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第28話 くっころ男騎士と傭兵団副長

「結局……何を一番お聞きしたいかと言えば、我々はどういう理由で雇われたのかという部分なのですが」


 ワインの入った酒杯を手の中で弄びつつ、マリエル副長が聞いてくる。何しろ、依頼を出した段階ではまだこちらも情報が不足していらからな。詳しい依頼内容については、まだ決まっていなかった。


「護衛? 他領の威圧? 訓練の相手? まあ、報酬さえもらえれば、我々は大概のことなら出来ますが」


「ディーゼル伯爵を知っているか?」


「山脈向こうの神聖帝国側、ズューデンベルグ伯領の領主ですね。……まさか?」


 相手も戦争を生業にする人間だ。領主の名前を出しただけで、打てば響くように理解してくれる。話が早くて助かるな。


「たぶん、想像している通りだ。偵察の結果、ディーゼル伯爵は戦争準備をしていることが分かった。おそらく、目標はこのリースベン領だ」


「……なるほど」


 マリエル副長は口をへの字に曲げて唸った。


「ズューデンベルグ伯領は、南方との貿易で栄えている土地です。なかなかの強敵ですよ」


「らしいな」


 そのあたりの調査は代官着任前にやっている。周辺情勢の調査は基本だからな。ディーゼル伯爵はこのカルレラ市とは比べ物にならないほど栄えた都市をいくつも抱える大領主だ。当然、保有す軍隊もなかなかのものであることが予想される。


「中央からの増援が到着するまで、一か月以上かかる。その上、周辺地域の王国側領主の協力はほとんど期待できない。つまりディーゼル伯爵軍は、僕たちと君たちだけで対処する必要がある」


 だいたい、封建領主同士はたとえ同じ王に忠誠を誓っていても、仲間という訳じゃないからな。たとえ他領が侵攻を受けていても、同盟や主従を結んでいない限り援軍を出す義理は無いわけで……周辺領主からの救援は、最初から期待できないものと割り切っておくほかない。

 現代人としての価値観を引きずっている僕としてはどうも馴染めないが、そういうことになっているのだから仕方がない。そもそも、国家という枠組み自体がぼんやりしているような有様だ。


「それは……」


 さすがに渋い顔になって、マリエル副長は考え込んだ。彼女らの傭兵団は、一個歩兵中隊に相当する戦力だ。一方ディーゼル伯爵軍は、歩兵だけでこの倍以上は用意できるだろう。まともにぶつかれば勝ち目などない。

 しばし、僕たちの間で沈黙が流れた。聞こえてくるのはソニアとヴァレリー隊長が殴り合う野蛮な音と、野次馬たちの管制だけだ。……随分本格的な喧嘩になってるな。なにやってるんだあいつらは……。


「できれば、もっと多く傭兵を集めたかったんだがねえ。傭兵が入用なのは、我々だけではない。なにしろ、一か所で戦火が上がれば他へ燃え広がっていく可能性は大きいからね」


 沈黙に耐えかねたらしいアデライド宰相が腕を組みつつ言った。彼女とてこの地をディーゼル伯爵やオレアン公に渡したくはないわけで、できれば十分な戦力を用意したいとは思っているだろう。

 だが、地域の緊張が高まれば当然防備を固めるべく傭兵を雇用しようという領主は増えてくる。リースベンが燃えかけていることは、周囲の領主たちも感付いているだろう。結果傭兵団の奪い合いが始まり、用意できた傭兵団はヴァレリー傭兵団のみだった……という説明を、僕はアデライド宰相から受けていた。


「無論、我々もプロです。不利な戦いでも臆したりはしません。しかし……」


 負けるとわかり切った戦いには付き合いたくない。そういうことだろう。いくら金を貰っても、死んでしまえば元も子もないからな。彼女らの言いたいことは理解できる。


「安心してほしい。僕だって、負け戦はご免だ」


 ニヤリと笑って、僕は言い返した。負け戦だとわかっていても戦わなくてはならない時があるのが軍人ではあるが、だからと言って唯々諾々と敗北の運命を受け入れるわけにはいかない。


「リースベン領とズューデンベルグ領を繋ぐ街道は、わずか一本。そしてその街道は、山岳部ではひどく狭くなっている……つまり我々は、寡兵にとって有利な地形で待ち構えることが出来るというわけだ」


 極小人数ならまだしも、軍隊規模となると道を通らずに山越えするのは不可能だ。そして、山岳部のような局地戦では、大軍の有利は生かしきれない。


「しかし、そんなことはディーゼル伯爵も理解しているはず。対策を打ってくるのでは?」


 そう言ってマリエル副長は反論した。もちろん、ディーゼル伯爵も無能ではないだろうから(実際はどうかわからないが、敵は有能だと仮定して行動するべきだ)、閉所の優位をこちらが一方的にとれるとは思わない方が良い。


「当然、そうだろうな。白兵戦では兵士個人の装備と練度がモノを言う。いかに歴戦の傭兵団とは言え、完全武装の騎士と正面からやり合うのは避けたいところだろう」



「その通りです。我々は決して烏合の衆などではありませんが、装備の差はいかんともしがたい。全身鎧をまとった騎士が騎馬突撃を仕掛けてきたら、止める方法は多くありません」


 マリエル副長は神妙な表情で頷いた。彼女らも命がかかっているので、出来ないことははっきり言う。彼女らの傭兵団の大半は武器・防具共に簡素なものしか装備していない。銃兵は居るだろうが、火縄銃が十や二十あったところで騎馬突撃を止めるのは極めて難しい。

 なにしろこの世界には魔法がある。防御力を上げる魔術紋を刻んだ魔装甲冑エンチャント・アーマーは銃弾すら弾き飛ばすからな。これを装備した騎士は騎士は、前世の世界の騎士の比ではなく強力だ。


「そう、そのとおり。こちらの戦力は軽装備の歩兵が一個中隊に、騎士が二個小隊。まともにやりあっても絶対に勝てない……」


 そんなことは最初から分かっている。だが、僕は笑みを深くしつつさらに続けた。


「だが、僕は敵とまともにやり合う気はない。要するに、敵の攻勢をとん挫させればいいわけだからな。やりようはあるさ」


 そう言ったところで、後ろの方からバタンと大きな音がした。振り向くと、床に転がったヴァレリー隊長が白目を剥いている。その隣で、ボロボロになったソニアが肩で息をしつつも僕にVサインを向けていた。


「当然の勝利です。ぶい」


「あ、ああうん、そっか……うん……」


 向こうの責任者が気絶しているような状況では、とても作戦の詳細を説明するなんてできないな。作戦会議は明日に回すほかないか。ゆっくりしてる時間なんかないんだけどな……本当に困る……。

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