第282話 くっころ男騎士とエルフの軍勢
多連装ロケット砲による攻撃は、見た目こそ派手だったが実際のところそこまで大きな効果は無かった。まあ、そりゃそうだろう。ジャイロもついていない無誘導のロケット弾を適当にぶっ放しただけなのだ。素直にまっすぐ飛んでくれるような代物ではない。むしろ、味方を巻き込まなかっただけで万々歳である。
しかし、実際の戦果は乏しくとも敵兵に与えた心理的な打撃はなかなかのものだった。予想もしない攻撃を浴びて呆然とする烈士エルフ兵たちに対し、僕たちは全力の突撃をしかけた。烈士どもはマトモな抵抗もできずに壊乱、あっという間に指揮崩壊を起こして撤退する羽目になった。
「うへあ」
ほとんど一方的と言っていい勝利を収めた僕たちだったが、喜んでばかりもいられなかった。川港に向かったところ、マイケル・コリンズ号が半焼していたのだ。これは別に、敵が火矢の類を撃ち込んできたからではない。ロケット砲を発射する際に出る噴射炎が船体に引火したのである。
むろんロケット砲から派手な炎が出ることは設計時からわかっていたので、ある程度の対策は施していたのだが……やはり、木造船では防火対策にも限度がある。流石に、火災そのものを避けるのは不可能だったようだ。
「見た目はひどいですが、火事そのものは先ほど鎮火いたしました。致命的な損傷ではありませんので、航行には支障ありません。……一応は」
状況説明のために上陸してきた副艦長が、ジト目になりつつそんなことを言う。厄介な兵器をウチの船に乗せやがって、そう言いたげな態度だ。まあ、気分はわかる。使ったらほぼ確定で船が燃え上がる兵器なんて、欠陥品以外の何者でもないだろ。
「なるほど、わかった。ありがとう、苦労をかけたな。僕たちもすぐ出発、というわけにはいかない。しばらく休んでいてくれ」
副艦長の肩を叩いてそう言ってから、僕は小さく息を吐いた。当面の敵は退けたが、僕の前にはいまだに容易ならざる障害がそびえたっている。それは敵ではなく、味方だった。
「……」
無言で背後を振り返る。そこに居たのは、すさまじい数のエルフの軍勢だ。試しに点呼してみたところ、なんとその人数は千人近かった。……もちろん、この中のすべてのエルフが、先ほど僕に加勢してくれた長老派エルフ兵というわけではない。むしろ、半分くらいは別勢力の連中だ。つまりは、まあ、正統エルフェニア帝国である。
戦闘終結の直後、この集団は我々と合流した。オルファン氏いわく
「こげんこっもあろうかと用意しちょいた援軍」
ということらしいが、その割に非戦闘員と思わしき只人なども混ざっている。戦闘集団というよりは、移民団のような風情である。事前に聞かされてはいたのだが、実際にこんな大集団が目の前に現れたのだから頭がクラクラしてきた。
"正統"の連中は、この三者会談の結果がどうなろうとリースベンに移住する気だったらしい。僕はまだその案を正式には承認していないのだが、なんとも気の早い話である。……まあ、"新"と違って"正統"には余裕がない。チンタラしていたら、組織全体が干上がってしまうという不安があったのだろう。
「……しかしどうするかね、これ」
僕は頭痛をこらえながら、エルフ集団を見渡した。当たり前の話だが、両者の間には険悪な雰囲気が漂っている。"新"と"正統"でぱっちりと別れ、にらみ合っていた。休戦中とはいえお互い仇敵同士なのだから、この反応も致し方のないことだろう。
「ほんのこてお前ら助太刀に来たんか? 来っとがあまりにも遅すぎるち思うが」
「俺らが手を出す前に戦闘が終わっちまったんじゃ。仕方なかじゃらせんか!」
なんとも剣呑な声が、あちこちから聞こえてくる。放置していたら、そのうち喧嘩をおっぱじめそうだ。本当に勘弁してくれ。
「戦闘は終わったというのに、気が休まりませんね」
珍しく、ソニアがボヤいた。彼女も僕も、いまだに甲冑を纏ったままの戦装束姿だ。流石にこんな状況で警戒を解くわけにもいかず、返り血を拭いてサーコートを着替えるくらいしかできていない。……心情的には、今すぐ裸になって水浴びでもしたい気分なんだが。季節は既に晩秋だというのに、激しく動き回ったせいで全身汗びっしょりだ。正直、気持ちが悪い。
