第316話 くっころ男騎士と参戦理由
酒を所望する"大姉貴"……あらためゼラ氏に、僕はブランデーの小瓶を渡してやった。残念ながら、僕が持ち込んだ酒はこれが最後だ。予想外に遠征が長引いたせいで、嗜好品の類も底をつき始めている。
「ほぉ? ちぃとばかし酒精はキツいが、なかなかエエ酒じゃないの」
小瓶の中身を舐めるように飲みつつ、ゼラ氏が言う。エルフどもは皆ブランデーやウィスキーといった強めの酒は薄めて飲むことを好むのだが、アリ虫人たちは生のままでも平気そうだ。
「ええと……それで、何じゃったか。……、ああ、ウチの女王陛下がヴァンカのババアのケツかいとるっちゅう話じゃな」
ケツ掻いとるってなんだよ、介護か? などと一瞬考え込んだが、おそらくは従っているという意味のスラングだろう。いちいち言葉遣いが下品な連中だな、アリ虫人。
「そこな外道のご明察通り、今のわしらはエルフどもからパクってきたイモで糊口を凌いどる。まあ、若ェもんには秘密にしとるがのぉ」
そこな外道呼ばわりされたダライヤ氏は、興味も無さげな表情でゼラ氏を一瞥。そして僕の方に視線を向けると、華の開くような笑みを浮かべる。そしてポンチョの中から、小ぶりな貧乏徳利を取り出していった。
「こんな話はシラフで聞いても面白くもなんともないじゃろう。ワシらも一献やらんかね?」
「兵に節食を強いている立場だぞ、今の僕は。作戦が終わるまで酒なんか飲めん」
ロリババアや半裸(というかほぼ全裸)の高身長褐色お姉さまとの飲み会はたいへんに魅力的だが、残念ながら僕には拒否以外の選択肢は無かった。
なにしろ昨今の物資の欠乏は目を覆わんばかりのものがある。当然、兵に支給しているメシも質や量を落とさざるを得ない状況になっていた。こんな状況で晩酌など楽しんでいたら、兵どもから恨みを買ってしまう。食べ物の恨みは怖い。歴史上、これが原因で何度も反乱がおきているのだ。
「ムッハハハ! 振られたのぉダライヤさんよ? あー面白」
ゲタゲタと下品に笑いつつ、ゼラ氏はブランデー瓶をグイと煽る。フグの稚魚のような顔をして、ダライヤ氏がプイとそっぽを向いた。
「まー、何じゃ。要するにワシらは、これまで通りイモを流して欲しけりゃ兵隊出せぇ言うてヴァンカの外道に強要られた訳よ」
「フゥン」
典型的な空弁当だなあ。ルンガ市に備蓄してあった食料はほとんど我々が徴発し、持ちきれない分はエルフ火炎放射器兵がダイナミック焼き芋にしてしまった。
もはやヴァンカ派の手持ちの糧食は我々以上に厳しいものがあるはずだ。むろん、アリンコ兵どもに渡せるイモなど持ち合わせがあるハズがない。
「まー、流石にその辺りは兵隊どもには誤魔化しとるがのぉ。エルフェニアの外道どもは我らが宿敵じゃっちゅーて、ガキの時分から教え込んどるからな。今回の共同作戦も、若ェもん共は不満タラタラよ」
……この大姉貴、結構頭が回るな。酒の勢いでペラペラ内情をしゃべっているように見えて、こちらに和解の目があることを露骨にアピールしている。
さあて、どうするかね? 僕としても、アリンコ共にはさっさと戦線を離脱していただきたい。とはいえ、ゼラ氏の話にそのまま乗るというのも問題がある。こういうタイプは、悪知恵が働くからな。下手に弱みを見せると、ケツの毛までむしられそうな気がする。
「しかしのぅ……我らの食料庫もイモ畑も、戦いのドサクサに紛れて"新"の連中が焼き払ってしまいおった。もはやヴァンカには、オヌシらに渡せるイモなぞ一本も持ち合わせておらんと思うのじゃが……」
ただ、悪知恵が回ることにかけてはダライヤ氏もなかなかのものだ。彼女は愉快そうな表情をしながら、人差し指をくるくると回した。
我々とヴァンカ派を天秤にかけて漁夫の利を得ようとしてもムダだ。ダライヤ氏はそう言いたいらしい。ま、そりゃそうだよね。だってヴァンカ派、完全にスカピンだもの。従っても利益なんか得られるはずもない。
「……マジ?」
「マジだよ。なんなら、ルンガ市に人を送って見てみるといい。完全に焼け野原になってるから」
この件は、おおむねフェザリアのせいである。ヴァンカ派に使える物資を残して街を出るのは面白くない。そう主張する彼女の手によって、ルンガ市は完全に焼き払われた。なんであんなに火計が好きなんだろうね、あの皇女様は……。
とはいえ、合理的な行動なのは確かだ。いわゆる焦土戦ってヤツだな。フェザリアがやらなくとも、同じ作戦を僕の方が命じていた可能性は多々ある。
「……おお、もう……なんでおんどれらエルフはそう軽々に大事なモン焼き尽くしてしまうんじゃ。アホか。アホの集まりなんかエルフは」
「んふふふふ……ワシらが少しでも後先を考えて行動できる種族じゃったら、こんなひどいことにはなっとらんわ。んっふふふふふ……」
陰惨な笑みを浮かべつつ、ダライヤ氏は視線を宙にさ迷わせる。本当にさぁ、エルフってヤツはさぁ……。
「つまりわしらはおどれらに乗り換えるしかない、っちゅうワケか。まあええがのぉ、ケツ掻く相手がヴァンカからダライヤさんに変わるだけじゃけぇ」
ため息を吐きつつ、ゼラ氏はやけ酒を煽る。貴重な酒を雑に飲むのはやめていただきたい。
「鍬も鋤も握らぬ連中なぞワシャ要らん。寄生先を探しておるのであれば、ワシではなくアルベールに頼むのがスジというものじゃ」
「おお、確かにそれがスジってもんじゃのぉ。アルベールさんが相手なら、ケツ掻くどころか舐めたりしゃぶったりしてもエエくらいですわ」
チラチラとこちらの股間に目をやるゼラ氏。一体どこをしゃぶる気なんですかねえ……。
「冗談はさておいて、わしとしてもアルベールさんとは事を構えたくないっちゅーのは確かですわ。あのパンパン音の出る妙な飛び道具……ありゃなかなか恐ろしい代物じゃけぇのぉ」
「これかね?」
僕は腰のホルスターから拳銃を抜き、ゼラ氏に見せた。彼女は小さく唸り、肩をすくめる。
「そうそう、それ。兵隊どもの持っとる細長いのも怖いが、船に乗せとったデカいの。あれがマズい」
「大砲か」
小銃と大砲が本質的に同じモノである、というのはアリンコも理解しているらしい。やっぱり、頭が回る連中だな。
「あんなんモンが沢山出てきたら、わしらの戦い方では手も足も出んのじゃないですか? 致命的なことになる前に損切りしたほうがええというのが、わしの考えですわ」
「じゃろ? 悪いことは言わん。明日になったら解放してやるゆえ、さっさと女王を説得して停戦するのじゃ。それがオヌシらの取れる最善手だと、ワシはおもうがのぅ?」
「業腹じゃがその通りかもしれん。はー、けったクソ悪ィ……ヴァンカのクソ婆が、わしらカタぁハメよって。ケジメつけさしちゃらにゃ腹の虫がおさまらんわ」
気炎を吐きつつ、ゼラ氏は小瓶のブランデーを飲み干した。……やめてぇ! それ高い酒なんだよ!?




