第313話 くっころ男騎士と褒賞
"大姉貴"とやらは、なかなかの武芸者だった。正面からの一騎討ちなら、僕もかなりの苦戦を強いられたであろうこと間違いなしの使い手だ。だが、どれほどのもののふであれ激ヤバクソ蛮族に囲まれて延々シバき続けられれば無事で済むはずもない。
当初はバカでかい大薙刀を巧みに操って対抗していた"大姉貴"ではあるが、自分がエルフどもに集中攻撃を受けていることに気付くと、戦術を変更した。部下たちを逃がし、自らは殿としてエルフの攻撃を受け止めることに集中し始めたのだ。なんともあっぱれな女傑である。
「ぬふふふふ……見るのじゃ、ブロンダン殿。敵将を獲ったのはこのワシ、ダライヤ・リンドじゃ!」
見るも無残な姿になった"大姉貴"を引きずりながら、ダライヤ氏が無い胸を張りながらそんなことを言った。ソニア並みかそれ以上に背が高い"大姉貴"を腕一本で引き摺れるのだから、このロリババアは何かおかしい。小さい体に驚きのハイパワー……高級路線のハンディ掃除機かな?
まあ、そんなことは今さらなので気にしない。それより気になるのは、"大姉貴"は虫の息ではあるものの生きている、ということだ。流石に意識はないようだがね。エルフのことだからてっきり首だけ持ってくるのかと思ったのだが……
「生け捕りにごわすか」
「情報バ絞って、あとは"ひえもんとり"にでも使えば良かちゅう考えじゃろう。いやあ、久しぶりじゃっで腕が鳴っなあ」
周囲のエルフどもが、ぼろ雑巾のようになった敵将をツンツンとつつきながら好き勝手言っていた。この世界にはまだ近代的な戦争条約の類は無いので、当然平気で捕虜を非人道的に扱うものも多いのだが……やはりエルフどもは別格だなあ。
「……お疲れ様。さすがだな、ダライヤ殿。見事な戦ぶりだった」
若干ドン引きしつつ、僕は顔に笑顔を張り付けた。いやあ、まったくひどい戦場だった。ピラニアの大群に塊肉を投げ込んだような、一方的かつ悲惨な戦いである。人数でも技量面でも決してアリンコどもが劣っていたわけではないのだが、エルフどもの士気が高すぎたのである。
当のアリンコ兵どもは、もう戦場には残っていない。全部隊が撤退していた。おそらく、エルフどもと乱戦を続けることを嫌ったのだろう。密集隊形を得意とするアリンコどもからすれば、先ほどの戦場はさぞ不本意なものだったに違いない。仕切り直しを図るのは冷静な一手と言えよう。
ただ、僕の方としては彼女らの離脱を妨害しようという気は一切なかった。実のところ、僕はカルレラ市のリースベン軍本隊に救援要請をだしていたからだ。装備面で不安のある現状で、無理な追撃をする必要などない。本格的な攻勢に移るのは、増援が……特に砲兵隊が到着してからでよい。今は時間稼ぎが第一だ。
「うむ、うむ。ワシも伊達に長くは生きておらんからのぅ。この程度であれば、まあ朝飯前じゃよ」
えへんと胸を張るロリババア。クッソ可愛いけど着ているポンチョは返り血で真っ赤だし、愛用の木剣は子供にはとても見せられないようなグロテスクな様相を呈している。
……エルフの木剣は、小さな黒曜石を大量にハメて刃としているのだ。構造としては、ノコギリに近い。そんなもので人間を斬ったら、当然大変に残虐なことになる。そこらのゴア映画なんて裸足で逃げ出すレベルだ。怖いねぇ……。
「血眼になって俺らを押しのけたんなどこのどんわろだ色ボケババアーッ!」
「あと一歩早かればワシが彼奴ん首を落としちょったもんを……あな口惜しや!」
一方、敵将の首取りレースに敗れた者たちは非常に悔しそうな様子である。
「さあブロンダン殿! 約束を果たしてもらおうか! ワシに口づけを! さあ! さあ!」
ボロ雑巾を投げ捨て、ダライヤ氏は目をギラギラさせながら迫ってくる。格好が格好なので絵面が完全にホラーだ。夜中に遭遇したら間違いなくぶった切ってるところだ。いくら戦場慣れしてるとはいっても、この状態でキスを求めてくるのは正直ドン引きだね。
しっかしなんでそんなにテンション高いのかねえ? いや、確かに敵将の首を獲った者にはキスをしてやると言ったけどさあ……。
「……まあ待て、ダライヤ殿。それはあとにしよう。アリンコ共は撤退したが、ヴァンカ派は相変わらずのようだし。今はゆっくりしていられる状況ではない」
やや離れた場所では、ソニアに率いられた部隊とヴァンカ派のエルフ兵たちが激しく争っている。状況はソニアらのほうが優勢のように見えるが、加勢してもう一押ししてやりたいところだ。
「駄目じゃ! ブロンダン殿から口づけを貰っているところをソニア殿に見られたら、ワシは間違いなく殺されてしまう! 今しかないんじゃ今しか!」
「ええ……」
ソニアはそんなひどい事はしないよ。半殺しくらいでとどめてくれると思う。……いや、七割殺しくらいはされるかも。
「でも、お互い血塗れだし……不潔じゃない?」
