第247話 くっころ男騎士と告白テイクツー
エルフ忍者たちとの会食を終えた僕は、ジルベルトを誘ってカルレラ市の郊外へと出かけた。襲撃を受けた直後に外出というのも不用意なように思えるが、ここにはリースベン軍の駐屯地がおかれているのである。安全性で言えば、領主屋敷並みかそれ以上だ。
むろん、あんなことがあった以上は休暇を切り上げ、執務に戻るべきなんだろうが……告白めいた言葉を投げかけられ、しかもそれが襲撃によりうやむやになってしまったわけだ。恋愛クソザコの僕としては、正直言葉の続きが気になりすぎて仕事どころではない精神状態になってしまっていた。
「このハンドルを回している間に、このボタンを押すと……こういう風に、音が出るわけだ」
駐屯地の一角にある新兵器の開発ラボで、僕はジルベルトに最近実用化されたばかりの新装備を見せていた。それは絶縁被覆付きの銅線がたっぷり入ったドラム型糸巻き、ハンドルのついた木箱、シンプルな形状のスイッチなどが組み合わされた奇妙な物体である。
木箱のハンドルをジルベルトにぐるぐると回してもらい、僕はスイッチを押す。すると、スイッチの反対側の銅線端に取り付けられていた電子ブザーが間抜けな音を出した。
「このままだと、たんなる子供のオモチャのようにしか見えないが……長鳴と短鳴を組み合わせることで、かなり複雑な信号も送信することができる。伝令や伝書鳩に頼らず、遠距離と通信をやり取りできるわけだ。むろん、銅線の届く範囲内の話ではあるが」
簡単に言えば、超原始的な有線通信機である。発電機・ブザー・スイッチを連結しただけのきわめて簡易な構造で、現代であれば子供でも製作できる程度の代物だ。しかし、リアルタイム通信手段を持たないこの世界の軍隊からすれば、こんなものでもあると無いとでは大違いになってくる。極めて重要な発明だった。
「なるほど……最前線の情報を、即座に指揮官に知らせることができるわけですか」
「その通り。これからの時代の軍隊は、こいつが必須の道具になっていくだろう」
僕は木の板に取り付けられた簡単な構造のスイッチを撫でつつ、そう語った。指揮だけではなく、砲兵射撃にもこの通信機は大活躍するだろう。前線の観測所から送られてきたデータをもとに、後方の砲兵隊が目標を直接照準することなく発砲する射撃法……つまり、間接射撃が極めて容易におこなえるようになるのだ。これは、革命的ですらある。
「なるほど、素晴らしい」
感心しつつも、ジルベルトは気もそぞろな様子である。しかし、それは僕も同じことだった。やはり、アレは愛の告白だったのだろうか? 気になる。非常に気になる。
……告白めいた言葉の続きを促すために連れてきたのが、新兵器の開発ラボってどういうセンスしてるんだろうね、僕。そんなんだから、前世・現世合わせて五十年以上にもわたってパートナー無しなどというひどい戦績になるんだぞ。
「近いうちに、こいつを各農村に配備しようかと思っている。有事の際の緊急通信用にな。伝令を飛ばすより、よほど早く情報を伝達できるようになるぞ」
「おお、それは楽しみですね。エルフどもが大人しくしているうちに、しっかりと迎撃態勢を整えておかねばなりませんし」
「そうだな。融和派はともかく、ヴァンカ氏ら過激派に関しては本格的な交戦に発展する可能性はそれなりに高い……平和を求めるからこそ、戦には備えておかないとな」
真面目腐った話をしつつも、僕たちの間にはなんとも言えない雰囲気が漂っていた。しんどい。非常にしんどい。僕のような戦争バカには、こういう空気は耐えがたいものがある。
いよいよ我慢できなくなって、僕はジルベルトに椅子に座るよう促した。そして僕も椅子に腰を下ろしつつ、周囲をうかがう。新兵器のラボといっても、実態はただの作業小屋である。その内装はそこらの納屋と大差ない。
普段は技師や錬金術師が忙しそうに働いているこの実験ラボだが、今日は僕たち以外の人間の姿は無かった。なにしろ、今日は休日なのである。……人気がないことがわかっていたから、わざわざここへジルベルトを連れてきたわけだが。
「……ところで」
「……ハイ」
間を持たせるための前座を早々に切り上げ、僕は本題に入ることにした。ジルベルトは、すっかりカチカチになっている。顔色は赤くなったり蒼くなったり、ひどく忙しそうだ。だいぶ動揺している様子である。
もっとも、動揺しているのはこちらも同じことだ。ただ言葉をつづけるだけのことに、まるで準備万端待ち構えている敵防御陣地に対して火力支援も無しに攻撃を仕掛けるときのような心地になっている。それでも、ここで逃げるわけにはいかないのである。小さく息を吐きだしてから、僕はジルベルトをじっと見つめた。
「先ほど……エルフどもから襲撃を受ける直前、なにやら興味深い言葉を聞いたような気がするのだが」
言葉を吐き出した後、僕はひどく後悔した。もう少し、雰囲気のある切り出し方があったのではないだろうか? しかも、相手を選べるような立場でもあるまいに、かなり偉そうな言い方になってしまった。ああ、僕のバカヤロウ。
「君が良ければ、もう一度あの話の続きをしてもらってもよいだろうか?」
どうしよう。本当にどうしよう。非常に困った。むろん、ジルベルトは素晴らしい女性だ。生真面目で有能、身を捨てて部下を救わんとする優しさも持ち合わせている。僕のような男にはもったいないほどの女性だ。
種族が原因の跡継ぎ問題がなければ、二つ返事どころかこちらから頭を下げてお頼みしたいくらいの相手ではある。が、この種族問題がデカいのだ。なぜなら、僕が只人の貴族だからである。
「……」
僕の言葉を受け、ジルベルトは顔を真っ赤にしてうつむいた。悪い反応ではない……ような気がする。行けるか? だが、いざ告白されたとして、僕はどう応えれば良いのだろうか。いくら考えようと、結論は出ない。困った。
「そのこと、なのですが」
しばらく黙り込んでいたジルベルトは、ひどく情けなさそうな顔をしてそう言った。その表情は自己嫌悪にあふれている。あ、駄目だこれ。そんな直感が僕の脳髄に走る。
「……も、もうしわけないのですが、わ、わ、忘れて頂けると嬉しいです……」
ジルベルトは、塩を振りかけられた青菜のような態度でそんな言葉を絞り出した。僕は、「そうか、わかった」と返すことしかできない。……そ、そうか、ここで退くか……。ここは僕の方から追撃すべき状況なのではないか? いや、無茶をすればこちらも致命傷を負いかねない。どうしよう、これ……。