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第214話 くっころ男騎士と自称正統派

「疲れているところ申し訳ないが、緊急を要することだ。悪いが、ちょっと付き合ってほしい」


 ソニアを伴い、僕はカルレラ市郊外に設営された竜舎へとむかった。竜舎というのは、要するに翼竜(ワイバーン)用の厩舎だ。外見上はカマボコ型の木造建築で、牛や馬などの家畜小屋よりも随分と大きい。

 それでも、大型の飛行性爬虫類である翼竜(ワイバーン)にとってはかなり手狭な環境だろうが……まさか、肉食の大型爬虫類を放し飼いにするわけにもいかないからな。


「ええ、もちろん問題ありません、城伯様」


 顔に疲労の色をにじませつつも、竜騎士はひどく恭しい態度で一礼した。その隣では、例の丸眼鏡の星導士様が湯気の上がるカップを片手に何やらメモ帳をいじっている。


「むしろ、こちらからご報告に上がろうと思っていたのですが」


「居てもたってもいられなくなってね」


 僕は軽く笑って、竜舎の前に置かれた休憩用のベンチに腰を下ろした。そして、自分のとなりをトントンと指で叩いて竜騎士にも据わるように促す。彼女は少し笑って、僕の指示に従った。なぜか星導士様の方までついてきて、僕の隣に座ってしまう。まあ、両手に花状態だから別にいいけど……。


「リューティカイネンくんにも香草茶を」


 従兵にそう命じてから、僕は竜騎士殿に向き直った。ちなみに、リューティカイネンというのはこの竜騎士の名前だ。ガレアではあまり聞かないタイプの姓だが、これは彼女がスオラハティ辺境伯麾下(きか)のノール辺境領軍から派遣されてきた人物だからだ。


「それで……正統エルフェニア帝国だったか。まずは、どういう経緯で連中と接触したのか教えてくれるかね」


「ハイ。もともと、今日はいつものように救援物資を投下してそのまま帰ってくるつもりだったのですが……その前に例のカラス鳥人の連中が出てきましてね」


「ふむ」


 友好的な接触を目指して、僕は毎日のようにラナ火山付近で食料の入った袋を落下傘投下させていた。中身は食料、それも軍用の堅パンや燻製肉、チーズなどである。


「また迎撃に出てきたのかと思って、いったんは撤退しようとしました」


 鳥人部隊が出てきた場合、すぐに撤退するように僕は命じていた。なにしろ翼竜(ワイバーン)とその騎手はきわめて貴重な存在だからな。こんなところで失うわけにはいかない。


「ところが、カラス連中はこちらへ無理に接近しようとせず、遠巻きに旋回しながら足で握った旗を振ってきました。こいつは様子がおかしいなと思って、手を振り返してやりながら接近を試みたのです」


「あの時はびっくりしました」


 香草茶の湯気で丸眼鏡を曇らせた星導士様が、唇を尖らせて文句を言う。そのコミカルな姿にほおを緩ませていると、従兵が香草茶を淹れて持ってきた。竜騎士殿がカップを受け取るのを見計らって、ポケットから金属製の酒用水筒(スキットル)を取り出す。

 中身はブランデーだ。こいつを香草茶に混ぜてやると、なかなかウマいのである。まずは竜騎士殿のカップに注いでやり、その後に自分のカップにもいれる。仕事中なので、量はちょっぴりだ。


「おお、有難い」


「私もお願いします」


「はいはい」


 星導士さままでカップを差し出してきたものだから、僕は思わず苦笑してしまった。もちろん、断る理由もないので要望通りにしてやる。


「カラスどもは、案の定攻撃を仕掛けてきませんでした。それどころか、こちらについて来いとばかりに我々の前をチョロチョロ飛び始めたので、私は彼女らの指示に従い着陸したのです。……そして、降りた先にあったのがエルフどもの集落でした」


「いきなり集落まで案内されたのか」


 警戒心の強いエルフたちにしては、なかなか大胆なやり口である。僕は少々驚きながら、ブランデー入りの香草茶を一口飲んだ。


「エルフどもの集落は、地形と樹木を使って巧妙に擬装されておりました。あれは、明らかに戦時を想定した構築でしたね」


「ふーむ……建物はどんな様式だった?」


「ええと……名前が出てこないのですが、原始人が住むような粗末な家ばかりでしたね。いわゆる、その、たて、たて……ナントカ」


「竪穴式住居」


「そうそれ」


 星導士様の補足に、騎手は我が意を得たりとばかりにウンウンとうなづく。この二人、にわか作りとはいってもなかなかいいコンビのようだ。


「竪穴式住居かあ……」


 日本でも、石器時代から平安時代までの長きにわたって利用された非常に歴史のある様式の建物である。……つまり、竜騎士殿の言う通りの"原始人の家"ということだ。どうも、予想以上にエルフたちは原始的な生活を送っているようである。


「戸数や人口は?」


「偽装が巧妙だったので、正確な数はわかりませんが……百戸前後というところでしょうか。住人の方も、せいぜい数百名程度かと」


「町というより村だな、それは」


 普通に考えれば、その集落は僕たちの領地でいうところの農村に当たる場所だろう。どこか別のところに首都に相当する集落があるのだろうか?


「で、連中は自分たちを"正統エルフェニア帝国"と名乗ったわけだな?」


「ハイ。連中のリーダーを名乗るエルフは自分を前エルフェニア皇帝の直子だと申しておりました。新エルフェニアを名乗る連中は、僭称(せんしょう)軍であり、自分たちこそが正統なエルフェニア帝国の後継者だと……」


「うわあ……」


 南北朝時代かな? 僕はうめきながら、香草茶にブランデーを追加した。予想はしていたが……どうも、新エルフェニア帝国とやらは統一国家ではないようだ。というか、というか、人口わずか数百名の集落に皇族の末裔が居たのか。まさかとは思うが、その村が首都に相当する拠点なんじゃなかろうな……。もしそうなら、かなり小さい組織ということになるが。


「正統エルフェニアとやらのリーダーは、なんと名乗っていた?」


「フェザリア・オルファンです。エルフェニア帝国最後の皇帝の三女ということですが、まあ自称ですからね。話半分に聞いておいたほうが良いでしょう」


「なんだか話が複雑になって来たな……」


 やはり、エルフ社会はいまだに内戦下にあるようだ。新エルフェニアに正統エルフェニアね。はあ、勘弁してほしいだろ……


「フェザリア氏は、我々にもっと食料を寄越してほしいと要望してきました。どうやら、食料不足は新エルフェニアだけで発生しているわけではないようです」


「どいつもこいつも……」


 黙って話を聞いていたソニアが、忌々しそうな様子で吐き捨てた。正直、僕も同感だな。別に、我がリースベン領だってメシが余っているわけではないのだ。気軽に大盤振る舞いするほどの余裕はない。


「んまあ、翼竜(ワイバーン)に搭載できる程度の食料であれば、連日送り付けてもいいがね。とにかく、そちらとも交渉用の窓口を作りたい。とりあえず友好的な接触を継続しよう」


 内戦なんぞに介入したくはないが、それはそれとして情報は集めたい。僕は調査の継続を命じることにした。


「できれば、そのオルファン氏とも直接会って話がしたいな。現状の食糧支援の継続を餌に、会談に引きずり出せないか試してみよう」


「了解しました」

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