第209話 くっころ男騎士と外交交渉・只人のターン
「とりあえず食料が欲しい、というそちらの主張は分かった」
香草茶を一口飲んでから、僕はエルフ使節団に向けてそう言った。むろん、彼女らの本音としては欲しいのは食料だけではあるまい。エルフたちの略奪対象としては、男性もまた食料と並ぶほど重要な存在である。
しかし、今回の交渉では、男のおの字も出してこなかった。モノならともかく人間を交渉の材料にすれば、こちらの態度が硬化するのがわかっているからだろう。もちろん、僕としても領民の男たちを生贄に捧げるつもりなど微塵もない。
「では、こちらからの条件を伝えよう。まず第一に、これまでの狼藉を正式に謝罪すること」
「俺らに謝れちゅうとな?」
例のお姉さんエルフが睨みつけてくる。……このエルフども、顔の造形は高貴さすら感じられるほど整っているのに、誰もかれもが目つきが悪いんだよな。
「当然だ、強盗とは仲良くできない。はっきり言って、我々から見た貴殿らエルフ族の印象はひどく悪い。その悪化したイメージをなんとかしないことには、交渉をするにしても領民たちは納得してくれないだろう」
「むぅ……」
ダライヤ氏を除くエルフ族一同は若干ムッとしている様子だったが、ウルを含むカラス鳥人二名は『まあそりゃそうだろうな』と言いたげな表情だった。この辺りの意識は、エルフと鳥人で差があるのかもしれない。
……いざ戦争となっても、この二者はできれば分離しておきたいなあ。交渉が決裂した時に備えて、離間工作をしておくべきかね? しかし、離間工作が表沙汰になったら、間違いなくエルフたちの態度が硬化しそうだしなあ。なかなか塩梅が難しそうだ。
「ま、とりあえず参考にはしよう。で、次は?」
一方、ダライヤ氏はニコニコ笑いでこちらの主張を受け流す体勢だ。目に見える反応を返してこないので、その内心はまったく読めない。やはり、切れ者だな。先ほどの魔法の手際を見るに、戦場でも非常に厄介な動きをしそうに見えるし……現状、エルフたちの中では一番の要注意人物である。
「今まで我々が受けた損害の補償、および拉致された者たちの返還。そして、略奪をはじめとした暴力行為の停止。……要するに、悪化した関係をニュートラルなものに戻すための禊ぎだ」
「言おごたっことは分かっどん、無か袖は振れん」
少女エルフが困ったような表情で吐き捨てた。ま、エルフ側からすりゃそうだろうな。略奪停止はこちらからの援助次第で実現するが、前二つはまず無理だろう。物納にしろ金納にしろ賠償を行うような余力は今のエルフ族にはないだろうし、せっかく手に入れた男たちをわざわざ返還するような真似もすまい。
「……この辺りは、今後の交渉次第ではある程度融通を効かせても良いと考えている。絶対条件ではないということは、頭に入れておいてくれ」
僕は薄く笑って、エルフたちにウィンクして見せた。「そんな条件飲めるか!」とか言って、交渉を打ち切られちゃ困るからな。ある程度柔軟な姿勢は見せておかねば。だいたい、この交渉はリースベン軍の戦力化までの時間稼ぎという面も大きいしな。とりあえず、会議が出来るだけ長引くように誘導せねばなるまい。
「ま、そちらとしても当然言いたいことはあるじゃろうからな。受け入れるかどうかはさておき、検討はしよう」
神妙な顔で頷いてから、ダライヤ氏は皿に山盛りになった軍隊シチューをスプーンでかき込んで、表情をとろけさせる。味がお気に召したのだろうか。カワイイ。
「なんにせよ、今の段階ではお互いにすぐ条件をのむ、というわけにはいくまい。我々は、今の今までまともに交流してこなかったわけだからな。交渉の妥結を目指すなら、相互理解の機会が必要だと思われるが」
思案の表情を浮かべつつ、ソニアがそう提案した。
「そうじゃなあ……我々は、お互いのことを知らなさすぎる、という点はワシも同感じゃ」
澄ました顔でダライヤ氏は言う。……あんた、滅茶苦茶僕らのことに詳しかったじゃねえか!
「さしあたって、こちらからも連絡員を派遣しよう」
「む、連絡員か……それはやや、時期尚早のような気もするが」
どうも、ダライヤ氏は相互に連絡員を置くという案には賛成しかねる様子だった。香草茶をすすりつつ、渋い表情になる。おそらく、自分たちの内情を見せたくないのだろう。
エルフ使節団の様子を見る限り、新エルフェニア帝国とやらは国家としてまともに運営されているのかかなり怪しい部分がある。おそらく、内側はボロボロだ。そんなものをこちらの連絡員に目撃されたら、交渉で足元を見られる羽目になる。
とはいっても、こちらはすでに一名連絡員を受け入れているのである。今さらこっちの連絡員は受け入れないなどという主張は、とてもじゃないが認められない。
一回目の交渉では慎重を期すためこちら側の連絡員は派遣しなかったが、エルフたちにも一応真面目に交渉をしようという気があることが分かった以上、できることなら複数名の腹心を送り込みたいところだ。
「まあ、そう言わずに。この案を受け入れてくれるなら、そちらの連絡員の増派も認めるが……どうかね?」
僕はダライヤ氏以外のエルフたちをちらりと見ながら言った。彼女らは「ほう」と小さく声を上げ、一斉にその視線をウルに向ける。
「んあ?」
我関せずの様子で軍隊シチューをガブガブ食っていた(欠食エルフどもと違って、きちんと朝食は提供してたんだが……)ウルは、妙な顔をして眉を跳ね上げる。痩せぎすのエルフたちと違い、彼女は体形も顔色も健康的だ。
「……そんた良か案でごわすな!」
「剣を打ち交わすばっかいが戦ではありまさんめえ。ここは俺にお任せを」
よーし引っかかったぞ! 案の定、ダライヤ氏はひどく渋い表情になっている。さらに追撃を仕掛けることにしよう。
「ただし、我が領に来るにあたって一つだけ、あなた方に守ってもらいたいことがある」
「何やっど?」
そう言って眉を跳ね上げたのは、少女エルフだった。お前主戦派じゃなかったんかい!
「エルフの戦士たちは、皆美しく勇猛だ。さぞや男たちにモテることだろう。とはいえあまり羽目を外し過ぎて、嫉妬した我が領の女たちが僕に陳情してくるような事態は避けてもらいたい」
「……い、いやいや、安心召されや。エルフェニアんエルフは皆硬派じゃ。男にうつつを抜かすような腑抜けはおりまさんめえ」
「とはいえ、男女んこっじゃっでな。万が一もあっ。そん時はキチンと責任を取っで、領主どんにはご迷惑はかけもはん」
僕の言葉に、エルフたちがソワソワし始めた。わはは、予想通りの爆釣である。ダライヤ氏が「おいやめろ」みたいな顔をしてこっちを見ているが、知ったことではない。もはや、彼女一人が連絡員増派案を拒否しても、数の力で押し切られそうな勢いである。……こんな見え見えの策に引っかかるような連中を外交の場に連れて来る方が悪いと思うんだよな、この場合。
まあ、何にせよ一矢は報いた。新たな連絡員が何人来るかは知らないが、アデライド宰相に腕の良い男スパイを派遣しても割もらわなきゃならんな。本格的にハニートラップを仕掛けて、エルフたちから神秘のベールをはぎ取ってやる……。




