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第25話 くっころ男騎士と傭兵団

 翼竜(ワイバーン)の活躍のおかげで事態は随分と進展したが、傭兵団と文官が到着が到着するまでは何もできないという点はどうしようもない。おかげで僕は、それからさらに一週間以上もカルレラ市で待機し続ける羽目になった。

 レマ市からリースベン領へ来るには山脈を越えねばならないので時間はかかるのは仕方がないが、予定日を過ぎても傭兵団が現れないのでひどくやきもきした。

 しかし、指揮官としてはその不安を表に出すわけにはいかない。僕は表向き平然としつつ、代官としての日常業務をこなしていった。その間、出来たことと言えば神聖帝国との国境付近に監視を派遣することくらいだ。現状では、何をするにも人手が足りない。


「ようこそカルレラ市へ」


 待ちに待った傭兵団の到着の報告を聞き、僕は居てもたってもいられず町の正門前で出迎えた。どうして遅くなったんだ、とは聞かない。遅れた理由は、傭兵たちの姿を見れば一目で理解できたからだ。

 軍装に真新しい返り血の跡を残した傭兵が大勢いる。むっとするほどの血の臭いも感じられた。本格的な戦闘があったのだ。


「アンタが依頼者か? はは、本当に男騎士じゃないか」


 そんなことを言うのは傭兵団の団長だ。目鼻立ちのはっきりした妙齢の竜人(ドラゴニュート)で、濃い色の長い金髪を飾り紐で無造作に結んでいる。

 ワイルドさとスマートさを兼ね備えた美女といった風情だ。立派な板金鎧をまとったその姿はまさに女傑と言ったところか。ソニアと並んでも、決して見劣りはしない。この世界、どっちを向いても美男美女で困るな……。


「そうだ、僕がこの町の代官……アルベール・ブロンダンだ」


「ヴァレリー・トルブレ。見ての通り、この傭兵団の隊長をやっている」


 ヴァレリーと名乗った傭兵隊長が差し出してきた手を、僕はしっかりと握り返した。すると彼女はニヤリと笑い、僕の肩を叩く。


戦場(いくさば)帰りの兵隊を前にして、顔色ひとつ変えないとはな。そこらの男なら、吐いてるかもだぜ」


 返り血を浴びた挙句、まともに水浴びもせず行軍をつづけた人間の臭いだ。悪臭というより、もはや異臭と化している。

 もちろん、そんな状態なのは隊長だけではない。彼女の部下である一個中隊……つまり、百人超の兵員たちも同様だ。おかげで正門前は慣れていない人間なら涙と鼻水で顔が滅茶苦茶になりそうなほどの異臭が滞留している。


「同じような状態になった経験が、両手と両足の指を全部合わせても足りないくらいにはある。慣れてるよ」


「聞いたか、お前ら。どうやらこの方は、剣と鎧を付けてはしゃいでるだけの騎士もどきとは違うようだぜ。賭けはアタシの勝ちだな」


「くそ、隊長丸儲けかよっ!」


「絶対悲鳴上げて逃げると思ってたのに!」


 傭兵たちが何やら騒いでいる。……どうやら、僕の反応をダシにして賭けをしていたらしい。いや、別にいいけどね。

 苦笑しながら、傭兵たちの様子をうかがった。大半が防具はハードレーザーの兜だけ、武装も簡素な槍や戦斧など。数少ない鎧姿の兵士も、ほとんどは革鎧や鎖帷子(チェインメイル)などの安価なものをつけている。板金鎧を着用しているものは、隊長含めて数人程度といったところか。

 装備だけではなく、姿勢や立ち振る舞いからみても精兵からは程遠い連中であることが推察できた。まるで愚連隊のような独特の倦んだ雰囲気がある。ババを引いたかなと内心ボヤいたが、もちろん口や態度には出さない。


「で、一応聞いておきたいが……諸君らは何と戦ったんだ?」


「盗賊……みたいなヤツらさ。妙に装備は整っていたがね。事前に警告してくれてなかったら、アタシらでもヤバかったかもしれない」


「やっぱり出たか」


 レマ市とカルレラ市を繋ぐ街道に盗賊が出るようになったという報告が上がってきたのは、ごく最近のことだ。とはいえ事前に予想していたことだったので、アデライド宰相に持って行ってもらった書状には『重装備の部隊に襲撃される可能性あり。こちらに訪れる際には注意されたし』と警告をしていた。

 もちろん、武装勢力の正体は盗賊などではない。おそらくは、オレアン公の手のものだ。彼女としては、僕が中央や他の領主と連絡を取るようなことは絶対に避けたいはずだ。なので、絶対に街道封鎖を仕掛けてくると思っていたのだが…案の定だった。


「で、結果は?」


「襲撃があるとわかってるんだから、怖い事は何もなかったさ。装備も練度も盗賊離れした連中だったが、逆奇襲を仕掛けて殲滅した。同行してきたお客人たちも全員無事だ」


「素晴らしい成果だ。ありがとう」


 確かに、傭兵連中に大きなけがを負った者はいないように見える。前哨戦で戦力をすり減らしたくはなかったので、非常にありがたい。

 敵の規模がどの程度だったのかはわからないが、この愚連隊を率いて襲撃を楽にやり過ごしたのなら、この隊長はなかなかの指揮官かもしれないな。


「行商人がそいつらに襲われて、すでに馬鹿にならない被害が出ていたんだ。手早く討伐してくれて助かった。報奨金を出そう」


「どうぞ」


 すかさず、ソニアが中身がたっぷり入った革袋をヴァレリー隊長に手渡した。彼女は受け取ったそれの重さを確認すると、口笛を吹いた。


「話が早くて助かる。物分かりのいい依頼者は好きだぜ」


 そりゃそうだ。しっかり金を渡しておかないと、あっという間に盗賊へジョブチェンジするのが傭兵って奴らだからな。下手な扱いをすると、援軍どころか敵が増える羽目になる。


「僕も腕のいい兵隊は好きさ。……親睦を深めたいところだが、君たちも疲れているだろう? 残念ながらここにいる全員が泊まれるほどの宿屋はこのカルレラ市にはないが、その代わりに民家を寝床に使えるよう手配している。とりあえず今日のところは、ゆっくり休んで欲しい」


 本音を言えば、さっさと神聖帝国との国境地帯に派遣したいところだが……残念ながらそうはいかない。兵にあまり無茶をさせ過ぎると、いざ戦いとなった時にまともに実力を発揮できなくなるからな。精神的にも肉体的にも休ませて、英気を養って貰う必要がある。

 街へ到着して早々金を渡したのも、そういう狙いがある。ぱーっと散財して、気晴らしをしてもらいたいところだ。そうなれば地元にこの金が還流してくることになるから、一石二鳥だ。


「……いや、あんた。本当に男か? 物分かりが良い依頼者が好きとは言ったが、ここまでは予想外だぜ」


 若干困惑した様子で、ヴァレリー隊長は首を傾げた。太っ腹の領主でも、ここまでやることは稀だろう。僕はわざと悪そうな笑みを浮かべ、言い返した。


「もちろん、払った分は働いて返してもらう。期待しているよ、優秀な傭兵隊長殿」

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