第305話 くっころ男騎士と迎撃準備
確認された敵の戦力が数百、ヴァンカ派の規模から考えれば決戦を目論んでいるとしか思えない戦力の集結のしかただ。しかし戦力的に劣るヴァンカ派が、正面から我々を打ち破るのは困難だろう。てっきり、決戦を避けてゲリラ戦に終始するのではないかと思っていたのだが……これは、予想外の行動であった。
「敵さん、いったいどういうつもりだと思う?」
戦闘の準備を命じてから、僕はソニアにそう聞いた。敵の主力らしき部隊は南方の森からこちらに接近してきており、現在ダライヤ氏の部隊が迎撃を行っている。
相手はそれなりの大部隊であり、これと森の中でカチ合う事態は避けたい。同士討ち対策は施したとはいえ、先日のような乱戦はやはり避けたいからな。できれば河原に誘い出し、囲んで射撃で仕留めたいところである。そのための作戦も、鳥人伝令によってダライヤ氏に伝達済みだ。
「自棄を起こしているように見えますね。ヴァンカ派はただでさえ戦力的に不利ですし、さらにこちらがカルレラ市に帰還すれば攻城戦まで強いられることになる。これ以上勝ち目が薄くなる前に、イチかバチかの決戦を挑むことにした……そういう風情です」
腕組みをしつつ、ソニアはそう言った。そして指で籠手の装甲を軽く弾いてから、首を左右に振る。
「……ですが相手は千年以上を生きた古老、神算鬼謀の策士です。そう簡単に思考停止をして博打を始めるとはおもえませんね。つまり、自棄になっているように見えるのはブラフでしょう」
「同感だな」
僕はヴァンカ氏のことを思い出しながら、頷き返した。理性を残したまま狂ってしまった人、そういう印象のある女だった。むろん必要とあらばどんな危険な作戦だろうと選択する指揮官ではあるだろうが、しかしだからこそ容易に勝負を投げるとは思えない。
そんな彼女が方針を転換して戦力を集結したからには、なんらかの勝ち筋が見えたうえでの行動だろう。我々の目を決戦部隊に向けさせたうえで、何かしらの策を仕掛けてくるものと思われる。
「そうすると、敵の本命は別に居る可能性がある。たとえば、戦略級魔法の使い手を別方向からこっそり浸透させて、こちらの脇腹に全力の一撃をブチこんでくるとか……」
戦略級魔法というのは、攻城戦などで城や砦の防壁・城門などを破壊するために使われる魔法だ。我々の世界で言うところの攻城砲並みの威力があり、大変危険である。
むろん、威力が大きいだけに運用も難しい。この手の魔法は基本的に複数の魔術師が協力して術式を編む必要があるし(極めてまれに一人で発動させられるチート魔術師も存在する)、発動までにかなりの時間がかかってしまう。そのため、野戦で用いられる例はあまりないのだが……万が一、ということもあるからな。油断はできん。
「あり得ますね」
眉間を手で抑えつつ、ソニアは同意した。おそらく、リースベン戦争のことを思い出しているのだろう。半年前のあの戦いでも、我々は戦略級魔法による一撃で苦渋を飲まされた。エルフは魔法を得意とする種族だ。似たようなことができてもおかしくはない。
「……そうすると、平地にそのまま兵を置いておくのはマズいな」
森の中ではエルフと戦いたくない。僕はそう思っているが、この思考もヴァンカ氏に誘導されたものかもしれん。デカい魔法で一網打尽にするつもりなら、僕らには平地に居てもらった方が都合が良いからな……。
「選択肢は二つ。兵を分散させて配置するか、塹壕を掘るかだ。ソニア、君としてはどっちがいいと思う?」
「後者ですね。前者を選択すれば、各個撃破を受けるのは避けられません。これほどの数の兵を分散配置できるほど、この河原は広くありませんし……」
周囲を見回しながら、ソニアが言った。確かにその通りだ。ダライヤ氏が手勢を率いて出撃してなお、本隊には七百人近い兵員が残っている。これに加えて、民間人や使用人などの非戦闘員が百数十名ほど居るのだ。こんな大所帯で部隊を細かく分けたら、統制が取れなくなる。
「確かにな。それに、こちらには護衛対象が居る。あまり防備を手薄にするわけにはいかないだろう。……と、すると塹壕か」
