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第264話 聖人司教と蛮族ども

 ワタシ、フィオレンツィア・キルアージはほっとしていた。当面の方針が決まったからだ。エルフたちは訛りがキツくてめちゃくちゃ心が読みづらいし、船酔いはキツいし、虫を食べさせられたりもしたけど、それでもこの旅に同行して良かったと思う。

 エルフ酒と言うらしい芋の匂いのするお酒を飲みつつ、ちらりと視線を元老院(を名乗るあばら家)の隅へと向ける。そこでは、例のヴァンカとかいうエルフの長老が、ムシロの上で胡坐を組みつつ黙々とワインを飲んでいた。周囲には取り巻きが何人もいて、アレコレ話しかけているけど……ヴァンカはまったく相手にしていない。


「どう思います? あの方」


 隣で汁椀に入ったイモムシをフォークでつんつんしていたソニアに話しかける。ワタシと同じく、ソニアもイモムシは食べたくないみたい。そりゃそうよねぇ、ムシなんて人間の食べ物じゃないわぁ……パパ(アルベール)は平気みたいだけど。


「……」


(このカス女にわたしの考えを伝える必要があるのか? いや、しかし外交戦に関してはこの羽虫もそれなりに役に立つ。アル様の為にも、ここは我慢するべきか……)


 ソニアは無言だったけど、魔眼のおかげでその思考は丸見えになっている。本当、嫌われてるわよねぇワタシ。いやまあ、いいんだけどねぇ。パパ以外の相手からどう思われようが興味もないし……。


「不気味なヤツだ。最大限の警戒が必要だろうな」


 結局、ソニアは正直にこちらの問いにこたえてくれた。ワタシに対する嫌悪感と、パパに対する忠義心がぶつかった結果、後者が勝ったみたい。それでいいのよぉそれで。パパの役に立ちたいという気持ちは同じなんだから、協力できる分野では協力して頂戴な。


「確かに、一筋縄ではいかない雰囲気はありますね」


 周囲に聞こえないよう気を付けながら、ワタシはそう言う。けれど、実のところワタシはヴァンカに対する警戒を一段階緩めていた。読心で確認した結果、アレはそこまでパパにとっては有害な相手ではないということが分かったからね。

 むしろ、うまく扱えばパパの利益になるかもしれない。もちろん、対応を誤れば大火傷しかねないから、注意は必要だけどねぇ。あの女はパパに対しては全く害意を抱いていないけど、それはそれとして危険なヤツなのは確かだし。


「ただ、個人的な所見を述べさせてもらうと……あの方本人よりも、むしろその周囲の方々の方が危険なように思われます」


 ヴァンカは長老だけあってアレコレ考えているみたいだけど、その取り巻きは揃いも揃って考えなしの無能ぞろい。これは別にヴァンカの見る目がないわけではなく、むしろ馬鹿を選んで味方につけてるみたい。

 個人的には、下手な策士よりも行き当たりばったりの馬鹿のほうが怖いのよねぇ。策士は真面目にゲームに参加してくれるけど、馬鹿はゲーム盤を叩き壊しちゃうような真似を考えなしにやっちゃうし。……王都の一件のワタシかな? わあ、自己嫌悪で今すぐ死にたくなってきちゃったゾ。

 まあでも、死ぬにはまだ早い。やることがいっぱい残ってるしね。汚名返上名誉挽回の機会は、まだまだあるでしょ。まあ、せいぜい頑張ろうねぇ、ワタシ。


「確かに、無能な働き者ほど恐ろしいモノは無いからな」


 適切なタイミングで適切な罵倒を飛ばしてくるのやめなさいよぉ! ワタシのことを指しているわけではないとわかってるのにドキッとしちゃったじゃないのよぉ!


