第218話 くっころ男騎士とへいわなエルフの村(2)
「こんわろ、ただん男じゃなかぞ! すげぼっけもんじゃ」
「こん種なら強か子が孕めるぞ、囲んで犯せ!」
初手で味方一人が斬殺されたというのに、エルフ兵たちは怯む様子はない。むしろ顔に喜色を浮かべ、武器を手にこちらへ突っ込んでくる始末だ。……子供孕んだら不老じゃなくなるってのに、なんでそんなに男を犯したいのさ! 緩慢な自殺かよ。
何はともあれ、突っ込んでくるなら迎撃せねばならない。僕は返り血に濡れるサーベルの柄をぐっと握り締め、突撃した。だが一度見た戦法だからだろう、今度のエルフ兵は怯まなかった。
「腕ん一本や二本でけ死んなよ、短命種ッ!」
「キエエエエエエエッ!」」
両者の剣が正面からぶつかり合った。その瞬間、エルフ木剣から猛烈な突風が吹き出し、僕の身体を吹き飛ばす。
「ウワーッ!」
「グワーッ!」
だが、エルフの方もただでは済まない。木剣は当然切断され、肉体のほうも半ばまで切り裂かれた。致命傷である。だが、僕の方はそれをしっかり確認する余裕もない。風により十メートルは吹っ飛ばされ、大木に衝突して地面に転がり落ちた。全身甲冑を着ているとはいえ、なかなかに痛い。
「アル様!」
「平気だ!」
なんとか立ち上がったところへ、ソニアが駆け寄ってくる。僕は彼女の肩を叩いてから、敵の方へ視線を戻した。彼女らは弓や木剣をこちらに向けながら、じりじりと距離を詰めている。
「あの木剣、なかなか厄介だぞ」
「エルフは皆魔剣を持っているという話は本当だったわけですか……」
さっきは風の魔法だったからよかったものの、炎や雷などが飛び出して来たらシャレにならない。呪文を唱えずとも即座に魔法を発動可能なこの手の武器は、近接白兵戦では恐ろしいほどの効果を発揮する。
さりとて、距離をとれば今度は例の妖精弓が飛んでくるのだから恐ろしいことこの上ない。彼女らエルフは蛮族ではあるが、戦士としての能力は一般的なガレア騎士を上回っている様子だった。
「良か敵じゃ! ないと良か敵じゃ!」
「斬られてけ死んか孕んでけ死んか、どっちも魅力的じゃ。ここまで生き恥を晒した甲斐があったというものでごわす!」
味方二名が死んでるのに怯むどころか士気あがってるじゃん! こいつら怖いよ! どれだけ死にたいの! かなり嫌だなあ、こんなのが敵なのか? こちらの新兵連中がこの死兵どもにカチあったら、一瞬でやられてしまいかねない。練度も士気も違いすぎる。何とかして、戦闘以外のやり方で黙らせたいところだな……。
「かかれ!」
敵指揮官らしきエルフ兵が叫ぶと、弓兵が一斉に矢を射かけてきた。傍の樹木を盾にして集中射撃を凌ぐが、その隙に木剣を持ったエルフ兵集団が一気に肉薄してくる。
「男に先陣を切られたぞ! 恥ずかしゅうはなかとな!? 者ども、挽回ん時ぞ!」
そこへ、オルファン氏に率いられた"正統"の方のエルフ戦士団が突っ込んでくる。彼女らは弓兵の射撃により敵の突撃の出鼻をくじき、さらにそのまま木剣による白兵戦に移行する。組織は違えど、このあたりの戦法は"新"も"正統"も大差ない様子だった。
「とりあえず、現状はこのまま"正統"に味方したほうがよさそうだな」
「"新"の連中は、聞く耳持たずの様子ですしね。まるで獣ですよ」
このエルフ兵どもを見ていると、ダライヤ氏やそのお供たちがどれだけ理性的だったかわかってくる。この兵士らはおそらく、あまり統制の取れていない雑兵なのだろう。……雑兵でこの練度? 怖すぎるだろ……。
「ちぇすとーッ!」
エルフ兵の一人が、そんな叫びをあげながら突っ込んでくる。何がチェストだよそいつはこっちのセリフだ!
