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第265話 くっころ男騎士と蛮族皇女再び

「ほんのこの間袂を別ったと思ったら、もう再会か。まったく、運命というヤツはよくわからんのぅ」


 元老院にやってきた"正統"の使節団を出迎えたダライヤ氏は、皮肉げな笑みを浮かべてそう言った。


「百年近く前ん話がほんのこん間、か。ダライヤも変わっちょらんな」


 使節団を率いてやってきた"正統"の頭領、フェザリア・オルファン氏は何とも言えない懐かしそうな表情で肩をすくめる。旧友同士の対面を思わせる、和やかな雰囲気だった。


「ワシからすれば、オヌシが生まれたのもほんのこの間の話じゃよ。『ババどの、ババどの』とワシの後ろをついて回っていた日々が、昨日のことのように思い出せる」


「昔ん話じゃろうが!」


 赤面するオルファン氏の肩を、ダライヤ氏は声を上げて笑いつつ叩く。オルファン氏は旧エルフェニア皇族の末姫であり、かつてのダライヤ氏はその教育役だったという話だ。その後にエルフェニアを襲った天災と内乱により両者は敵対することとなったが、個人としては決して嫌い合っている様子ではなかった。

 もっとも、それはあくまで個人の話。"新"のエルフたちは、明らかに"正統"の使節団に激しい敵意を向けていた。対する"正統"の使節団も、喧嘩なら買うぞと言わんばかりの態度である。元老院の内部には、まるで突撃を発起する直前の歩兵部隊のような剣呑な雰囲気が満ちている。

 オルファン氏が連れてきた使節は僅か十数名。戦闘になれば全滅は避けられない戦力差だが、"正統"のエルフたちに怯む様子はなかった。やはり、エルフの戦士の根性の座りようは尋常ではない。


「……」


 僕は無言で、ヴァンカ氏を一瞥する。なにしろ彼女は夫子を"正統"のせいで失っているという話だ。下手をすれば、この場で剣を抜きかねない。場合によっては力ずくで止める必要があるだろう。

 ……だが、そんな懸念とは裏腹に、ヴァンカ氏はさしたるアクションをしなかった。オルファン氏のほうをちらりと見て、それで終わりだ。剣を握るどころか、睨みつけさえもしない。彼女の取り巻きたちは、ひどく物騒な様子でアレコレ話し合っているというのに……。

 さて、これは一体どういうことだろうか? おかしい。明らかにヘンだ。復讐に狂って、一度引退していた長老にも復帰したというのがヴァンカ氏だ。夫と娘を殺した者たちの首領を前にして、ここまで落ち着き払った態度をとれるものなのだろうか?


「また会うたな、ブロンダンどん」


 ヴァンカ氏の態度はひどく気になるが、彼女にばかり注意を払っているわけにはいかない。なにしろ、僕はリースベンの代表者なのだ。こほんと咳払いしてから、オルファン氏と握手する。


「お元気そうでなによりだ、オルファン殿」


 お元気そうで、というのはリップサービスなどではない。実際、オルファン氏は前回に会った時よりもずいぶんと顔色が良くなっていた。"正統"に対する食糧支援はいまだに継続中だ。翼竜(ワイバーン)で空輸できる食料の量などたかが知れているが、それでもある程度栄養状態は改善しているらしい。


「積もる話もあるじゃろうが、まあ駆け付け一杯やっていけ。御覧の通り、宴の準備は整っておる」


「準備ができちょっどこいか、宴もたけなわん様子じゃらせんか」


 僕たちの背後を見ながら、オルファン氏は笑った。何しろ地面にはあちこちに徳利や木椀が散乱しており、壁際では少なくない数のエルフやカラスが酔いつぶれて寝息を立てていた。陽キャ大学生の飲み会だってここまでひどくないぞと言いたくなるような死屍累々ぶりだった。

 まあ、壁際で倒れている連中は別に酔っ払いだけじゃないがね。僕にセクハラを仕掛けてきて、ソニアの手でボコボコにされた者も数名混ざっている。……なんで外交戦の真っただ中にセクハラしてくるんだろうね? アホなんだろうか。


「まあ、酒と芋汁はまだいくらでも残っておるからの。安心せい」


 そう言って、ダライヤ氏はオルファン氏を半ば強引にムシロの上に座らせた。使節団の他の者たちも、それに従って腰を下ろす。給仕たちがテキパキと芋汁と酒を配布した。形ばかりの乾杯をしてから、各々木椀や酒杯に口を付け始める。