「鉄火場はいつものことだがね、はは。僕はもう慣れたよ」
肩をすくめながら、そう答える。なんなら、前世から慣れてるしな、鉄火場。前世も現世もずっとこんな感じだ。やだ……私の人生選択、下手くそすぎ? などと思わなくもないが、そういうタチなので仕方が無い。
とにかくこのまま放置していたらスーパーエルフ大戦の第二ラウンドが始まってしまうので、僕は急いで食事の準備をするように従者たちに命じた。腹ペコだと気が立ってくるからね。さっさと満腹にしてやらねばならない。
しかし、この場には我々を含めて千人以上の人間が居る。これだけの数の食事を用意するのは、尋常なことではない。幸いにもマイケル・コリンズ号の船倉には"正統"へ送る予定だった支援物資が残っていたから、食材に関してはまあなんとかならなくもないのだが……。
「アルベールどん、ほんのこて申し訳なか。もう少しはよ本隊が合流できちょりゃあ、あげん危なか橋を渡っ必要は無かったんじゃが」
困惑しきりのリースベン軍兵站部の連中にあれこれ指示を出していると、オルファン氏がやってきて頭を下げた。危ない橋というのは、先ほどのロケット釣り野伏のことだろう。
確かに、アレはわれながらなかなか無茶な作戦だった。敵の戦力を見誤っていたかもしれない。本当なら、もうちょっと安全に勝利する腹積もりだったのだが、敵の圧力が思った以上に高かった。
というか、敵も味方も思った以上に多すぎる。日和見連中は、まったくいないんじゃないか? "新"全体が、親リースベンと反リースベンでパッチリ別れてしまったような感じだ。突然の襲撃が発端で起きた出来事にしては、話が早すぎる。人為的なモノを感じずにはいられないね。
「いや……予期せず始まった戦闘だ。遅参も致し方のないことだろう」
というかそもそも、"正統"全軍の参戦なんて僕は望んではいなかった。いきなり全ツッパで協力してくるなんて、いくらなんでも前のめり過ぎるだろ。僕にどうしろって言うんだよ。
……いやまあ、彼女らの要求は理解してるがね。要するに全力で助太刀をするから、全力で支援してね、ということだろう。味方ヅラをしているぶん、さっきの烈士エルフどもより厄介かもしれない……。
「それに、大将のオルファン殿御自ら率先して我らの後方を守ってくれたわけだからな。有難いと思いこそすれ、文句を言うなどとてもとても……」
とはいえ、"正統"の協力が有難かったというのも事実なんだよな。彼女らの援護のおかげで、リースベンの非戦闘員は誰一人欠けることなくマイケル・コリンズ号に収容することが出来た。さらに言えば負傷者などを安全に後送できたのも、"正統"の尽力あってのことだ。
「うむ、うむ。その通りじゃ。"新"と"正統"の共同作戦など、前代未聞のことじゃしな。この戦いは、歴史に残ることになるじゃろう。うむうむ」
うしろから顔を出したダライヤ氏が得意満面で何度も頷いて見せた。思わず抱きしめたくなるような可愛らしいドヤ顔だが、どうにも納得できない。あんた絶対なんか仕込んでたよね? どこまでが作為なのかは知らないが、今の状況が全くの偶然の上で起きたことだとはとても思えないし……。
僕はため息を吐きそうになって、なんとか堪えた。指揮官たるもの、部下の前では常に泰然自若としていなくてはならない。すべて僕の思惑通りですよ、みたいな顔をしながら、ダライヤ氏に頷き返す。
「その通りだ。……しかし、一応敵は退けたものの、予断を許さない状況であることには変わりないだろう。現状の整理と、今後の身の振り方について、話し合うべきではないだろうか?」
なにしろ"新"は完全に分裂しちゃっからね……実際にガッツリ矛を交えてしまった以上、今さら再合流というのも難しいように思える。僕の対"新"戦略は振り出しに戻ったも同然だ。これからどうするのか、しっかり話し合うべきだろう。……いやホント、マジでこれからどうすりゃいいんだよ……。




