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第291話 くっころ男騎士と夜の村(2)

「……諸君ら、無事か!? 僕はリースベン城伯、アルベール・ブロンダン! 諸君らを救援しに来た!」


 一歩前に進み出て、僕はそう叫んだ。できれば今すぐ彼らに駆け寄って縄を解いてやりたい気分だったが、罠の可能性を想えばそういうわけにもいかない。

 捕まっている人質(と言っていいのかはわからないが)は雑に縛り上げられ、無造作に並べられていた。まるでゴミの不法投棄現場だ。ひどい扱いではあるが、遠くから見た限り爆弾や焼夷弾のような大がかりな罠は仕掛けられていないように見える。


「リースベン! 本当にリースベンが助けに来てくれたのか!? 見捨てられたものかと」


「男の声だったぞ、どういうことだろう」


 男子供どもは縛り上げられてはいるものの、口までは塞がれていない。彼らがあれこれ話す声を聞いて、僕は小さく息を吐いた。男たちの話し方が、この頃すっかり聞きなれたエルフ訛りではなくガレア風のものだったからだ。どうやら、この男たちは本当にリースベンから攫われてきた連中らしい。

 いざ被害者を前にすると、やはり『なんてことしてくれやがったんだこいつらは』という感情を覚えずにはいられない。そりゃまあ、長命種であるエルフはさておき、鳥人連中は男が居なきゃ滅んでしまうから、彼女らとしては致し方のない部分もあるのかもしれないが……攫われた方には、そんな言い訳は通用しないだろ。


「ほ、本当にあなたが、その……リースベンの領主様なのですか? リースベンは王室の直轄領だったはずでは……」


 年かさの男がそんな質問を投げかけてくる。どうやら彼らは、エルフたちからリースベンの現状を聞いていないようだ。まあ、エルフどもは男たちを返還する気はなさそうだったからな。わざわざ故郷の話をして、里心を覚えさせるような真似はしないだろう。……ファックって感じだ。


「いろいろあったんだ、いろいろ。その辺りはあとで詳しく説明する。それより、今は諸君らのことだ。病気や大けがをしている者はいるか?」


 こうしているうちにも、ヴァンカ派が何かを仕掛けてくるかもしれない。男や子供たちの体力や体調の問題もあるし、可及的速やかに介抱してやりたいところだ。まあ、急ぎ過ぎて罠を踏んでもいけないからな。迅速と慎重を両立しなきゃいけないのがむずかしいところだ。


「大丈夫です。少々手荒に扱われましたが、まあせいぜい擦り傷くらいです」


 年配男性はそう説明するが、その後ろでは「それより早く助けてください」と叫ぶ青年が居たり、「ちちうえーっ!」と泣き叫ぶエルフのちびっこ(ダライヤ氏のようなパチもんではなく本物の幼児だろう)がいたりと、大変にカオスな状態である。うるさすぎて少々会話に支障があるレベルだった。


「申し訳ないが、今は静かにしてほしい。諸君らの安全を確保するために必要なことだ」


 男や子供たちを見回しながら、僕は努めて優しい声でそう言った。彼ら、彼女らは、皆顔色が真っ白になっていた。そりゃあそうだろう。いつものように生活していたら、突然同じ集落に暮らしていた者たちに牙を剥かれたのだ。肉体的なもの以上に、精神的なショックが大きいはず。

 ワイワイガヤガヤ騒いでいるのは、その不安を紛らわせるためだろう。その気分はよくわかるので、黙るよう求めるのは少々……いや、かなり心苦しかった。しかし、今は心を鬼にすべき状態だ。子供はさておき大人たちがある程度静かになったタイミングで、僕はコホンと咳払いをした。


「負傷者はナシか、それは良かった。ところでこれから諸君らを解放するが、その前に一つ聞いておきたいことがある。諸君らが拘束された際、連中は罠のようなモノを仕掛けたりはしていなかったかね?」


 人質に爆弾を仕掛けるのは、こう言った状況ではもう鉄板の戦術だからな。前世でも飽きるほど見た手だ。人間の悪意には底がない、いくら警戒してもしたりないってことは無いんだよな。


「いえ、そのようなことは流石に……何があったのかはよくわかりませんが、妻や母親に縛り上げられてしまった者も少なからずおります。夫や我が子を相手に、そのような無体な真似はしますまい……」


 本当かぁ? 人間追い詰められたら何でもやるからな、家族を生贄にするくらいはそりゃするだろ。……いやまあ、爆弾(エルフの場合、火薬を持っていないので焼夷弾になるかもしれない)のようなモノを仕掛けられたら、軍事に疎い男どもでも流石に気付くだろうからな。とりあえず、大げさな罠が仕掛けられていないというのは本当やもしれん。

