第259話 くっころ男騎士と不可解な敵
「よろしい。……ライフル隊、撃ち方はじめ!」
命令を下すと、陸戦隊は一斉射撃を開始した。……一斉射撃と言っても、それは言葉のアヤだ。実際はひどくバラバラで不ぞろいな射撃である。訓練中にこんな無様な真似をしたら、下士官からとんでもない罵声が飛んでくるだろう。うちの軍では禁止されているが、よその軍隊であれば鉄拳制裁モノである。
それだけならまだしも、発砲の後の再装填までおぼつかないものだからたまったものではない。モタモタしているだけならまだいい方で、さく杖(銃口から弾丸を押し込むために使う棒)や小銃本体を取り落としてしまう者まで居るのだから、目も当てられない。無茶苦茶だ。
むろん、原因は陸戦隊の練度や士気ではなく、船酔いと船体の動揺である。陸戦隊などといっても、所詮臨時編成。実際は、船上での戦闘訓練など一度もやっていないのだから、この醜態も致し方のないところだろう。
「……今後はもっと船を活用した訓練もやるべきだな」
「そうですね……これはひどい。錬成期間短縮のためにこの手の訓練を省略するよう進言した、わたしの手落ちです」
「責任者は僕だぞ。人の仕事を奪うな、副官殿」
ソニアとこそこそ話しつつも、視線は敵ボート群へ固定している。小銃射撃を受けたエルフの小舟は、ひどく慌てた様子で右往左往している。漕ぎ手が負傷したのか、川の流れに任せるがままになっているものも居た。不ぞろいな射撃でも、それなりの効果はあったようだ。
……それはいいのだが、この航海指揮所は露天だ。艦の舳先間近で大量の小銃が一斉に発砲されたのだから、当然それによって発生した硝煙が煙幕のようになって指揮所内へと流れ込んでくる。ひどく視界が悪くなるし、おまけにこの煙はなかなか刺激性があるのである。目も鼻も喉も痛くなり、咳き込んでしまう者も多かった。
「……こりゃ、凄いですな」
歴戦の艦長も、さすがにこれには涙目になっていた。それでも、堂々とした態度で泰然自若であるように装っているのだから、やはりベテラン士官は偉い。長く指揮官やってるとこういうやせ我慢ばかり得意になっていくんだよな。
「まあ、こればかりはな。完全密閉された艦橋を用意するか、射撃ポイントと指揮所を離すくらいしか解決策がないから……仕方がないだろう」
小さく肩をすくめてから、視線を前方に戻す。陸戦隊は再装填の真っ最中だが、その間にも主砲は発砲を続けていた。速射砲の名に恥じない、見事な連続発射だ。小口径とはいえ大砲は大砲、腹の底に響くような砲声がこの速度で連射されると、かなりの迫力である。いやあ、頼もしいね。
しかも、発射速度が速いということは修正射撃も迅速に行えるということだ。着弾のたびに照準を修正し続けたことで、その狙いはかなり正確なものになってきている。直撃弾こそまだ出ていないものの、上がった水柱で一艘のボートを転覆させることにすら成功していた。
「素晴らしい!」
「こいがリースベンの力か……!」
ソニアとウルが、同時に感嘆の声を上げた。片や歓喜が、片や戦慄が滲んだ声だった。
「この砲は、陸戦でもかなりの効果を発揮しそうですね」
「ああ、もちろんだ。……数さえそろったらな」
頬を紅潮させながらそう言うソニアに、僕は内心ため息を吐きたい気分になりながらそう答えた。たしかに後装砲は強力な兵器だが、当然量産性はたいへんに低い。この世界の工業力では、鋼のカタマリを大砲のカタチに成型するだけでも一大事だ。
それに加え、強度や精度もたいへんに高い水準を求められるのだから、満足の行く合格品を一門製造するだけでも大量の不良品が出る有様である。もちろん、この手の問題は技術の円熟によってある程度解決可能なのだが……少なくとも、今すぐの量産が不可能なのは確かである。
結局のところ、リースベンの砲兵火力はしばらくの間は製造や維持が容易な前装砲でお茶を濁すしかないということだ、もっとも、前装式とはいえ一応はライフル砲だからな。古いタイプの大砲よりはよほど強力なのは事実なので、まあなんとかはなるだろ。
「陸戦隊、装填完了!」
そんなことを考えているうちに、やっとのことで小銃の再装填が終わる。普通に陸地で再装填するのよりも、倍近い時間がかかっていた。遅い。あまりにも遅い。ノロノロしているうちに、敵の小舟はずいぶんと接近してきていた。すでに弓矢のレンジだ。ボートに乗ったエルフたちは、さかんに矢を射かけ始めた。
もっとも、水上での射撃戦に慣れていないのは向こうも同じことのようだ。勇ましい風切り音とともに飛翔する矢は、マイケル・コリンズ号に命中することなく水面へと叩きつけられていく。
「撃ち返せ!」
再びの発砲音。艦首付近が白煙に包まれる。うーん、煙い。この問題は、無煙火薬が普及するまでは解決できないだろうな。試作品なら既に完成してるんだが……兵士全体に配布する量は、とてもじゃないが用意できない。まったく、ままならないものだな。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。今の敵の攻撃、なんだか違和感があったな。よく見れば、射かけてきているのは普通の矢のようだ。警戒していたような火矢は、一本も混ざっていない。
よく考えてみれば、今は未明の時間帯だ。連中が火炎兵器を携行していたら、明かりが漏れるのですぐわかるはず。しかし、敵ボートはどれもランタン程度の明かりすらついていない。火矢の持ち合わせはないということか?
