第277話 くっころ男騎士と共同戦線(2)
烈士どもの行動は極めて迅速だった。前衛部隊が敵と接触して十分がたった頃には、本隊も攻撃を受け始める。エルフの戦いぶりは非常にトリッキーで、木々の幹をすり抜けるようにして妖精弓による狙撃を仕掛けて来たり、木の枝を伝って真上から奇襲を仕掛けてきたりするのである。びっくりするほど厄介な敵だった。
「チェスト妖精弓!!」
「撃て撃て撃て! 射撃はこちらのお家芸だぞ、エルフどもに後れを取るな!」
それを迎撃するのが、親リースベン派の元老たちとこちらの陸戦隊の混成部隊である。妖精弓と騎兵銃を駆使して弾幕を張り、敵部隊の接近を阻もうとする。
水上戦では船酔いのため醜態を晒した陸戦隊だったが、ここは陸の上だ。戦闘力は十全に発揮できる。むしろ、前回の汚名を返上しようと奮起している様子だった。見事なライフル捌きで、すでに複数の敵エルフ兵を射殺している。通常の歩兵銃よりも幾分か銃身の短い騎兵銃は取り回しが良く、森の中でもある程度戦うことはできた。
「よそ者どもが、パンパンと小せからしか武器を使いおって!」
しかし、相手は精強で知られるエルフ兵。射撃だけで殲滅できるほど甘い相手ではない。弓で牽制しつつ、巧みに木々を盾として利用し肉薄してくる。
「チィィィエストォォォォッ!」
猛犬めいた咆哮と共に突っ込んでくる絶世の美少女集団。陸戦隊の装備する騎兵銃は一般的な先込め式ライフルだから、近接戦には弱い。すでに銃剣は着剣させてあるが、白兵戦のレンジに入られるのはマズイだろう。僕は即座に命令を下した。
「ショットガン兵! 前へ!」
号令に従い、ライフル兵と入れ替わりでショットガンを持った兵士が前に出る。ショットガン。そう、ショットガンである。散弾を発射するアレだ。森林ではライフルの持ち味を生かせないことは分かっていたからな。こんなこともあろうかと、事前にカルレラ市で発足したばかりの鉄砲鍛冶ギルドに急遽大量発注しておいたのだ。
もっとも、急造品ゆえ性能のほうはお察しで、実態としては単なる大口径短銃身のマスケット銃だ。一発しか装填できないし、装填も銃口から行う方式である。しかしそんな代物でも、威力だけは本物だ。強固な甲冑を着込まないエルフ兵が相手なら、掠るだけでもかなりのダメージを与えることができる。
「グワーッ!」
散弾をモロに喰らって、エルフ兵の一人が全身から血しぶきを上げつつ倒れ伏す。目を背けたくなるような凄惨な光景だ。しかし、この程度の惨劇では士気が下がらないのがエルフという連中である。
「お美事な散りざまにごわす!」
「俺らも続っど! 吶喊!」
……士気が下がらないどころか上がってやがる。もう嫌だこいつら。そう思いつつも、僕はちらりと陸戦隊の方をみた。彼女らは、慌てた様子で銃剣を用いた槍衾を作ろうとしている。確かに、槍衾は敵の接近を許した際に取る一般的な戦法だが……今は良くないな。
「ライフル兵は射撃を継続! 接近してきた連中はオーサ隊、ベル隊、ハリファ隊が対処せよ!」
僕が呼んだのは、"新"の元老たちに率いられた部隊である。敵部隊は大半がエルフの若者たちで構成されているようだが、それでもその練度はリースベン軍の一般的な歩兵を遥かに上回っている。こんな連中と白兵戦などご免だ。エルフにはエルフをぶつけるべし。
「おう! 任せちょけ!」
会議の時はまったくこ憎たらしい相手だったエルフ元老たちだが、いざ戦いとなると大変に頼りになる連中へと変貌した。彼女らは木剣を抜き、意気揚々と敵に突撃していく。
「エルフの勇戦、見せてもらおうか!」
ニヤリと笑って、彼女らにそう言ってやる。要するに、格好いいトコ見せてね、という意味だ。エルフどもは剣を掲げて「オオーッ!」とウォークライを上げた。……なんだか、姫プでもしている気分になるな、これは。
「アルベールどん」
そんなことを考えているとカラス鳥人の伝令が飛んできて、僕の隣に降り立った。今回の作戦では、鳥人たちが全面的に協力してくれている。森林戦ゆえ航空偵察はあまり機能していないが、伝令役としての役割だけでもかなり役に立ってくれていた。早馬よりもはるかに早く情報伝達ができるのだから、有難いことこの上ない。
「叛徒ども……失礼。"正統"ん連中が敵と接触し、現在応戦中とんこっじゃ」
「了解。危なそうなら増援を回すと伝えてくれ」
「承知しもした」
頷いたカラス鳥人はそのまま飛び去って行く。僕はルンガ市の地図を取り出し、状況を確認した。現在、"正統"の部隊は非戦闘員たちを連れて、マイケル・コリンズ号の停泊する川港に向けて退避中だ。僕たちはその撤退を支援するため、村の広場で敵を迎撃しているわけだが……。
「平気で後方にも敵が出てくるか。厄介だな」
周囲に聞こえないよう気を使いながら、そう呟く。これが王都あたりの平坦な地形なら、敵別動隊が退避部隊と接触する前に迎撃することができるのだが……やはり、全土が森におおわれたリースベンでは対応が後手に回ってしまう。厄介だな。
こういう地形では、使い勝手の良い航空戦力である鳥人たちの能力も活かしにくい。というか、鳥人たちの偵察能力に対抗するため、わざわざ集落を森で覆い隠すような真似をしてるんだろう。エルフェニア内戦がここまで救いがたい状況になってしまった原因の一部は、鳥人たちにもあるかもしれない。
「いまだに敵正面の戦力も把握できていませんし、いっそ思い切って戦線を下げた方が良いやもしれませんね」
僕の手元の地図を覗き込みつつ、ソニアが言う。彼女の言うように、いまだに敵の総数はよくわかっていなかった。少なくとも、数十人程度の数ではないのは確かなのだが……。
「そうだな、案外後ろの敵の方が本隊という可能性もある。いざというときにすぐ援護が出来る距離感を保っておいたほうが良いだろう」
現地点から川港までの距離は大したものではないが、戦闘中はその僅かな距離ですら致命的なものになる場合がある。非戦闘員の保護を考えれば、部隊を分散するのは致し方のない話だが……離れ過ぎもまた良くないのである。
「しかし、ただ退くのも面白くない」
ニヤリと笑って、僕は近くに居たダライヤ氏の肩を叩いた。
「連中に一発、イイのを喰らわせてやる。ダライヤ殿、腕自慢の精鋭連中を率いて、いったん後ろに下がって貰ってもいいかな?」
「ほう、何やら面白いことを考えているようじゃな。良かろう、ワシに任せるのじゃ」
ダライヤ氏は、思った以上にアッサリと快諾してくれた。その表情は、何かから解放されたかのように晴れやかだった。
 




