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第232話 くっころ男騎士と鳥人たち

 どうも、ウル氏は新エルフェニア帝国の国益以外の、独自の思惑を持っているようなフシがある。フォークに刺した豚生姜焼きを口に運びつつ、僕は考え込んだ。

 正直、彼女がどういう動機で動いているのか僕にはわからないが……明らかにウル氏はそこらの雑兵エルフよりも頭が回る様子だからな。油断できんぞ。

 ……そもそも、僕自身今のような外交戦には向いてないと思うんだよなあ。今は何とか立ち回っているが、ダライヤ氏の手の上で踊っているんじゃないかという不安もある。そろそろ、アドバイザー的な人を読んだ方が良いかもしれない。幸い、僕の周りにはこの手のハードな交渉を得意としている人は何人か居るわけだし……。


「おお! アルベールどんにウルどん! うぇーい!」


 などと考えていると、突然そんな言葉を投げかけられた。何も考えていないような、とんでもなく能天気な声音である。


「おや、シャナイくんか」


 声の出所に目をやれば、そこに居たのはなんだかアホっぽい表情をしたスズメ鳥人である。スズメ鳥人らしく、茶色と白の混ざった面白い色合いのふわふわした短髪と小柄な体つきが特徴的な娘だった。"正統"から送られてきた連絡員の一人、シャナイくんだ。


「旨そうなもん食べちょっね! あてもまぜて!」


 テーブルの上に乗った山盛りの生姜焼きを見ながら、シャナイくんはヨダレをたらしそうな表情でそんなことを言ってくる。思わずホンワカした心地になってしまった。実際の年齢は知らないが、スズメ鳥人はみんな童女のような外見だからな。正直、めっちゃカワイイ。


「僕としては構わないが……」


 ちらりと、ウル氏やリケ氏のほうを見てみる。彼女らは"新"陣営の人間だ(まあリケ氏はその"新"から「帰ってこなくていいよ」と言われてしまったわけだが)。"正統"側であるシャナイくんと同じ食卓を囲むのは、抵抗があるかもしれない。


「あては結構ど。そもそも、シャナイどんとはよう一緒に食事をとっちょっし」


 ウル氏はそう言って頷き返してきた。……一緒にメシ食ってるの? エルフのほうは、喧嘩をしでかしたばっかりなのにねえ……鳥人は柔軟だな。

 一方、リケ氏のほうは僕の耳元に口を寄せ、「こんわろ、叛徒どもんスズメか?」と聞いてきた。叛徒というのは、"正統"に対する"新"側の蔑称のようだ。まあ、"正統"側も"新"を僭称軍などと呼んでいるので、まあどっちもどっちだ。


「うん、"正統"の連絡員のシャナイくんだ」


「叛徒どもんスズメと、うちん皇帝ん腰ぎんちゃくがよろしゅうやっちょっとか。まったく、これじゃっで鳥人共は」


 ため息を吐いてから、リケ氏はワインを一気飲みした。だから高いワインをそんな風に呑むなっての! ああ、勿体ない。


「まあよか。どうせ(オイ)はエルフェニアから捨てられたんじゃ。なんやかや文句をゆ義理も権利もなか」


「その代わりうちの子になったんだからいいでしょうが」


 ちょっぴり拗ねている様子のリケ氏の肩を軽く叩いてから、僕は従兵を呼んで椅子と水の入った壺を持ってこさせた。まあ、何にせよ二人とも異論はないようだ。シャナイくんを迎えても構わないだろう。


「あいがともす!」


 元気いっぱいに僕と従兵にそう言ってから、シャナイくんは椅子に腰を下ろした。そして、簡素な構造のサンダルを脱いで素足になると、水の入った壺でジャブジャブと足を洗う。手の代わりに足を使って食事をするのが鳥人たちのやり方だが、それ故に彼女らはかなり衛生には気を使っているようである。

