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第288話 くっころ男騎士と夜間行軍

 薄暮の森の中を、粛々と進んでいく。鬼火のようにボンヤリと光る松明はこの鬱蒼とした夜の森を照らすには明らかに力不足で、木の根に足を取られて転倒する者や隊列から落伍してしまうものが続出した。もちろんリースベン軍では定期的に森林戦の訓練を行っているが、やはり夜間行軍となると昼間とはだいぶ勝手が変わってくる。


「少なくない数のエルフを味方につけることができて、本当に良かった……」


 部下たちの様子に目を光らせながら、僕は隣を歩くソニアに向けてボソリと言った。普段の僕は行軍は基本的に騎乗して参加するのだが、今回は徒歩だ。森の中では騎馬の強みはほとんど生かせないし、飼い葉や飲み水も大量に消費するから兵站への負担も大きい。そのため、馬は一頭たりとも持ち込んでいないのである。

 もちこんでいないのは、馬だけではない。大砲もだ。本格的な交戦を想定した編成ではないのだから仕方が無いが、騎兵や砲兵の支援を受けずに歩兵部隊だけで作戦を行うのはなんとも不安だ。まあ、もちろん口には出さないが。


「エルフと我々に、ここまでの練度の差があるとは。長命種はやはり伊達ではありませんね」


 ソニアのほうも、僕と同意見のようだ。なんとも危なっかしいリースベン軍の行軍とは異なり、ダライヤ派や"正統"のエルフ兵は危なげもなく慣れた調子でズンズンと前に進んでいる。たまに行軍を停止して待ってもらわないことには、我々が置いて行かれてしまいそうだ。

 エルフたちとの交戦を徹底的に避けた己の判断は、間違っていなかった。今になってしみじみとそう思う。こんな連中と真正面からぶつかっていたら、リースベン軍はあっという間に蒸発していたことだろう。援軍のガレア王国軍もマズいことになっていたに違いない。


「正直、前後左右をエルフ兵たちに守ってもらっている状態でなければ、行軍すらしたくありませんね」


「同感だ」


 昼間の平地ですら、落伍者を出さないように行軍するのはなかなかの難事なのである。ましてや夜の森となれば大量の脱落者が出てしまう。目的地に到着する頃には、兵員が半分以下になっていてもおかしくはないだろう。

 しかし今回の場合、そんな落伍者は我々の周囲に展開したエルフ兵が回収して隊列に戻してくれている。なんとも有難いサポートだが、流石に情けない気分になってくる。我々は護送船団に守られた無力な輸送船か何かだろうか?


「あだっ!」


 暗い森の中で、悲鳴が上がる。敵の襲撃かと思って身構えるが、どうやら木に頭をぶつけてしまっただけのようだ。下士官の叱責の声が聞こえる。……まあ、すでに周囲は真っ暗だし、松明も全員が持ってるわけじゃないからね。そりゃ事故も起こるわ。

 その上、種族的な問題もある。竜人(ドラゴニュート)は夜目の効く種族ではあるが、リースベン軍の一般兵は結構な比率でそれ以外の種族の者が混ざっているのである。なにしろ彼女らは、大半が王都で募兵に応じた貧民たちだからな。大半が元出稼ぎ労働者だから、種族も雑多なものである。当然、夜目の効かない者も多い。


「……」


 夜襲なんか提案するんじゃなかった。そんな考えが頭に浮かんでくる。しかし、時間は我々に味方しない。民間人の保護は、可及的速やかに実行する必要があった。明日の朝まで待つというのは、ナンセンスが過ぎる……。


「敵は、まだ仕掛けてきませんね」


 油断ない目つきで周囲を見張りながら、ソニアが言う。確かに彼女の言う通り、今のところ敵に接触したという報告は一切うけていない。いくら闇の中といっても、こちらはかなりの大所帯だ。敵が我々の動向をまったく掴んでいないということはあり得ないだろう。事前の予想では、そろそろ前哨戦が始まっているはずなのだが……。