「襲撃のやり口から見るに、連中はかなり考えなしで行動するタチのように思える。まさかそんな愚かな真似はしないだろう、などという慢心はするべきではないだろう」


「そうですね。少なくともカルレラ市に戻るまでは、気を緩めない方が良いでしょう。ここは戦地も同然です」


 実際、氏族長とやらの中には今にもこちらに切りかかってきそうな雰囲気の連中もいるしね。襲撃は、今朝の一回だけでは終わらないでしょうねぇ……。


「珍しく意見が一致したな。……わたしはアル様をお守りすることに専念するからな。貴様も女なのだから、自分の身は自分で守ることだ」


「……わかっておりますよ。男性の後ろに隠れるような真似は、もちろんいたしません」


 いちおうワタシ個人の護衛もこの旅には同行させてるけど、それでも心配だなあ……。虚無僧エルフ兵? とかいうのはさておき、エルフたちの個人武力はパパですら強く警戒するレベルだし。パパのついででいいから、ワタシも守ってほしいんだけど……。


「……しかしどうしてもというのなら、守ってやらんことはない。むろん、対価は貰うが」


 そんなこちらの内心を見透かしたようなことを言いながら、ソニアはスススと自らの木椀を押し付けてきた。その茶色い汁の中には、イモムシが何匹も浮かんでいる。うぇぇ、やっとのことで船酔いがおさまって来たのに、また吐きそう…。


「……わたくしに、これを食べろと?」


「……」


(こんなものは竜の食べ物ではない。ニワトリにでも食わせておけばいいのだ)


 無言でソニアは頷いた。……誰がニワトリよぉ! ハトよりひどいじゃないの!


「仕方ありませんね……」


 でも、ワタシに選択肢なんかない。仕方なく、木椀を受け取った。うううーっ! せっかく頑張って自分のぶんのイモムシを食べ終わったのに! ワタシだって頑張って食べたんだから、アンタも食べなさいよぉ! 提供された料理を他人に押し付けるなんてホストに失礼よぉ、パパの顔に泥を塗る気!?


「うう……」


 内心文句を言いまくりつつ、ワタシはため息を吐いた。ソニアはプイとそっぽを向いて、こちらを見ようともしない。仕方がないので、ワタシはぎゅっと目をつぶってイモムシを一匹口に運んだ。異様に柔らかいソーセージを嚙みつぶしたような、不快な歯ざわり。味自体はそこまで悪くないけど、生理的嫌悪がスゴイ。吐きそう。


「くっ……」


 口直しにエルフ酒をがぶ飲みして、芋臭い息を吐きだした。本当に辛い……。まったく、なんでこんなことに……エルフの食糧事情の改善は急務ねぇ。もてなしを受けるたびにこんなモノを食べさせられちゃ、たまったもんじゃないわ。

 ダライヤとかいうおばあさんに、炊き出しの打診をしなきゃいけないわねぇ。近隣の教会にも協力を要請しないと……ああ、面倒くさい。でも、やらないわけにはいかないしねぇ。


「カルレラ市とこの街の間に、早急に通商路を確立したいところじゃな。そのためには、やはり安全性の確保が……」


 そのダライヤおばあちゃんは、パパと一緒になってなんだか難しい話をしている。おばあちゃんと言っても、見た目は子供だけどねぇ。長命種って、本当にすごい。次に生まれ変わるなら、翼人よりもエルフがいいなあ。


(はーっ、酒を飲んだアルベール殿はどうしてこうエロいんじゃろうなあ……なんとか上手く言いくるめて布団に引きずり込みたいのぅ……)


 ちなみに、子供みたいなのは見た目だけじゃなくて思考もそうみたい。さっきから、スケベなことばかり考えてる。一四、五歳くらいの時のソニア並みね……。いやアレよりはこのおばあちゃんの方がマシか。

 でも、こんな色ボケババアでも、かなりの切れ者だという前評判は事実みたい。こいつもこいつで、要注意人物なのよねぇ。うまいこと立ち回らないと、最悪魔眼の存在に感付かれる可能性がある。

 いざという時のために、魔眼を封じる特殊な眼帯も用意してきてるけど……このおばあちゃんと直接話をするときは、それを装着したほうが良いかもね。はあ、厄介だなあ……。


「……」


 なんとも言えない心地でお酒を飲んでいると、入り口から一人のスズメ鳥人が入ってきた。彼女はダライヤおばあちゃんに駆け寄ると、何かを耳打ちする。何かトラブルでも起こったのかと一瞬心配になったけど、どうやらそれは杞憂だったよう。おばあちゃんは相好を崩し、座布団代わりのムシロから立ち上がった。


「どうやら、"正統"の連中が到着したようじゃ。みなで出迎えてやろうではないか」

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― 新着の感想 ―
[一言] アルやエルフ達なら伊那の三色丼を普通に食べそうやなあ(棒
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