第263話 くっころ男騎士と饗応
ちょっとしたトラブルはありつつも、歓迎の宴はスムーズに進んでいった。料理としてはエルフお得意の芋汁の他にもこちらがもちこんだニワトリの水煮缶なども提供され、好評を博していた。むろん、酒もである。
当然だが、宴といっても友人同士でやるような和やかなものではない。実態は"新"首脳部との会談であり、その話題も至極マジメなものばかりだった。三者会談の前哨戦といった雰囲気である。
「やはり、あなた方も何かしらの商売を始めたほうが良いように僕は思うが」
芋焼酎をちびちびと飲みつつ、エルフたちにそう提案する。彼女らには出来るだけ早く自給自足の生活に戻ってもらいたいが、リースベンの密林を切り開いて畑を開墾するのは並大抵の労力ではない。しばらくの間は、食料は外部から供給するほかなかった。
だが、そのためにはカネが必要だ。当面は我々が立て替えるにしても、やはりいつまでもおんぶに抱っこでは困る。アデライド宰相はガレア王国でも有数の富豪だが、そうはいっても流石に無限の資金力を持っているわけではないからな。
「言おごたっことはわかっし、俺ら自身としてんよそ様に頼り切りちゅうたぁ矜持が許さん。じゃっどん、商売ちゆてんなあ……今んエルフェニアには、商売んタネなんぞないも無かごつ思ゆっどん」
「特産品もなかれば食料もなか。あったぁ木とぼっけもんだけ! 商売より山賊でもやった方がマシじゃらせんか」
エルフ氏族長たちは、酒杯を片手にそんなことを言う。……山賊でもやった方がマシというか、ほんのこの間まで山賊やってましたよねあなた方。いやまあ、皇帝がダライヤ氏に代わって以降は、エルフによる略奪は起きていないが……。
「武骨者が居るなら十分だろう。武力は商材としては決して悪いものじゃないぞ」
「そうですね、エルフの戦士はみな手強い。傭兵として売り出せば、あちこちから引く手あまたではないかと」
僕の言葉に、ソニアが追従する。ちなみに、彼女は酒ではなく白湯を飲んでいた。何しろ彼女は酒精に弱いタチなので、こういう時には一滴も口にしないのが常だった。
「なっほどなあ。確かにそんた良かやもしれん」
「外国ん戦場で戦ゆっとも魅力的じゃな。エルフェニアと違うて、メシも男も多かじゃろう。乱捕りし放題じゃど」
思った通り、傭兵業の提案はわりと好感触だった。……でもナチュラルに略奪し放題とか言うなや、この蛮族どもめ。……いやまあ戦場での略奪自体は、蛮族ならずとも日常茶飯事だけどな。
まあこればっかりはしょうがない。この世界ではまだマトモに戦争関連の国際法も整備されていないし、略奪等の狼藉を抑止するのは軍規と個人の倫理観のみだ。ヤンナルネ。
「じゃっどん他所へ戦いに出ちょっら、エルフェニアん防備が疎かになっど。そんた流石に困っど」
そう主張するのは、若い(とはいっても、エルフの実年齢を外見から推定するのは不可能だが)氏族長だった。どうも彼女は僕たちを信用していないらしく、胡散くさげな目つきで僕らを睨んでいる。
おそらく、こちらが言葉巧みにエルフの戦士たちを国外に連れ出し、その隙にエルフェニアを攻め滅ぼすとか、そういう想像をしているのだろう。まあ、僕も軍人だからな。そういうプランだって、一応検討はしている。
が、実際にそんな真似をするかと言えば、たぶんやらない。そういう後々まで遺恨が残りそうなやり口は、費用対効果が薄いからだ。僕の目的はリースベンの治安維持であって、エルフの族滅ではないのだ。
「しかし、現状を維持し続けてもじり貧になるだけじゃぞ、ワシらは。何かしら、新しい事は始めねばならんと思うが」
右手の人差し指をクルクルと回しつつ、ダライヤ氏がそう主張する。氏族長はむぅと唸ってから酒杯を煽った。その中身はリースベン特産の燕麦ビールだ。エルフたちには、高価なウイスキーやブランデーよりもこういった大衆的な低アルコール飲料のほうがウケがいい。
しかし、彼女らにとってもこれは難しい問題だよな。旧エルフェニアの時代から、彼女らは鎖国じみた政策を行っていたみたいだし。他国と貿易したような経験は、ほとんどないのではないだろうか?
たとえ必要に迫られてのことであっても、新しい事を始めようとすれば少なからず反発が生まれてしまうのが人間の社会というものだ。誰もかれもが、合理的かつ理性的な判断が下せるわけではない……なんとも厄介だな。僕はため息をついてから、ヴァンカ氏から貰った小鳥の串焼きを一口食べた。
「……うーん」
難しいと言えば、そのヴァンカ氏が一番難しいんだよな。彼女は宴が始まってからこっち、会話にも参加せずに黙々とこちらの持ち込んだワインを飲んでいる。どうにも、声をかけづらい雰囲気だった。
とにかく、彼女の目的が分からないことには行動のしようがないんだよな。ヴァンカ氏は"正統"に夫子を殺されたという話だから、その復讐心は"正統"にのみ向けられているのだろうか? だから、こちらが"正統"を手助けしない限り無害とか……ううーん。
「……」
考え込んでいると、フィオレンツァ司教が優しく僕の肩を叩いた。そして、にっこりと笑って見せる。どうやら、自分に任せろと言いたいらしい。流石は司教様、以心伝心だな。こちらの思考はお見通しということか、伊達に幼馴染はやっていないな。
まあしかし、今はとにかくヴァンカ氏以外の"新"の有力者をどうにかする方を優先するべきだな。厄介なバックグラウンドをもっているヴァンカ氏と違い、こちらはまだ対処が容易だ。
難攻不落の要塞を攻略するとき、まずやるべきことは要塞の周囲にある支砦の無力化だ。相互支援を断つことで、敵本丸の無力化を図るのである。このセオリーは、対人関係にも応用できる。とりあえず、ヴァンカ氏の周囲に居るであろう過激派エルフの切り崩しを図ってみよう。
「おや、氏族長様。酒杯が空になっておりますよ、お注ぎいたしましょう」
例の若い氏族長の傍に、給仕服を着た青年がスススと寄って行った。僕たちが連れてきた、男性使用人である。彼はにっこりと笑いながら氏族長の酒杯にビールを注ぎ込んだ。
「ああ、悪かね……んぐんぐ」
氏族長はビールを一気に飲み干し、殊更に乱暴な手つきで酒杯を座卓に叩きつけた。そのまま、締まりのない笑顔を男性使用人に向ける。
「もう杯が空になってしもた、もう一杯頼ん」
「女らしい飲みっぷりですね! 流石は氏族長様!」
艶やかな笑みを浮かべつつ、青年はお代わりのビールを注ぐ。……よしよし、効果は抜群だな。同様の光景は、宴会場と化した元老院のあちこちで繰り広げられていた。
エルフは男に弱い。事前調査でそれがわかっていたから、僕は少なくない数の男性使用人をこの旅に同行させていた。むろん使用人というのは名目であり、その正体はアデライド宰相から借り受けた男スパイたちだ。その手管は本物であり、二日三日あれば有力者たちの寝所へも侵入を果たしているだろう。篭絡しつつ情報も抜き取る、一石二鳥の作戦だった。
……しかし、なーんで童貞の僕が他人のセックスの斡旋しなきゃいけないんだろうね? 理不尽だなあ……。