 足を洗い終わったシャナイくんは、その可愛らしい小さな足でフォークを握り、「いただきもす!」と笑顔で叫んでから豚肉をガツガツと食べ始めた。カワイイ。めっちゃカワイイ。あー、オルファン氏あたりに頼んだらスズメ鳥人の一人くらいこっちの従兵に回してくれないかなあ。見てるだけで心労がガンガン回復していくような心地だぞ。

 ……でも、そんな提案したらどう考えてもスパイぶちこまれるよなあ。リースベンの領主としては、流石にそれはマズイだろ。はあ、貴族ってヤツは本当にままならないもんだね。


「そういえば……」


 そこで、ふと気になってウル氏に視線を向ける。


「君はシャナイくんともともと面識があったのか? どうも、仲が良さげに見えるが」


 よく考えてみれば、シャナイくんの第一声からしてウル氏を友達のような気安さで呼んでいたわけだしな。すでに食事まで共にする仲とあれば、以前からの友人だった可能性もある。


「顔を合わせたんな、彼女がこん屋敷に赴任してからじゃ。とはいえ、せっかっ"正統"ん方々と矛を交えず話し合いがでくっ環境じゃで……有効活用せねばち思いまして」


「なるほどなあ」


 たしかに、"新"と"正統"はほとんど断交状態のようだからな。他国の領主屋敷という特殊環境でなければ、話し合いもできないわけか。それはそれで問題だよなあ……やはり、両勢力を和睦させるには僕たちが仲介するほかないかもしれない。

 正直に言えば、僕たちからすれば別に仲良しこよしさせる必要もないんだけどな。ただ、あんまりバチバチやってると、この辺り一帯の治安が悪くなるわけで……工業・商業立国を目指している僕としては(まあ、商業に関しては僕というよりアデライド宰相の意向だが)非常に困る。行商人たちを大勢呼び込むためには、彼女らには出来るだけ大人しくしてもらわなければならない。


「じゃちゅうとに、あんボケ……失礼、あん石頭は、まったく……。ほんのこて、昨日ん件は申し訳あいもはん。こちらん不手際じゃ」


 憎々しげな様子でため息を吐いたあと、ウル氏は僕に頭を下げてくる。この人もなかなか苦労してるみたいだなあ。この間の襲撃事件の件でも、彼女は地面に頭をこすりつけるような姿勢で謝罪してきたし……。大変な役職だよ、この人も。他人事ながら、同情せずにはいられないな。


「まあ、流血沙汰にならなくてよかったよ、昨日は。再発防止のためにも、できるだけ早くそれぞれに大使館を用意したほうが良いだろうな。とはいえ、こちらも僕の一存だけで何もかにもを決めてしまうことはできないんだ。街の連中と交渉をしているから、少し待ってくれ」


 カルレラ市参事会は、エルフどもを領主屋敷から出すなと主張している。彼女らは街の治安を守る義務があるわけだから、そういう主張になるのも仕方のない話だが……それじゃ困るんだよな、こっちは。下手しなくても流血沙汰が起こりかねない状況なわけだし。

 まあ何にせよ、エルフたちに対して融和路線を取る以上は、いつまでも市内にエルフや鳥人を入れないという措置を続けるわけにはいかないんだ。明日のダライヤ氏らとの会談次第だが……近いうちに、参事会とも直接交渉したほうが良いだろうな。はあ、まったく……身体がいくつあっても足りないほど忙しい。


「うまかーっ! 肉食い放題なんて、リースベンは極楽んごたっ国やなあっ!」


 そんな僕の苦悩とは裏腹に、シャナイくんは満面の笑顔である。ううううーん、可愛い。後でお土産にお菓子でもあげようかな。……そういや、最近カリーナやロッテに餌付けしてないな。精神がどうも荒み気味なのは、そのせいか。近いうちに、一回リフレッシュの機会を設けたほうが良いかもしれない。


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