「こっちには"正統"の本隊も合流したからな。予想以上に戦力差が開いたので、手出しを控えているんだろうか……」


 なにしろ"正統"は全軍を投入してきている。これにわれわれとヴァンカ派が加われば、戦力差はほとんど二対一に近くなる。まともな指揮官であれば、交戦を躊躇するだろう。……まともな指揮官であれば、だ。

 でもたぶんヴァンカ氏はまともな指揮官じゃないし、その部下のエルフ兵たちも間違いなくまともな兵士ではないんだよな。むしろ「敵大軍の夜間行軍? ボーナスタイムじゃんヤッター!」みたいな感じで仕掛けてきそうなイメージがある。にもかかわらず現状はナシのつぶてだ。少々、イヤかなり不気味である。


「しかし、この期に及んで何の接触もないというのは解せないな。そろそろ、前衛はルンガ市に到着する頃だろう」


 そもそも、我々が一時の拠点にしていた川港とルンガ市はそれほど離れていない。歩みの遅い夜間行軍でも、大した時間もかけずに移動することができるわけだが……ううーん、こりゃ、罠の臭いがするな。


「これは……我々が良く使うパターンかもしれませんね」


 付き合いが長いだけあって、ソニアも同じ結論にたどり着いたようだ。敵をキルゾーンに誘引し、四方八方からボコボコに叩きのめす。僕の鉄板戦術である。僕らの目的地がルンガ市であることはヴァンカ氏も察しがついているだろうからな。罠を張るのもそう難しい事ではないはずだ。


「寡兵で大軍に挑む……そういう状況で使える戦術は、かなり限られているからな。少なくとも、地の利を生かしてくるのは間違いあるまい」


 だとすると、敵の主力はルンガ市の外縁部に配置されているものと予想できる。とりあえず、その辺りに偵察隊を派遣してみよう。そう思って、手近な所にいる長老を呼び止める。この手の任務は、正直な話リースベン兵には任すことができない。下手をすれば敵の攻撃がなくとも勝手に遭難してしまうかもしれない。


「少しいいかな、長老殿」


「どげんした、若様。ワシに一番槍でも任せてくれっとかね」


 ニヤリと笑って、長老は聞き返してくる。夜闇の中でもエルフ族の美貌は健在だ。僅かな光に照らされたその顔は、見惚れてしまいそうなほど美しい。美しいが、だから若様ってなんだよ? 問いただしたい気分はあったが、今は実戦の真っ最中。無駄話をしている余裕はないので、スルーする。


「ルンガ市周辺に敵に伏兵が潜んでいる可能性がある。突入前に安全を確認しておきたい、斥候を頼めるか?」


「ン、なっほど。昼間使うた手をそんままやり返されんよう、手を打つちゅうわけじゃな?」


 さすが、長老級ともなると理解が早い。僕は思わず相好を崩した。この調子であれば、エルフたちとの共同作戦は思った以上にスムーズにいきそうだ。


「その通りだ。向こうだって、こっちの目標がルンガ市であることは理解しているだろうからな。何もしかけていない、などということはあり得ないだろう」


「うむ、うむ。確かにそん通りじゃ。じゃっどん、ワシん手勢だけでは少々手が足らん。いくつか部隊を貸してもろうてえかね?」


「もちろんだ。頼んだぞ」


 夜間の偵察任務だ。昼間以上に敵の捜索は困難を極めるだろう。少人数をチビチビ派遣するより、大人数で山狩りめいたローラー作戦をやるほうが効率的である。なにしろ兵数で優越しているのはこちら側なのだ。その優位性は積極的に活用したほうが良いだろう。


「おう、任せちょけ!」


 頼もしい声でそう答えた長老は、片手をひらひらと振りつつ夜闇に消えていった。その背中を見送りつつ、僕は思案する。さて、ヴァンカ氏はどういう出方をしてくるだろうか……?

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