 しばらくは、挨拶も兼ねて当たり障りのない会話が続いた。さっさと本題に入ればいいのにと思わなくもないが、戦闘だって最初は索敵や牽制から始めるものだ。外交戦も、セオリーとしては似たようなものなのかもしれない。


「それで……貴様らは、これからどう身を振るつもりなんじゃ」


 三十分ほどたってから、やっとのことでダライヤ氏が切り込んだ。この頃になると芋汁も芋焼酎(エルフ酒)も在庫が掃け、提供される食材や酒は僕たちがマイケル・コリンズ号で持ち込んだものが中心になっていた。

 "新"の食料事情は"正統"に比べれば多少マシな様子ではあるが、それでも余裕はほとんどないはずである。この会合では料理も酒も盛大にふるまわれたが……おそらくこれはそうとう無理をしているはずだ。

 以前からこのルンガ市に駐在させていた連絡員の話では、食事は一日一回。メニューも貧相な芋汁か、それすら無く小さなふかし芋が一つだけということもあるらしい。なんとも厳しい状況だな。


「食料がなんとかなっなら、もはや(オイ)らに戦う理由は無か。ラナ火山ん隠れ里は捨てて、リースベンに移住しようかち思うちょる」


「逃ぐっとな?」


 挑発的な笑みを浮かべてそんなことを言ったのは、若い氏族長だった。……本当に"新"は氏族長が多いな。たぶん、これはガレアの貴族制における当主のような役職なのだろう。帝国を名乗っている新エルフェニアだが、その実態は貴族共和制だ。


「そげん有様じゃっで、叛徒どもは弱かど。お(はん)のような(ごつ)弱腰ん頭領に率いらるっ部下共が可哀想(ぐらしか)じゃ」


「戦も知らん若造(にせ)ずいぶんと(わっぜ)大口をたたっじゃらせんか。弱か犬ほど良う吠ゆっち聞っどん、こんた本当じゃな」


 売り言葉に買い言葉である。オルファン氏の部下の一人がそう言い返した。最近わかってきたのだが、若いエルフにとって青二才(にせ)と呼ばれることは最大級の侮辱になるようだ。血の気の多い氏族長は、一瞬で沸騰し酒杯を地面に投げつけた。


(だい)若造(にせ)や、そん首こん場で叩き落してやっても良かど!」


「ここで剣を抜いてみろ、その時点で交渉は決裂したとみなすぞ」


 せっかくの和平会議だ。アホのせいで滅茶苦茶にされてはたまったものではない。僕は即座に両者の前へと身を乗り出した。


「男風情が議バ言うなっ! こいは女同士の話やど、すっこんどれ!」


「アル様を男風情と言ったか!」


 氏族長の言葉に、こちらの騎士数名が瞬間沸騰する。エルフほどではないにしろ、竜人(ドラゴニュート)も大概血の気の多い種族だ。ちょっとしたトラブルが原因で流血沙汰が発生する。

 まあでも、正直この程度のトラブルは予想済みだ。長々と身内で殺し合いをしていたエルフたちが、そう簡単に落ち着いて話し合いが出来るはずもない。僕は小さく笑って、肩をすくめた。


「では仕方がない。お言葉通り、すっこんでおこう。ソニア、撤収の準備だ。申し訳ないが、荷下ろし中の食料をもう一度船に積み込んでくれ。交渉が決裂した以上、食糧支援はいったん中止するほかない」


「わあっ、待て待て!」


 これに慌てたのが、過激派ではない他の元老たちだ。せっかく食料面で一息つけるところだったのに、こんなくだらないことで支援をフイにするのはあまりにも惜しかろう。


「さっきんなお(はん)が悪かど、アルベールどんに謝らんか」


 別の氏族長にたしなめられ、過激派元老は歯ぎしりする。しかし、彼女とて食料は欲しい。腹が減っては戦はできないのである。こちらからの食糧支援が中止になれば、対"正統"戦にも支障が出る。


「むぐぐ……申し訳なか」


 結局、不承不承といった様子で氏族長は頭を下げた。僕は片手をあげ、鷹揚にそれに応じる。まったく、本当に勘弁してもらいたいものだ……。

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