「チェスト!!」
負けじと叫び返しつつ、突貫。エルフ弓兵が牽制の矢を放ってくるが、どうやらわざと狙いを外している様子だったので無視をする。生け捕りを狙っているせいだろう。妖精弓はかなりの強弓のようで、その弾道は直線的だ。威力は抜群で精度も高いようだが、そのぶん軌道は読みやすい。
「キエエエエッ!」
とにかく、エルフ兵の木剣は厄介だ。魔法が発動する前に叩ききる他に対処法はない。全力で剣を振り下ろし、エルフ兵を一刀両断する。
「ナイスチェスト!」
近くに居た味方エルフ兵が満面の笑みで親指を立ててくる。彼女も全身返り血まみれだというのに、ひどく愉快そうな様子だった。僕は親指を立て返して、「センパーファーイ!」と叫んだ。自分でも少々訳が分からなくなっているが、戦闘の興奮でちょっとおかしくなっているのかもしれない。
「ムッ!」
そこへ、ひゅおんと風切り音を立てて矢が飛んできた。地面を転がってそれを回避し、起き上がるのと同時に二の矢をつがえようとしていたエルフ弓兵をリボルバーを向ける。引き金を引いたまま。剣を握る右手で撃鉄を弾く。乾いた銃声と猛烈な白煙が上がり、エルフ由美兵は腹から血を流して倒れた。
「なんじゃあん武器は!?」
「ウオオオオッ!」
困惑するエルフ弓兵の集団へ、両手剣を抜き放ったソニアが突っ込んでいった。弓兵たちは一斉に射撃を仕掛けるが、彼女はライフル弾の直撃にすら耐える魔装甲冑を着込んでいるのである。多少の被弾などお構いなしに突撃を続け、雑草を刈るようにエルフ弓兵を薙ぎ払っていく。ここは深い森の中だ、弓兵と言えど、なかなかアウトレンジ攻撃はできないのである。
「リースベンとやらん戦士はおなごも男もすごかぼっけもんばっかいじゃな」
「修羅ん国でごわすな」
"正統"のエルフ戦士が、ひどく楽し気な様子でそんな話をしているのが聞こえた。お前らにだけは修羅の国とか言われたくねえよ! 内心突っ込んでいると、呪文を詠唱する声が聞こえた。こちらが身構えるよりも早く、魔力による突風が吹いて地面の落ち葉を巻き上げる。
「チッ!」
目くらましだ! 風切り音と共に、複数の矢が飛んでくる。エルフ兵は状況に応じて弓と木剣を切り替えて戦うようだ、この柔軟性は、極めて厄介である。僕は慌てて、その場から飛びのいた。
「チィエエエエエッ!」
そこへ、樹上から木剣を構えたエルフ兵が飛び降りてきた。流石にこの攻撃は予想外だ。慌ててサーベルを構え、頭上からの一撃を受け止める。強烈な衝撃が全身に走った。思わず、一歩後退してしまう。
「ぐっ!」
初太刀は防いだが、エルフ兵の剣技は見事なものだった。地面に着地すると同時に鋭い二の太刀を繰り出してくる。僕は慌ててそれをサーベルで防いだが、その衝撃で柄が手の中から吹っ飛んでいってしまった。
「さあ、婿取りの時間じゃ!」
エルフ兵が会心の笑みを浮かべ、木剣を構えなおす。その瞬間、僕の脳裏に前世の剣の師匠の顔がフラッシュバックした。
『武器がなかときは素手でチェストすりゃよか!』
ほとんど無意識に僕はぐっと腰を下ろし、そして身体強化魔法を発動させつつ地面を蹴った。猛烈なタックルがエルフ兵に炸裂し、彼女は悲鳴を上げつつ地面に転がった。
「グワーッ!」
「注意一瞬怪我一生じゃスカタンがァ!!」
僕はそのまま、エルフ兵の背後に回り込んで彼女の首を締めあげた。肉体の基本的構造は竜人もエルフも同じである。頸動脈を締め上げられたエルフ兵は、あっという間に白目をむいて気絶した。
「アル様!」
そこへ、見慣れたガレア様式の甲冑を纏った騎士四名が走り寄ってきた。事前にこの村に派遣していた、僕の部下たちだ。彼女らはひどく慌てた様子で僕を助け起こし、地面に落ちたままになっているサーベルを拾ってきてくれた。
「おお、すまない。助かった。……全員無事のようだな、嬉しい限りだ!」
どうやら、全員怪我一つしていない様子だ。僕は思わず、安堵のため息を吐きそうになった。大切な部下たちを、こんな場所で失う訳にはいかないからな。
「アル様こそよくご無事で! しかし、なかなか厄介な状況ですね。助太刀いたします」
騎士たちは剣や槍を抜き放ち、そう叫んだ。敵はやや劣勢の様子だが、損害に構わず無茶な攻勢を続けている。退きたがっているような素振りの兵士は、誰一人いなかった。無茶ではあるが、油断をすればこちらがやられてしまいそうな恐ろしさがある。……まあ、"正統"のエルフ兵も似たような雰囲気だが。
エルフ兵は、敵も味方も死兵ばかりのようだ。死ぬか勝利するまで戦い続けてやるという気概が強く感じられる。そりゃ、こんな覚悟ガンギマリの連中が内戦をおっぱじめたら、悲惨な状態になるのも当たり前のことだろうよ……。
「ああ、頼んだ!」
内心に湧き上がってくる嫌な感覚をこらえつつ、僕はそう返した。この内戦をどうにか止めない限り、リースベンに平和は訪れそうにない。内部で延々バチバチやり続けているから、食料の自給すらままならない状態になっているんだろうな……