第299話 くっころ男騎士とじゃれ合い
ソニアにベッタリと密着されたまま、仮眠の時間は過ぎていった。子供に戻ったように甘えてきたソニアだったが、頭を優しく撫で続けているとやがて安らかな表情で眠り始めた。これで僕も一安心し、自分も眠ることに舌。
とはいえ所詮は仮眠、幸せな時間は長くは続かない。二時間ほどでカリーナが起こしに来たので、僕は不承不承寝床から離れた。……ちなみに、起こしに来たと言ってもテントの外から声をかけてきただけだ。内部は見られていない。まさか添い寝してる所を見られるわけにもいかないからな……。
「んんーっ……中途半端な仮眠って、なんだか却って疲れが増したような気分になるよな」
身支度を整え、整備が完了した甲冑を着込んでから、僕はソニアにそういった。愛用の甲冑は仮眠している間にピカピカに磨き上げられ、装甲にはさび止めの油もしっかりと塗布されている。短時間で作業したわりにはパーフェクトな仕上がりだ。後で担当者に礼を言っておくことにしよう。
「申し訳ありません、お手間をおかけして」
モジモジとしながら、ソニアが頭を下げる。ほんのこの間までほぼ毎日こんな感じだったんだから、別に今さら恥ずかしがる必要は無いと思うがなあ……いや、あの頃からもう十年近くたってるわ。これをちょっと前と感じるのはオッサン特有の時間感覚以外の何者でもないだろ。なんだか別の意味で恥ずかしくなって来たな……。
「気にすることは無い。いまさらそんなことを気兼ねするような仲だとでも思うのか? 僕とお前が」
「……ええ、ええ! 確かにその通りです!」
満面の笑みを浮かべて、ソニアは頷く。珍しく、傍目で見てわかるほどの上機嫌っぷりだ。どうやらメンタルの調子はすっかり改善しているようだな。良かったよかった。
……が、そんな浮ついた様子のソニアを見て、カリーナが大変に妙な表情をしている。どうしたのだろうか、やはり彼女も昨夜の戦闘が心の傷になってしまったのだろうか? そう思っていると、ソニアが小さくため息をついてから我が義妹を手招きした。彼女が寄ってくると、ソニアは何かを耳打ちしてしゃがみ込む。
「……」
すると、カリーナはおずおずとソニアの身体の匂いを嗅ぎ始めた。ウシなのになんだかイヌのような動作である。……なにやってんのこいつら?
少し悩んで、やっと理由が分かった。カリーナは、僕たちが男女のアレをしてたんじゃないかと疑ってたわけか。なるほど、確かに狭いテントに二人っきり、状況証拠は十分だな。しかし実態は添い寝して抱きしめて心音を聞かせて寝るまで背中をトントンして頭を撫でまわしていただけである。
……十分に倒錯した関係なような気がしなくもないが、これは僕が前世の感覚を残しているせいだろう。たぶん、おそらく。だって幼馴染連中は口をそろえて「コレくらい普通だって、ヘーキヘーキ。みんなやってることだから、何も変じゃないから」って言ってたし。……この世界ではこれが普通なんだよ、たぶん。男友達とか一人もいないので、本当のことはわからないが。
「……汗くさ」
ソニアをクンクンと嗅ぎまわっていたカリーナがボソリと呟くと、ソニアは憤怒の表情で彼女を地面に引き倒した。なにしろこの二人には六〇センチ以上の身長差がある。矮躯のカリーナが我が騎士団で最も背が高いソニアに勝てるはずもない。
「グワーッ!!」
「貴様、人が疑念を解消してやろうとしてやったのになんと失礼なことを!」
そのままソニアはカリーナを関節技で拘束し、締め上げる。カリーナは悲鳴を上げたが、表情を見れば本気で痛がっているわけではないことはわかる。ソニアが本気で関節技を仕掛けたら、頑丈な亜人であろうが無事では済まないしな……。
「こらこら、うちは鉄拳制裁は禁止だぞ。何回言えばわかるんだ」
「拳は使っていませんし、これは軍隊式の制裁ではなく義妹への躾ですので問題ありません」
カリーナは僕の義妹ではあってもソニアの義妹ではないだろ……。思わずそうツッコミそうになったが、よく考えれば我々は兄妹同然に育っている。ソニアにとっても、カリーナは妹分なのだろう。
「ならいいか……」
「良くないよお兄様!? たすけて!」
血相を変えてカリーナが叫んだ。……周囲の従者や騎士たちが、ぷるぷると肩を震わせて笑いをこらえている。僕も少しだけ笑って「そろそろ許してやれ」と言ってやった。ソニアはいかにも不承不承と言った様子で拘束を緩める。……緩めただけで、解いたわけではないのがミソだ。いや、解放してやれよ。
