切の無駄を省いた的確な一撃で意識だけを刈り取られたワケです。敵は化け物じみた手練れですよ」


 医官の説明に、僕はなんとも微妙な顔をせざるを得なかった。幼馴染たちが無事だったのは喜ばしいが、我々の陣地の中に尋常ならざる凶手が侵入してきていたことが発覚したのだ。落ち着いていられるはずもない。

 もし、狙われたのが僕やソニアだった場合……暗殺を防ぐことはできたのだろうか? むろん十分な警備体制はとってあるが、ゼラ氏を殺った手管を見ると全く安心はできない。

 というか、ゼラ氏が亡くなったのもめちゃくちゃ痛手だ。せっかく、アリンコ共との停戦の懸け橋になってもらおうと思っていたのに……彼女を死なせてしまったとあっては、むしろアリンコ共は態度を硬化させてしまう可能性も高い。


「むぅ……」


 僕は自分のアゴを撫でながら唸った。下手人は、おそらくヴァンカ派だろう。アリンコどもが戦線離脱をすれば、彼女らは大変に困ったことになる。彼女らが和睦の阻止に動くのは当然のことだ。僕もそれを警戒して、警備を厚くするように命じていたのだが……。


「おう、おう、また面倒なことになっておるのぅ」


 そんなことを言いながら近寄ってきたのは、ダライヤ氏である。彼女は眼をしょぼしょぼさせつつ、散歩でもするような気安い足取りでゼラ氏が倒れたままになっている檻へと歩み寄った。周囲のリースベン兵が胡散臭げな表情を浮かべても、お構いなしだ。まるで推理小説に出てくる名探偵のような態度である。


「この尋常ではない手並み……下手人はおそらく透破(すっぱ)じゃろうな。ううむ、まったく厄介な手合いが敵にまわったもんじゃのぅ」


 ……透破というとアレか、エルフ忍者か。僕の脳裏に、以前の襲撃事件で護衛に当たってくれたエルフ忍者の顔が浮かび上がってくる。

 彼女らは、今どうしているのだろうか? 元老院での戦闘では、エルフ忍者によるものと思わしき援護を受けたが……結局、姿は見せずじまいだった。

 そんなことを考えていると、ダライヤ氏がちょいちょいと手招きしてくる。なんじゃ一体と思いつつも近寄ると、彼女は密かに人差し指を口の前で立てつつゼラ氏の遺体の顔をこっそりと指さした。


「……ッ!?」


 松明の微かな光に照らされたその遺体は、よく見ればゼラ氏と背格好が似ているだけの別人ではないか。僕が思わずダライヤ氏の方に目をやると、彼女は微かに笑って頷いた。


「ホンモノは?」


 周囲に聞かれぬよう小さな声で問いかけると、彼女もまた小声で「すでに檻の外、じゃ」と返してきた。


「ヴァンカの奴がこういう手を使ってくるのは分かっておったからのぅ。密かに影武者とすり替えておいたんじゃ」


「まーたあなたは勝手にそんなことを……」


 僕は頭を抱えたい心地になった。どうやら、ダライヤ氏はまた裏で何かしらの悪だくみをしていたらしい。こりゃ、あとでガッツリお灸を据えておく必要がありそうだな。このロリババアは本当にすぐ勝手な真似をしやがる。


「申し訳ないのぅ。しかし、敵を騙すにはまず味方からという格言もある……」


 声を潜めてウィンクしてくるダライヤ氏は大変にカワイイが、やっていることは全く可愛くない。指揮官に内緒で捕虜のすり替えなんてするんじゃねえよ、前線でなきゃ即座に営倉にブチこんでるところだぞ。

 いやまあ、本物のゼラ氏が無事なのは大変に喜ばしいニュースだがね。アリンコとの停戦の目は潰えていないってことだし。ただ、報告も相談もなしに策を進めやがったというのは、やはりマズい。あとでコッテリお説教してやらねば……。


「そうすると……この影武者とやらは」


「餌じゃよ、餌。獅子身中の虫を取り除くためのな。間違いなく、ヴァンカは我らの中に間諜を紛れ込ませておる。厄介なことになる前に、あぶりだして排除しておく必要があったんじゃよ」


 僕はウムムと唸った。彼女の言うことは決して間違ってはいない。我々は状況に流されるまま敵と味方に分かれて戦っているだけなのだ。兵士個人の身元調査など一切行っていないため、スパイを潜入させるのは極めて容易だろう。

 それにしてもひどいことをするな、このロリババアは。ヴァンカの手のものがアリンコ共の宰相(若頭?)を殺そうとしたことが明るみにでれば、連中はヴァンカ派との手を切らざるを得なくなる。停戦交渉のダメ押しの一手として、影武者をわざと殺させたに違いない。……というか、最悪自作自演かも。あー、やだやだ。

 この影武者の正体は、おそらくゼラ氏と背格好の似ているだけの一般アリンコ兵だ。我々は昨日の戦いで少なくない数の捕虜をとっていたから、人選は楽だったに違いない。しかし、捕虜をこのような非道な策に使うというのは、どうにも僕の好みではないな……。


「下手人の目星はついておる。ま、ワシに任せておくのじゃ」


「……了解。ただ、事後承諾はいただけないな。あとでオシオキをするから覚悟しておくように」


「……おしりペンペンくらいで許してくれると嬉しいのじゃが?」


「おしりペンペンだな。よし、ソニアのフルパワーを叩き込んでもらうからな、覚悟しておくように」


「そ、それだけは勘弁してほしいのじゃが!? ワシの尻が取り返しのつかないことになってしまう!」


 顔を青くするロリババアを、僕は厳しい目つきで睨みつけた。彼女が昔からこんなことばかりやっているとすれば、そりゃあアリンコ共が伝説の外道呼ばわりをするのも当然だろう。しかし、僕の下で働いてもらう以上はせめてスタンドプレー癖だけでも矯正してもらわないと困るんだよなあ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