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第295話 くっころ男騎士と戦いの後

 ひどい戦場だった。本当にひどい戦場だった。隊列を組んでヴァンカ派に対抗しようとした我々だったが、一時間もした頃にはすっかりバラバラになっていた。まあ、そりゃあ当然だろう。ガッチリと陣形を組んで敵とぶつかるような戦い方は、本来見通しの良い平地で行うものだ。燃え盛る森の中でやるもんじゃあない。

 さらに言えば、ヴァンカ氏の采配も敵ながら見事だった。彼女は、戦場の混乱が最高潮に達した辺りで段階的に自軍の撤退を始めたのだ。ところが、何しろ戦場が見通しの悪い森の中なので、こちらはそんな事情には気付けない。訳がわからないまま戦っているうちに、案の定同士討ちが多発する。

 我々が味方同士で相争っているうちに、ヴァンカ氏はどんどん部隊を撤収させていった。知らないうちに、我々は盛大な独り相撲を取っていたのである。途中で違和感に気付いていなかったら、夜明けまで我々は同士討ちを続けていたことだろう。


「まったく、屈辱的だな……」


 苔むした大木に背中を預けながら、僕はカップに入った水を一気に飲み干した。……生ぬるい。気分としてはキンッキンに冷えた水で身体を冷却したいところだったが、ここは未開の密林である。非加熱の生水なんか飲んだ日にはあっという間に腹を壊してしまいかねない。煮沸消毒は必須だった。

 時刻は既に朝と言っていい時間で、太陽が東の空で煌々と輝いている。我々は戦闘後の処理をなんとか終え、ルンガ市の郊外で身体を休めていた。誰もかれもが体力の限界で、もう一歩も動けないような有様になっている。むろん、それは僕も同じだ。小さなカップを持っていることすら億劫になるほどの疲れっぷりだった。


「前評判通り、ヴァンカは尋常ならざる用兵家のようですね。わたしがこれまで戦ってきた指揮官の中でも、三指に入る手強さでした」


 ため息を吐きつつ、隣に座るソニアが言う。僕としても、まったく同感だった。戦力的にはこちらが優越していたはずなのだが……見事にキリキリ舞いさせられてしまった形だ。こちらは兵数こそ多いが三つの勢力の連合部隊であり、連携の面でたいへんな問題があった。そこを見事に突かれてしまった形だな。

 本当に無様な戦いぶりをさらしてしまった。一体何人のエルフ兵が、同士討ちに倒れたことだろうか。幸いにも種族や装備体系の異なるリースベン軍は同士討ちの対象にならず、損害は僅かだったが……ヴァンカ派・"正統"軍の両組織はずいぶんな有様だ。彼女らのことを想うと、ため息が止まらなくなる。


「……」


 何とかならなかったのかと、心の中で自問自答を繰り返す。準備不足だとか、そもそも突発的に始まった戦闘ゆえにまともな戦闘計画も立てていなかったとか、いろいろ言い訳したいこともあったが、死んでいった兵士のことを思うととてもじゃないが自己を正当化する気分にはなれなかった。

 指揮官は、己の采配の結果発生したすべての事象について責任を取らねばならない。それが士官の義務であり矜持なのだ。その責任から逃れようとするものに、部下を死地へと送り出す権利はないのだ。


「これから、どうしましょう」


 僕が思考の袋小路に入っていることを見抜いたのだろう。心配そうな声音で、ソニアが聞いてくる。……彼女の言う通り、今は総括をしている場合ではないな。敵は撤退し、民間人を守り切ることには成功した。作戦を次のフェイズに進めなければ。


「そうだな……とりあえず、カルレラ市を目指すほかないだろう。もう二度とこんな場所では戦いたくない」


 敵は一応撤退したが、十分な損害を与えたとは言い難い。戦闘継続は可能だろう。こんな場所でチンタラしていたら、二度目三度目の襲撃を喰らいかねない。……本気で冗談じゃねえよ、森の中でエルフと戦うなんて、もう絶対に嫌だ。

 それに、物資の問題もある。我々の母艦マイケル・コリンズ号は決して大きな船ではないからな。載せてきた食料品の量は、それほど多くない。チンタラしていたら、あっという間に我々は干上がってしまうだろう。

 ……なにしろ山火事はまだ収まってないからな!! 幸いにも夜明け前に一雨来たお陰で、今は沈静化してくれているが……完全に鎮火したわけではないからな。そのうちまた息を吹き返して、ルンガ市の食料庫まで延焼してしまう可能性がある。そうなったらもうお終いだ。