 ……とはいえ男どもがヴァンカ派と結託して、自爆攻撃をしかけるためこちらに嘘を言っている可能性も無くはないがね。男たちは拉致の被害者だが、だからと言って頭から信用することはできない。被害者が誘拐犯の言いなりになってしまう例は決して珍しいものではないからだ。いわゆるストックホルム症候群ってやつだな。


「よぉし、それならいい。では、拘束を解こう。安全な場所まで護衛するから、暴れたり騒いだりしないように」


 そう言ってから、僕は視線を部下たちに向けた。


「解放作業は陸戦隊にやらせる。ただ、罠の類の発見や解除はエルフの方が鳴れているだろう。ダライヤ殿、何人か人を貸してくれ」


「ふむぅ、それは構わんが……」


 ダライヤ氏は眉を跳ね上げ、ちらりとエルフ兵たちの方を見る。案の定、彼女らは不満顔だ。


「あんわろらは(オイ)らん里ん男や子供どもだぞ。(オイ)らん手で助けてやっとが筋じゃなかんか?」


「そうだそうだ。あん中には(オイ)ん姪っ子も混ざっちょっど、指くわえて見てろってんか」


 まあ、そりゃそうだよね。子供たちはさておき男たちに関していえば僕らからすれば拉致被害者であるが、エルフたちからすればすでに自分の街の人間だ。よそ者である僕らが主導で保護をするのは抵抗があるだろう。

 実際、爆弾等の大規模かつ殺傷力の高い罠が設置されている可能性を考えれば、キケンな解放作業はエルフどもにやってもらいたい気分はある。しかし、その作業をエルフにやらせてしまった場合、男たちをリースベンに連れ戻すための交渉が面倒なことになる可能性が高いからな。彼らは、できればリースベン軍の手で介抱しておきたい。


「いや、駄目だ。作業中に敵が襲撃を仕掛けてきた場合のことを考えれば、優秀な戦士たちの手はできるだけ開けておきたい。いざという時に、すぐ対応できるようにな……」


「た、確かに若造(にせ)どもに守らるっようなげんね真似はしたくはなかが……」


「敵がどう出てくっかわからんもんな。あんヴァンカんクソ婆が、こんままないん手出しもしてこんなんてありえんし……」


 しかし、ちょっと褒めてやればこの調子である。チョロいなエルフ兵。呆れていると、ダライヤ氏が半笑いになりながらウィンクしてくる。なんだその「そうそう、その調子。だいぶ勝手がわかって来たじゃないか」と言いたげな表情は。

 まあ、とにかくそういう訳で、僕は陸戦隊を前に出して男子供を開放するように命じた。部下たちは慎重に縛り上げられている被害者たちへと近寄り、罠がないか確認をし始める。


「……」


 緊張の瞬間である。僕は努めて自然体を装いつつも、万が一の際はすぐに伏せられるように準備しておく。人質に触った瞬間大爆発、みたいなことが起こってもおかしくないからだ。

 エルフや騎士たちの間にも緊張が走る。手に小銃や妖精弓(エルヴンボウ)をもって、周囲に油断のない視線を走らせていた。爆弾がなくとも、作業中の兵士に矢を射かけてくるくらいはするかもしれない。この広場には大量のかがり火が焚かれており、周囲からは丸見えなのだ。射撃武器の脅威度は高い。

 本当ならば、かがり火は消しておきたかったんだがな。普通に考えれば、このかがり火は射撃標的を照らし出すために用意したモノだろう。そんな中でチンタラ作業をするなんて、自分から罠に引っかかりに行くようなものだ。あまりにも危険すぎる。

 しかし、火を消すとそれはそれで問題がある。視界が悪くなると、罠の発見や解除が難しくなってしまうのだ。それはそれで困る。非常に困る。僕としては、一斉射撃より爆弾の方が怖いからな。仕方なく、そのまま作業するほうを選択した。


「罠らしきものは確認できません!」


 陸戦隊の隊長が、大声でそう報告する。僕は被っている兜のバイザーを指先でトントンと叩いた。


「……地面に何か埋まってる様子はないか?」


「そのような痕跡は見受けられません」


「ふむ……」


 今のところ、敵が襲撃をかけてくる気配もない。夜のルンガ市はいたって平穏なものだ。つまりこれは……。


「……オルファン氏に伝令! 『敵襲に警戒されたし、敵の目標は貴殿なり』……以上だ、急げ!」


 どう考えても、このシチュエーションは罠だ。にもかかわらず、敵からのアクションは何もない。……つまり、これは目くらましだ。罠を警戒させることで、こちらの注意を逸らせる陽動作戦! 本命の攻撃は、まったく別の方向からくるはず。


「アル様、もしやヴァンカは……」


 ソニアも同じ結論に至ったらしい。かすれた声でそう聞いてくる彼女に、僕は頷き返した。


「ああ、おそらくな。どうやらあの女、私怨を晴らすための戦争以外はするつもりがないらしい。徹頭徹尾、僕らを蚊帳の外にするつもりだ……!」

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