第205話 くっころ男騎士と新発見
ウルからの聞き取り調査、新兵の教練。出来る範囲でエルフに対する対抗策を進めつつも、僕は内心焦れていた。老獪なエルフ族の長老・ダライヤ氏から主導権を奪い取るには、現状のやり方では明らかに不足だ。特に情報戦での不利が痛い。
しかし、地上からの情報収集はすでに手詰まり状態だ。起死回生の可能性があるのは、ラナ火山探索飛行隊のみ。とはいえ、案外リースベン半島は広いのである。すぐに成果を上げるのは難しいのではないかと、不安に思っていたのだが……。
「結論から先に申し上げますと、ラナ火山らしきモノは発見できました」
ダライヤ氏との会談が予定されている日の前日。探索飛行から帰ってきた騎手と星導士を出迎えた僕は、待望の報告を聞くことができた。……探索が始まってから、まだ二日しかたってないんだけど。いやめっちゃ早くない?
何はともあれ、詳しい話を聞かなくてはならない。僕は騎手と星導士の二人を、領主屋敷の会議室に招いた。従卒にハチミツがたっぷり入った香草茶を入れてもらい、二人にふるまう。温暖なリースベンとはいえ、空の上は案外寒いものだ。まずは身体を温めてもらうことにする。
「……驚きました、星導士様。まさか、この短期間で発見するとは。最低でも、一週間以上かかるのではないかと考えていたのですが」
「大したことはありません」
丸眼鏡に星導服(前世の修道服によく似たデザインの、白黒の長衣だ)という姿の星導士が、ふふんと自慢げに平坦な胸を張った。彼女はリースベン領の最寄りにある天測台から派遣されてきた人物で、フィオレンツァ司教の知人だという話だった。
「火山という地形は、何もない場所から唐突に生えてくるものではありません。火山活動は周辺の地形や土壌にも大きな影響を及ぼしますから、そのあたりを勘案しながら探索を行えば発見はそう難しいものではないのです」
「ほう」
地学に関しては、僕はまったくの素人だ。火山だのなんだのといった分野には、まったく疎い。思わず感心の声を上げると、丸眼鏡の星導士はさらに胸を張った。
「星導士を空ばかり眺めている連中だと批判する者もおりますが、それは偏見という物です。天測はもちろんですが、地形についてもきちんとした知識を持っていなければ、正確な測量など行えませんから」
「なるほど、御見それしました」
鼻高々の様子の星導士の言葉を、ソニアがばっさり切った。
「ところで、わたしの幻像機をお貸ししていたはずです。キチンとした写真は、撮れたのでしょうか」
「ええ、もちろん」
にっこりと笑い、星導士は首から下げていた幻像機をソニアに返却した。……とはいえ、この道具は現代のデジタルカメラほど便利な代物ではない。写真を見るためには、きちんと現像してやる必要がある。
もちろん、飛行隊が帰還した時点ですぐに乾板(フィルム・カメラで言うところのフィルムに当たるパーツ)は回収しており、突貫作業で現像するよう命じていた。僕が近くに居た技官のほうをちらりと見ると、彼女は頷いて何枚かの写真を会議机に並べた。
「ほう、これがラナ火山」
写真に写っていたのは、なんとも迫力のある大きな山だった。火山と言っても、富士山のような堂々たる姿ではない。山脈のようにも見える複雑な形状で、山体の上半分がクレーターめいて陥没している。典型的なカルデラ火山のようだ。
日本の山でいえば、阿蘇山が近いか。カルデラ部分には大量の水が溜まっており、はっきりと湯気が立ち上っていた。火山活動はいまだに継続しているようだ。
「山の周辺の樹海は、灰を被って白っぽくなっていました。おそらく、いまだに小規模な火山灰の噴出が続いているのでしょう」
「これほど大きな火山がリースベンにあったとは……半島全土のエルフを絶滅の危機に追い込むような大噴火を起こしたという話も、ある程度の信憑性がありそうですね」
難しい表情で写真に顔を近づけたジルベルトだったが、ふと別の写真が目に入り動きを止める。そこに映っていたのは、ひどくブレた黒っぽい塊だった。よく見れば、大きな鳥のような形をしている。
「……一つお聞きしたいのですが、これはもしやカラス獣人では?」
「ハイ。火山の付近を旋回して写真を撮影していた際、十名ほどのカラス獣人に襲撃を受けました」
「火山より先にそっちを教えていただきたかったのですが、星導士様……」
僕は思わずつっこんだ。ラナ火山を探していたのは、あくまでエルフたちと接触するための手がかりを探してのことだ。ウルとダライヤ氏の関係を思えば、カラス獣人がいたということは近くにエルフもいる可能性が高い。
「アッ、申し訳ありません。火山の方に気を取られて、すっかり頭から飛んでおりました。未開拓地の測量中に、鳥人蛮族に襲われるなんて珍しくもない事ですし」
僕が頭を抱えたい気分になっていると、相方の騎手が「この方、ずっとこの調子で……」とボソリとぼやいた。どうもこの星導士様は、人間よりも調査対象のほうに集中しすぎてしまう性質のお方のようだ。まあ、学者肌の人間には珍しくもない話だが……。
「襲撃は、無事に切り抜けられたのか?」
星導士様も騎手も怪我をしている様子はないが、一応聞いておく。万が一ということもあるしな。
「ええ、もちろん。翼竜はカラス鳥人などより遥かに優速です。回避に徹すれば、そこまで恐ろしい相手ではありませんよ」
「我に追いつく敵機なし、って訳か。流石はガレアの誇る翼竜騎兵隊だ」
ドンと胸を叩いて見せる翼竜騎手に、僕は安堵のため息を吐いた。翼竜とその騎手はわが軍の要といっていい重要戦力だし、そもそも心情的にも部下のケガや戦死はできるだけ避けたいと思っている。彼女らには無事に帰ってきてもらわねば困るということだ。
「では、例のブツの投下にも成功したわけか」
「はい、確かに投下いたしました。落下傘とやらもキチンと開いていましたから、カラス鳥人どもが相当なマヌケでない限りはちゃんと回収してくれるでしょう」
僕は、作戦前に「エルフやカラス鳥人と遭遇した場合、これを投下してくれ」と命じて落下傘付きの大きな布袋を騎手に渡していた。中身はビスケットや乾燥豆、チーズと言った軍用糧食だ。
エルフたちの国で深刻な食糧危機が起きているという情報は、おそらく事実だ。そこで僕は、食料を手土産にしてエルフらと穏当に接触を図ろうと考えたのである。
「よしよし、いいぞ。申し訳ないが、明日以降もラナ火山付近へ飛んでくれ。そして、カラス鳥人たちが出てきたら救難物資を投下だ。しばらくの間、他の翼竜騎兵たちとローテーションでこの任務を続けてもらう」
「了解しました、城伯殿」
「頼んだ。しかし、無理はしないように。危険を感じたら、即座に撤退するんだ。君たちを、このような場所で失うわけにはいかないからな」
念押ししつつ、僕は頭の中でこれからの方針について考えていた。翼竜兵たちと接触したのは、新エルフェニアのカラス鳥人なのだろうか? 可能性としてはそれが一番高いように思えるが、別勢力である可能性も捨てきれない。とりあえず、その辺りを確かめるのが作戦の第二段階になるだろう……。