第270話 くっころ男騎士と異文化交流(2)
即席の剣術交流会は、思った以上に好評だった。エルフたちは強い尚武の気質を持っているし、新しいやり方を積極的に学ぼうという向上心も持ち合わせている。異国の剣術にも興味津々だった。
この様子だと、大砲や小銃を手に入れたらノリノリで使いこなしそうな気がするんだよな。技術が流出しないよう気を付ける必要がありそうだ。現状ですらシャレにならないほど強いのに、この上さらに遠距離攻撃手段が増強されるとか本気で勘弁願いたい。
「ああ、生き返っ心地じゃ。腹がいっぱいになって動けんくなっなんて、何年ぶりん経験じゃろうか」
「アルベールどんには足を向けて寝られんのぉ」
そんなこちらの思惑など一切気にしていない様子で、エルフたちは腹をさすりながら満足そうな声を上げている。交流会の後、村の広場で第一回の炊き出しが行われたのだ。
提供されたのはありあわせの材料を大鍋にブチこんで煮込んだだけの軍隊シチューと、レンガのような硬パンのみ。質より量を優先したなんとも寂しい食卓だが、それでもエルフたちは大喜びだった。
むろん、エルフたちに粗末な食事を提供しておきながら、僕たちだけ豪華な料理を食べるような真似はできない。炊き出しの配給所から料理を受け取り、木陰に腰を下ろしてソニアらと朝食をいただく。
「あん剣技、初太刀はとんでんなっ強力だが……逆に言えば、そいを躱されてしめば大きな隙がでくっごつ見ゆっ。そげん状況になった時はどう立ち回っど?」
「阿呆、避けられたやどうすっなどち考ゆっこと自体が雄々しかど。初撃で確実にチェストすっ、なんとも女々しか武者ぶりじゃらせんか」
そんな僕たちの周りには、大量のエルフたちが鈴なりになっていた。皆、僕の剣技に興味津々のようだ。正直、結構嬉しいね。ガレアでは、この剣術は猿のようで野蛮だとたいへんに評判が悪いからな。
すこし苦笑しながら、硬パンを軍隊シチューに沈める。このパンは名前の通りとんでもなく硬く、そのままではとてもじゃないが歯が立たない。汁物に漬け込んでパン粥のようにして食べるのが一般的だった。……まあ、エルフたちの中には平気でそのままバリバリ食ってるやつもいるが。
「そういえば……ウチん氏族長から聞いたんじゃが、こん後叛徒どもん里にも行くんだって?」
一人のエルフが、広場の片隅に居る集団をちらちらと見ながら言った。オルファン氏を中心とした、"正統"の使節団だ。まるで見えない壁でもあるかのように、彼女らの周りには人が居ない。僕たちとは対照的な状態だった。
よそ者より元身内のほうが嫌われているなんて、あんまりいい状況じゃないよな。今さら仲良くしろだなんて言っても無意味だろうから、口には出さないが。百年も身内同士で殺し合いをしてたんだ、その溝はそうそうのことでは埋まらないだろう。
「ああ。もちろん、今日明日じゃないがね。この会談が終わったら、あっちの村にもいくつもりだが」
無論、予定の上では……であるが。ヴァンカ氏と決裂してしまった以上、平和裏にこの村から出ていけるかはかなり怪しい。いままでは牽制じみたしょっぱい攻撃しかしてこなかった過激派たちだが、今後はいよいよ本腰を入れて僕たちの排除にかかってくる可能性が高いだろう。
まあ、そうなったときのことを考えて、こうやって一般エルフたちと交流してるわけだがね。エルフにはエルフで対抗すべし。一人でも多くのエルフを僕たちの味方にする、それがこの交流会の目的だった。……たとえその努力が実らなかったとしても、知り合い相手なら剣を振るう手も鈍くなるかもしれないしな。
「叛徒どもはとんでんなかならず者ん集まりじゃ。男んお前は近寄らんほうが良か」
「そん通りじゃ。あいつらんこっだ、毒を盛ってムリヤリ手籠めにすっくれは平気でやっじゃろう」
訳知り顔でそんなことを言うエルフたち。……ならず者云々は君たちが言えた義理ではないと思うなぁ……いや、口には出さないけどね。僕は曖昧な笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
「まあ、仕事だから」
なんなら、"正統"の隠れ里でムリヤリ手籠めにしようとしてきたのは"新"のエルフ兵のほうだったしな。危ないといえば、圧倒的に"新"のほうが危ない。まあ、だからと言って"正統"に対してまったく警戒をしない、というわけにもいかんがね。
「アル様の安全はこのわたしが守る。貴殿らが心配する必要はない」
ちらりとエルフたちの方を一瞥しながら、ソニアが言った。彼女も、途中から剣術交流会に参加している。だから、エルフたちも彼女が尋常の騎士ではないことは知っていた。少なくない数のエルフたちが「確かに」と頷いた。
「じゃっどん、多勢に無勢ちゅう言葉もあっ。ソニアどんが並々ならん武人であっことに疑いはなかが、警戒すっに越したことはなかど」
「そうじゃな。とっに、叛徒どもん火炎放射器兵はとても厄介や。戦いなれちょっ俺らですら手を焼かさるっ」
「焼かさるったぁ手だけじゃなくて畑もじゃがな!」
「違いなか! グワッハハハ!!」
エルフたちは大爆笑した。笑っていい冗談なのか、それは。
「男が危地へ向かうとに、黙って見送っちょってはおなごがすたっど。わかっちょっじゃろうな、お前ら」
「おうっ、任せちょけ! アルベールどん、叛徒どもん巣へ行っときは、俺らも連れて行ってくれ。男んために死ぬのがエルフん華よ、こん命を賭してでもアンタん身は守ってやっ」
「良か考えじゃ! 俺も一枚噛ませてもらうど」
スプーンを剣のように掲げて、エルフたちがそんな主張をはじめる。わあ、勝手に盛り上がるんじゃねえよ。危地というならこの村の方がよっぽどアブナイ場所だろ!
もちろん、"正統"の集落へこいつらを連れて行くような真似はできない。そんなことをしたら、適当な因縁をつけて勝手に戦争をおっぱじめそうな雰囲気がある。
「ま、まあまあ、落ち着いてくれ。おしゃべりに夢中になっていたら、メシが冷めてしまうぞ。せっかくの料理なんだ、美味しく食べてくれよ」
「確かにそうだ。有難ういただっことにしようか」
「こげんご馳走にそげん失礼な真似をしたや、もったいなかカマキリにチェストされてしめそうじゃ」
なんだよもったいなかカマキリって。勿体ないオバケ亜種か?
「……」
僕が小首をかしげていると、ソニアが密かにサムズアップをしてきた。どうやら、懐柔作戦大成功と言いたいらしい。……いやまあ、嫌われているわけじゃあないと思うんだが、これを懐柔成功といっていいものなんだろうか……。