僕は内心ため息を吐きたい気分になった。ここは河原だ。地面は砂地で、とても穴掘りに向いた土壌ではない。とはいえ、他に選択肢は無いのである。なんとか工夫するしかあるまい。
「オルファン殿、君たちの中に土木魔法を使えるものは居るかね?」
土木魔法というのは、読んで字のごとく建築などに用いる魔法の総称である。戦略級魔法に備えるなら塹壕を掘らねばならないが、今から手作業で掘り始めたのではどう考えても間に合わない。魔法を用いて一気に作業する必要があった。
「俺はもうお前の臣下じゃ、フェザリアち呼び捨ててもろうて良か。……土木ちゅうと、穴掘り魔法か。エルフとはあまり相性ん良うなか魔法じゃっで、使い手は少なかね。自分の部隊には、二十人くれしかおらんぞ」
どうやら、オルファン氏……改めフェザリアは先ほど僕が彼女の名を呼び捨てにしたのが気に入ったようだ。まあ、"正統"が我々の傘下に入るというのなら、それくらいフランクに呼んでもかまわないかもしれない。
……まあそれはさておき、今は野戦築城である。二十人くらいとフェザリアは謙遜するが、十分すぎる数だ。何しろこの手の魔法の使い手は少なく、リースベン軍全体でも数名しかいない。苦手分野でこれなのだから、相変わらずチートじみた種族だな、エルフ。
「よし、悪いがその連中を全員貸してくれ。技官を呼ぶから、そいつの指示に従って穴を掘るんだ。オーケイ?」
「ン、承知しもした」
フェザリアは頷き、部下数名に声をかけて土木魔法の使い手を集めるように命じた。それから、僕の方を向き直る。
「じゃっどん、アルベールどん。思うに、敵に秘策があっとすりゃ魔法じゃらせんかもしれんぞ」
「というと?」
「常道で考ゆっならば、別動隊を使うて二方向からん包囲を目論んじょる、とか」
「ふぅむ」
この近隣の地図を腰のポーチから取り出しつつ、僕は小さく唸った。確かにこの辺りは河が湾曲してお椀状になっており、包囲を図るにはぴったりの地形だ。
「たしかに、戦略級魔法を使うよりは確実かつ手堅い戦術だ。しかし、向こうに部隊を分けるだけの戦力はないだろう? ただでさえ、ヴァンカ派の頭数は限られているんだ。すでに数百人規模の敵が確認されている以上、有力な支隊を編成できるような余力は持ち合わせていないのでは」
少ない戦力で強引に包囲を図れば、それこそこちらとしては都合が良い。余裕をもって各個撃破することができるからな。僕の主張にフェザリアは頷いたが、しかしその表情は深刻だった。
「じゃっでこそん増援や。こん地には、エルフや鳥人以外にも住民はおる。もちろん、飢饉ん影響で連中も危機的状況にあっはずじゃが……そん中に、ヴァンカと手を組んものがおってんおかしゅうは無か」
フェザリアの言葉に、ソニアが露骨に顔をしかめた。「まだほかにも蛮族が居るのか……」と心底ウンザリした様子で呟いている。僕も全くの同感だが、まあ今さらゴチャゴチャいっても仕方があるまい。まあ、すでに最悪クラスの蛮族であるエルフとの付き合いも長くなってきたからな。蛮族耐性はできているさ。少々新手がでてきたところで、面食らうことは無かろう。
「なるほどな。……逃げた先に伏兵が居る可能性がある以上、民間人たちは下手に動かせないか。ここはあえて防戦に徹することにしよう。マイケル・コリンズ号もあるし、少々敵が増援を得たところで撃退は十分に可能だ」
現在我々は、大河の河原を北上していた状況だ。いわゆる背水の陣状態だが、大河ゆえに渡河はかなり困難である。河そのものが天然の城壁として機能するということだ。防戦には比較的適した地形と言えるだろう。
「そのためにも、まずは頑張って穴掘りだ。最低でも個人用塹壕、できれば小さめでも良いから塹壕線を構築したい。男たちやガキどもを敵味方の矢玉から守るためにもな……」
僕の言葉に、ソニアとフェザリアはしっかりと頷いてくれた。……猶予はまったくない。塹壕は手掘りではどう考えても間に合わないから、土木魔法の使い手たちには頑張ってもらわないといけないな。