「何をやっているんですか、あの馬鹿どもは……」
そこへやってきたジョゼットが、何とも言えない表情で言う。ジョゼットは僕たちの幼馴染の騎士で、ジルベルトがやってくるまでは実質的に部隊のナンバー三だった。……ちなみに、騎士といいつつ腰に差した剣は取り回しの良いショートソードのみであり、その代わりに背中には特注の長銃身ライフルを吊っている。
「じゃれあいだろ? ……指揮官代行、ご苦労だった。これより任務に復帰する」
「了解」
ジョゼットに向けて敬礼すると、彼女は薄く笑って返礼してきた。その顔には余裕ありげな表情が張り付いているが、付き合いの長い僕にはわかる。こりゃ、だいぶ疲れてるな。さっさと休んでもらった方がよさそうだ。
「僕らが仮眠していた間、なにか異変は無かったか?」
「クソエルフどもがクソみたいなトラブルをクソみたいな頻度で起こした以外はクソ平穏でしたよ」
ヘラヘラと笑いつつジョゼットが言う。わあ、キレてらっしゃる。僕は無言で、懐からウィスキー入りの酒水筒を取り出して、彼女に手渡した。
「出立にはまだ時間がある、それまでは休んでいいぞ。……酒は全部終わった後で飲めよ、酔っぱらいながら行軍するなんて一種の拷問だからな」
「あいあい、そりゃあもちろん」
酒水筒を腰のポーチに納め、ジョゼットはニッコリ笑った。そしていまだにカリーナとじゃれ合っているソニアを一瞥し、口角を上げる。
「お酒はありがたいですけど、それ以外の役得もたまにはあっていいと思うんですがね。ソニアばかりいい目を見るんじゃ不公平ってもんでしょう」
「ブルータス、お前もか」
僕は頭を抱えそうになった。添い寝にはかなりの精神力を要するのである。時間もないし、勘弁してもらいたいところだ……。
「冗談ですよ。……ところでブルータスとは一体?」
「カエサル暗殺の実行者の一人とされる人物だよ」
「いや誰ですかカエサルって。……アル様は時々訳の分からないことを言い出しますね」
妙な顔をするジョゼットを見て、僕は小さく息を吐く。この幼馴染どもは、よく耳かきだのなんだのの"ご褒美"を要求してくるのである。冗談といいつつ、彼女の目つきはわりと本気だった。……暇が出来たら、ジョゼットにも何かしらしてやった方がよかろう。
しかし、子供のころならまだしも成人した後もそういう要求をしてくるのはどうかと思うんだがね。耳かきだの添い寝だのは、恋人や夫、あるいはプロの方に頼むべきではないかと思うのだが……。だが残念なことに、なぜか僕の幼馴染騎士どもはどいつもこいつも結婚どころか男女交際の気配すら一切ないのである。娼館に通っている者すらごく少数だ。
ガレアでは十代中ごろで結婚するものが多いのに、どうしてウチの騎士団はこんなことになっているのだろうか? 上官としては、正直かなり心配だ。……まあ僕も絶賛行き遅れ中なので人にどうこう言えた義理ではないのだが。
「ま、お前にも面倒をかけてるしな。耳かきくらいなら、暇な時にでもやってあげよう」
「さっすがアル様! 話がわかる! ……そういう甘い所、好きですよ」
拳をグッと握りしめて笑うジョゼットに、僕は思わず苦笑してしまった。まあ、喜んでくれるのであれば何よりだ。
我ながら幼馴染連中への対応が甘すぎるような気がするが、厳しい態度を取ろうとするたびに辛い教練やホームシックで挫けてビービー泣き叫んでいる昔のこいつらの顔が脳裏にうかんでくるのである。付き合いが長いというのも考え物だな……。
「好きなら貰ってくれよ、いつまで僕は独り身でいればいいんだよ」
「冗談がキツいですね。好き好んで鉄火場に踏み込む趣味は無いので嫌です」
コブラめいてカリーナを締め上げているソニアを見つつ、ジョゼットは皮肉げに笑った。親密なご褒美は所望するが結婚は拒否する、なんてひどい女だろうか。……いやまあジョゼットは竜人なので、残念ながらブロンダン家の嫁にはなれないのだが。非モテの癖にえり好みしなきゃいけないの、本当にどうにかなんないかね?
「まったくお前は……馬鹿言ってないでさっさと休んでこい。……ソニアもいつまで遊んでいるんだ! さっさと行ってエルフどものケツを叩くぞ、昼過ぎには進発しなきゃならんからな」
こんなところでグダグダしていたら、またいつヴァンカ派が襲い掛かってくるか分かったものではない。しかも、森林火災もまだ鎮火してないっぽいしな。エルフどもをせかしてさっさとカルレラ市に帰還したいところだ……。