 できることならば完全に消火しておきたいところなのだが、燃えた範囲が広すぎて手持ちの人員と資材ではどうしようもない。自然鎮火を待つ以外の選択肢は無かった。おお、もう……本当になんてことを……。


「しかし、問題は……」


「アルベールどん」


 そこまで言ったところで、誰かから声をかけられた。声の出所に目をやると、そこに居たのはオルファン氏だ。どことなく、シュンとしたような雰囲気だ。戦闘が終わった後、割と……いや、かなりキツめに僕が叱責したせいだ。

 本拠地のすぐ隣で大火事を起こされたダライヤ派将兵の怒りっぷりは大変なものがあり、あやうく連合が崩壊するところだった。必死になだめてなんとか矛を収めてもらったが、おかげで僕の胃は爆発四散寸前だ。マジで勘弁してほしい。

 まあ、ルンガ市炎上危機そのものは、我々リースベンにとってそこまで悪い事でもないがね。これを期に、彼女らはもっと管理のしやすい場所へ移住してもらおうと考えている。こいつら、目を離ししたら何をしでかすかわからんからな。こんな森の奥深くにいつまでも引きこもって貰っちゃこまる。


「そ、その……あ、朝食(あさげ)が出来たで来てくれと、伝言を預かったんじゃが」


 両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、オルファン氏はそう言った。そのまま、僕の方をやたらとチラチラ見てくる。……ええ、なんなのその態度……さっきの叱責をまだ引き摺ってるのか?

 そもそも、ふつうなら朝食ができたなどという伝言は従兵の仕事だからな。いち勢力のトップであり、エルフェニア皇族の末裔でもあるオルファン氏に対してそのようなことを頼む人間はどこにもいないだろう。つまり、彼女は伝言というテイで僕の様子を見に来た訳か。

 ……その繊細さを戦闘指揮でも発揮してくれ~! 報告も相談も無しにいきなり火炎放射器ブッパは豪快を通り越して世紀末モヒカンの所業なのよ!!

 ……などと心の中では思うのだが、不安そうなオルファン氏の顔を見ているとこれ以上の文句は言えなくなってしまう。蛮族そのものとしかいいようのない鬼畜ムーヴをした直後に殊勝な態度を取るのはやめてほしい。温度差で情緒がめちゃくちゃになりそうだ。DV彼氏の手管かな?


「ン、わかった」


 僕は努めて普段通りの声でそう答え、立ち上がった。疲労のせいでふらつきかけるが、根性で堪える。指揮官は、部下の前では絶対に無様な態度を取ってはならないのだ。


「その報告を待っていた。もうすっかり腹ペコでね、そろそろ我慢の限界だったんだ」


 そう言って笑いかけてやると、オルファン氏は露骨にホッとした様子で照れ笑いを浮かべ、「(オイ)もじゃ」と赤い顔で己の腹をさすった。だからなんだよそのカワイイ態度は! 火炎放射で森の少なくない面積を焼き尽くした直後の人間とはとても思えないぞ!


「朝食がてら、今後のことについて話し合いたい。皇女どのに伝令を頼むのは心苦しいが、ダライヤ殿たちも呼んできてもらっていいかね?」


「お任せあれ、アルベールどん。もう(オイ)はお(はん)ん臣下じゃ。どげん下命にも従う所存じゃ」


 やたら嬉しそうな顔で大きく頷いてから、オルファン氏は走り去っていった。それを見たソニアが、これ見よがしにため息を吐く。おまけになんだか恨みがましい目で僕を見てくるのだからたまったものではない。僕が何をしたって言うんだ、まったく。

 ……まあ、今はそんなことはどうでも良い。やるべきタスクが山積してるからな。とりあえずは、避難民の今後についてダライヤ氏らを説得せねば。彼ら(もっとも、女性も少なからず混ざっているが)はできればカルレラ市へと連れ帰りたい。クソみたいな苦労をしてなんとか彼らを確保することに成功したんだ。それくらいの役得がなきゃマジでやってらんないよ。

 とはいえ、ダライヤ氏ら"新"の連中からしても、彼らは大変に貴重な男どもである。そう簡単に……というか、絶対に手放そうとはしないだろう。なんとか説得して、リースベン領民もエルフたちも納得できる落としどころを見つけねばならない。

 ……はあ、ほぼ徹夜で戦い続けた直後になんでこんなハードな交渉しなきゃならないんだろうか。本当に辛い。昨晩は一睡もしてないんだぞ僕は! ……でも、徹夜でしんどいのはソニアもオルファン氏もダライヤ氏も同じなんだよなあ。僕だけ文句を言う訳にも行くまいか。あー、ヤダヤダ……やせ我慢ばっかり上手くなっていくな。

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