ダライヤ氏の格好に内心文句を言っていた僕ではあるが、実のところこちらも似たような有様である。剣を使って白兵戦なんかやったら嫌でも前進血塗れになるんだよ、もう避けようがないんだ。
まあ僕は慣れているのでそこまで嫌悪感があるわけではないが、それでも不潔なことには変わりない。こんな状態でキスとか下日には病気不可避だろ……。
「んもーっ! ブロンダン殿はアレコレうるさいのぅ」
んもーっ! じゃないんだよ。アンタ四桁歳だろうが、なにかわいこぶってんだよ。可愛いじゃないか……。
「身綺麗にすれば良いのじゃろ、身綺麗にすれば。まったく……」
ブツブツ言いながら、ダライヤ氏はスポポイと服を脱ぎ捨てて生まれたままの姿になった。貴重なロリババアの全裸である。……貴重か? 眼福と言えば眼福なのだが、なにしろ彼女は血塗れなのであまりうれしくない。
いったいどうなんだコレはと周囲を見回すも、エルフどもは突然のストリップショーなど気にもしていない様子で「あと一太刀早ければ……」などと嘆いている。ダライヤ氏はアリンコ兵のことを「ふざけた格好」などと言っていたが、お前も似たようなもんじゃないか。
呆れるこちらをしり目に、ダライヤ氏は全力疾走でエルフェン河へと飛び込んだ。そのまま彼女は、「ア゛ア゛ーッ! 寒ゥい!!」などと叫びながらざぶざぶと身体を洗い始める。いや当たり前だろ。何月だと思ってるんだ。王都のあたりならもう霜が立ってる時期だぞ。
「え、ええ……」
「あんなのとキスしちゃうの、お兄様……?」
頭を抱えていると、隣にいたカリーナが震える声でそんなことを聞いてきた。
「約束しちゃったし……はあ、ノリと勢いでヘンなことを口走るもんじゃないな……」
ため息を吐いて、僕も川辺に寄る。ここまでされたら、キスを拒否するわけにもいかんからな。兜と籠手を外し、顔をしっかりと洗った。南国リースベンとはいえ季節が季節だ。水はだいぶ冷たい。こんな温度の水で水浴びとか普通にアホだと思う。
「おー、寒寒」
そうこうしているうちに、ダライヤ氏が川から上がってくる。寒さのあまり、彼女は小動物めいてプルプルと震えていた。手ぬぐいを貸してやると、彼女は「おー、すまんのぅ」と言いながら手早く身体を拭いた。
「流石にハダカは寒いのでな。悪いが借りるぞ」
「グワーッ!?」
そしてそのまま、手近なところにいた比較的身綺麗な格好のエルフ兵のポンチョを羅生門の下人めいて奪い取り、当然のような顔をして羽織る。川辺で他人の衣服を奪うババアとかほぼ奪衣婆じゃん……。
「さーて、ではオタノシミじゃ! 一発熱烈なヤツを頼むぞォ!」
ロリババアは僕の前に立ちふさがると、両手を広げてアピールしてくる。仕方が無いので僕は片膝をつき、彼女の唇にキスをしてやった。ほっぺたくらいで誤魔化したいところだったが、どう考えても「日和ったな!」と怒られるので空気を読んだのである。
ダライヤ氏の唇は、冷たくも柔らかかった。しっとりと濡れたその妖精めいた愛らしい顔を間近で見てしまうと、血なまぐさい状況下であるにもかかわらず自然と心臓がドキドキし始める。別にファーストキスというわけでもないのに、己がここまで動揺するとは思わなかった。やはりエルフという種族には人を狂わせるような美しさがある。まあ狂ってる度合いで言えばエルフどもの頭の中身のほうが上だが。
ここまできたら、もうやけくそだ。僕は彼女を抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いてやる。残念ながら、僕は甲冑を着込んでいるのでロリババアの体の感触はさっぱり感じられなかった。
ダライヤ氏はフンスフンスと鼻息を荒くし、僕の口に舌を突っ込んで来ようとする。おいやめんか色ボケロリババア。ソニアにマジでぶっ殺されるぞ。僕は慌てて口を離し、誤魔化すように彼女をぎゅーっと抱きしめた。
「本当によくやってくれた、ダライヤ殿。あなたほどの方の助力を得られた僕はガレアで一番の幸せ者だ。どうか、今後も僕を支えてくれると嬉しい」
「ンヒーッ!」
そう言いながら体を離すと、ダライヤ氏は尻もちをついたあげく奇声を上げながら河原をゴロゴロと転がり始めた。真っ赤になった自分の頬をペチペチと叩きつつ、僕は『ローリングロリババア再び』などと現実逃避めいたことを考えた。
「口づけのみならず抱擁まで! ああ、ああ! あん首を獲ってせおりゃ、あそこにおったんは俺やったんに! アアアアアアッ!」
「ウオオオオッ! ウオオオオオン!」
それを見ていたエルフ兵どもが、胸が締め付けられるような叫びを上げつつ地面に崩れ落ち始める。マジでなんなのコイツら!? 僕のキスやら抱擁やらごときにどれだけの価値を見出してるの!? いろんな意味で頭は大丈夫!?
「うわあああっ! 私のお兄様が蛮族に汚されちゃったぁ!」
よく見れば、嘆くエルフ集団の中には我が義妹も混ざっている。何やってんだあいつは……。