「あいつら、なぜ火矢を使わない? こちらから発見されやすくなるリスクはあるが、それに見合った効果は期待できるはずだ……」
「そんた、我々ん軍では火計は全面的に禁止されちょりますで……」
傍にいたウルがそう言うが、僕は首を左右に振った。
「軍規で禁止されているというだけで大人しく従うような連中だったら、そもそもこんな襲撃は仕掛けてこないよ」
「確かに」
ウルも違和感を覚えたらしく、腕(というか翼)を組んで小さく唸った。この敵、なんだかヘンな気がする。不利を承知であえて縛りプレイをしているような、そのわりに不利を覆すための策も用意していないような……。
「城伯殿、あれを!」
思案していると、見張り員が川岸を指さして叫んだ。そちらに目をやると、エルフらしき集団が河原を走っている。どうも、丸木舟を神輿めいて担いでいるようだ。暗くて良く見えないが、照明弾のおかげでかろうじて視認することが出来た。
「担いでいる小舟は……十以上ですね。多い!」
とはいえ、それは只人の目で見た場合の話だ。竜人は夜目が利く。不確かな光源でも、なかなか正確に敵情を観察することができるのだ。
「多いな。今頃増援か?」
「いや、おそらく違う」
砲術長が呟くと、すかさず艦長が否定した。
「おそらく、下流側で罠を張っていた連中だ。こちらが川を遡上し始めたので、あわてて上流側の味方と合流しようとしているのではないだろうか?」
「泥縄だな」
僕は思わずつぶやいた。エルフとはおもえぬグダグダな戦運びだ。彼女らは戦バカではあるが、それ故に手強い相手でもある。……にもかかわらず、この体たらく。やはり違和感がある。
「……まあいい。移動中の敵がすぐそこに居るんだ、戦闘態勢に移る前に撃破しておきたい。主砲、目標変更。右舷川岸を移動中の敵集団。弾種は榴弾」
「目標、右舷川岸の敵集団へ変更。弾種、榴弾」
砲術長が復唱し、前方を向いていた五七ミリ砲が右側に指向される。こうした柔軟な目標変更が出来るのも、速射砲のメリットだ。
「射撃準備完了」
「主砲、撃ち方はじめ!」
「主砲、撃ちぃかた始め」
砲手が主砲の薬室から伸びたりゅう縄(撃発用の火管に繋がったヒモ)を引っ張り、周囲に轟音が鳴り響く。飛翔した砲弾は、なんといきなり敵集団のド真ん中へ着弾した。爆発が起こり、複数人のエルフ兵が吹き飛ぶ。
……もっとも、所詮は口径五七ミリの小さな砲弾だ。榴弾とはいっても、その炸薬の量は歩兵用の手榴弾よりも少ない。起きた爆発はかなり控えめなものであり、当然敵に与えた被害もたいしたものではなかった。
「ウオオ! やったな!」
「我らがリースベン砲兵隊の初戦果だ! めでたい!」
それでも、主砲要員たちは大喜びである。思わず僕まで頬が緩むが、そこへひゅおんと矢が飛びこんできた。しかも、運悪く僕に直撃するコースだ。
「ムッ!」
反射的に防御態勢を取ろうとしたが、それより早くソニアが凄まじい勢いで僕の前に出た。そして、なんと落ちてきた矢を手でキャッチする。長距離曲射で勢いを失っていたとはいえ、飛翔中の矢をそのまま捕まえるなど尋常の技ではない。
「ご無事ですか!? アル様」
「頼りになる副官のおかげで無傷だよ。ありがとう、助かった」
僕は内心安堵のため息を吐きながらそう答えた。船上とは言え、露天の航海指揮所はまったく安全な場所とは言い難い。塹壕の中の方がよほど安全だろう。やはり、海戦は恐ろしい。
「……アル様、これを」
なんとも言えない心地で唸っていると、ソニアがキャッチした矢を僕に手渡した。……なんと、その矢にはヤジリがついてなかった。先日の襲撃で使われたモノと、同じような代物である。
「なに……?」
火矢を使わないどころか、ヤジリすらついていないだと……? おかしい。いくらなんでもおかしすぎる。これは実戦だ。わざわざ殺傷力を下げた武器を使う必要がどこにある? 実際、今もエルフ兵たちは攻撃を受けて命を散らせているのである。主砲の対地砲撃二射目が炸裂し、丸木舟を担いだエルフ兵が吹き飛び……・
「城伯殿! 閉鎖機が動きません、固着してしまったようです! 主砲、発射不能になりました!」
「……了解。修理できないか試してみろ」
……どうやら、頼りにならない武器を使っているのはこちらも同じみたいだな。まったく、これだから新兵器ってやつは……。




