第251話 聖人司教と二日酔いの二人
ワタシ、フィオレンツァ・キルアージはなんとも複雑な気分をかかえていた。久しぶりのパパとの再会、嬉しくないはずがない。しかし同時に、自分の仕込みが完全に不発に終わってたことに気付いてしまったのだから、もう頭を抱えるほかない。
パパの部下としてソニアに対抗できる人物を送り込み、あの女の影響力を削ぐ……そういう計画だったはずなのに、どうしてこうなったのかしら? ……そもそも、ワタシの立てた計画が上手くいった例自体、あんまりない気がするけどねぇ。
そんなことを考えつつ教会で一夜を明かし、朝食をとってからワタシはパパの住む領主屋敷に向かった。その狭い玄関でワタシを出迎えたのはパパと……そして、今にも倒れそうな顔色をしたソニアとジルベルトだった。
「おや……お二人とも、大丈夫ですか? お休みになられたほうが良いように思われますが」
「……貴様が気にすることではない」
「……」
ソニアはぶっきらぼうにそう答え、ジルベルトに至っては口を開くことすらできない様子だった。まあ、読心能力のおかげで説明される必要もなくワタシには事情が理解できるわけだけど……。
ジルベルトがパパへ告白しようとして、失敗。ソニアはその愚痴に夜明け近くまで付き合っていたと。……いや、いやいやいや、仲良くなりすぎじゃない? 対抗するどころか、もはや親友みたいになってるじゃないのぉ……どうして? なんで?
ま、まあ、致命的に仲たがいするような事態になっているよりはマシだし、我慢するしかないかぁ。ワタシは適度な緊張感を保って欲しかっただけで、骨肉の争いをして欲しかったワケじゃないしねぇ? ウン、計画通り計画通り。……全然計画通りじゃないけどそういうことにしておく。
「ソニアもジルベルトも、無理はするなよ」
『ソニアはジルベルトのやけ酒に付き合ってくれたのか……申し訳ないな。本来、僕がカタを付けなきゃいけない問題なのに……』
パパの口から出た声と心から出た声が同時に聞こえてくる。相変わらず、温厚というかなんというか……ワタシがパパの立場だったら、ジルベルトに対してだいぶ怒ってたと思うけどねえ? まあ、そういう人だからこそ、ワタシの本当のパパになってもらおうと決めたわけだけど……。
しかしジルベルト、思った以上にヘタレねぇ。あれだけ真面目な攻略法を教えてあげたんだから、てっきりもう告白も成功させてくっついてるものかと思ってたのにさぁ。王都を発って、いったいどれほどの時間がたってると思ってるのよ、まったくぅ……。
「も、申し訳ありま……うぷっ」
ジルベルトはゾンビじみた顔色のまま頷き、口元を押さえた。こりゃだめねぇ、今日一日は絶対に使い物にならないわ。
「あとで、教会秘伝の薬湯を持ってくるよう、部下に命じておきます。それを飲んで、今日はゆっくり療養するのです」
まあ、とはいえ仕事面ではそれなりにパパの役に立ってるみたいだしねぇ。許してあげましょうか。愛を告げることには失敗したとはいえ、パパからの好感度はむしろ上がってるみたいだし。これなら時間が解決してくれるかな。
ワタシがこういうのに手を出すと、たいていロクなことにならないのよねぇ。完璧な計画を組んだはずなのに、どうしてこう毎回ガバが発生するのかしらねぇ?
「き、貴様の世話にはならんぞ……」
『この羽虫め、いますぐアル様の前から消え失せろ』
ソニアは相変わらずねぇ。ヤだなあ、あんまりこの人に近寄りたくないんだけど。好感度低すぎて、いざという時の催眠もまったく効果ないだろうしさぁ。ワタシがリースベンに滞在している間だけでも、なんとか遠ざけておけないかなぁ?
いやでも、パパのピンチってだいたいソニアが居ないときに発生してるのよねぇ。やっぱいるわ、この女。盾の役割は、ワタシじゃ果たせないし。悩ましいわねぇ……。
「ソニア! お前はもう、まったく……そんな有様じゃ、部下に示しがつかないぞ。士官の威厳を損なう行為は、厳に慎んでもらわなきゃ困る。罰として、今日一日は自室で謹慎だ。薬を飲んで寝てろ」
「申し訳ありません……」
『うう、わたしは副官失格だ……』
「い、以後このようなことの無いよう……気を付けます……」
『情けなさ過ぎて泣きそう……こんな有様じゃ主様に嫌われちゃう……』
大丈夫よぉジルベルト、パパは世話好きだから情けないくらいのほうが好感度上がるわよぉ。そしてソニアは盗撮なんかしてる時点で副官失格だと思うわぁ……。いやワタシも大概聖職者失格のカスだけどねぇ?
「はいはい、解散解散。部下たちには、僕の方から伝えておくから」
パパに追い出されて、二日酔い女二人は部屋を去っていった。これで二人っきり! いやまあ、使用人や護衛の騎士たちもいるから、全然二人っきりじゃないけどね。
でも、ソニアがいないだけでだいぶ心が楽になるわぁ……アイツ、怖すぎるのよねえ。恋愛事以外の察しは異常にいいし、考える前に手が出るから、思考を読んでも回避できないし……。
「申し訳ありません、フィオレンツァ様。見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ、結構ですよ。人間、たまには羽目を外したくなるものです」
にっこりと笑って、そう返す。まあ、計画は完全に破綻したけど、最悪の方向には行っていないしヨシとしようかな。
「それはさておき、本題に入りましょうか」
ワタシも別に、遊ぶためにリースベンに来たわけじゃないからね。キッチリ仕事もしなきゃいけない。……王都はともかく、リースベンはパパのおひざ元だからなぁ。王都みたいなことにならないよう、そうとうに気を付けなきゃダメよねぇ……。頑張れ、ワタシ。
「今日の予定は……たしか、エルフとの面会ですか」
「ええ。会談本番の前に、フィオレンツァ様にエルフがどういう種族なのかを知ってもらおうと思いまして」
フィオレンツァ様ねぇ。フィオって呼んでくれないかなぁ? パパは公私の区別をきっちりつけるタイプだから、今は難しいだろうなぁ……。はあ、ヤな気分。
「なかなか、難儀な方々というお話ですが……」
「まあ、どうしてもね。彼女らも、状況が状況なので」
『個人としてはなかなか好ましい部分もあるけど、過激派連中がなあ……』
……パパったら、だいぶ苦労してるみたいねぇ。まあ、長命種の蛮族だものね。そりゃあ普通に考えて厄介よねぇ……。とはいえ、だからこそうまくやれば頼もしい味方になってくれるハズ。これからの計画のことを考えたら、出来るだけパパの手持ち戦力は増やしておかなきゃマズいしね。頑張ってみましょうか。