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第187話 くっころ男騎士と新兵受け入れ計画(1)

 風呂で汗を流し、朝食をとったあとはいよいよ仕事の時間である。僕がリースベンに帰還して最初にやるべき仕事……それは、王都で集めた新兵どもの受け入れ場所を作る事だった。


「募兵に応じた者たちの数は、三百人近い。リースベンにたどり着くまでに多少脱走者はでるだろうが、それでも二百人は下回らないだろう。彼女らが到着するまえに兵舎を用意する必要がある」


 代官屋敷あらため領主屋敷の会議室。決して広くないその部屋には、我が陣営の幹部たちが集まっていた。ソニアやジルベルトはもちろん、傭兵団を率いてリースベン戦争を共に戦ったヴァレリー隊長や、ディーゼル家への人質である元ディーゼル伯爵のロスヴィータ氏などもいる。


「三百! そりゃ、盛大に集まりましたね」


 感嘆の声を上げたのはヴァレリー隊長だった。彼女は、一個歩兵中隊相当の部隊を率いていた元傭兵隊長だ。当然、用兵術に関してもそれなりに精通している。


「アタシの手勢と合わせれば、へたすりゃ三個中隊も編成できますな。……言っちゃなんですが、リースベンくらいの大きさの領地でこの数の常備軍を抱えるのは、いささかオーバーでは」


「正論だが、まあリースベンは特殊な土地だからな。こればっかりは仕方ない。扶持(ふち)はちゃんと出すから、安心してほしい」


 これに関しては、アデライド宰相が全面的にバックアップしてくれるので問題はない。ミスリル鉱山は、彼女にとっても金の卵を産むガチョウのようなものだ。その防備に対して手を抜くことなどありえない。


「とはいえ、現状のリースベンでは彼女らの衣食住を保証できないのも事実。一か月以内をめどに、彼女らの受け入れ準備を整える」


「まず優先すべきは、食料ですね。リースベンの穀物生産量は、決して多くはありません。三百人ぶんの食料をいきなり調達しはじめたら、食料価格の暴騰は避けられませんよ」


 ソニアの言葉に、僕は頷いて見せた。リースベンはガレア本国からは山脈で隔たれた場所にあり、気候も土壌も大きく異なっている。それゆえ、ガレア式の農法をそのまま流用することができなかった。リースベン式の農法はいまだに試行錯誤の途中であり、食料生産はまだまだ不安定な状況だった。


「それに関してだが……ロスヴィータさん」


 僕が視線を向けると、身長二メートルを超える隻腕の牛獣人はニヤリと山賊めいた笑みを浮かべた。……しかしいつ見てもデカいな、この人は。これであの小柄なカリーナの母親なのだから、驚きである。


「ああ、食料に関してはあたしがなんとかする。ズューデンベルグ伯爵領は小麦の一大産地だからな。その程度の数なら、容易に調達できる」


 実のところ、この問題に関しては昨夜の段階ですでにロスヴィータ氏には話を通してある。返答はスムーズだった。


「敵に麦なんか売って大丈夫なんですかね、元伯爵殿」


 何とも言えない表情でそう聞くのはヴァレリー隊長だ。彼女はリースベン戦争で、多くの手勢を失っている。そしてそのリースベン戦争で我々が戦ったのが、このロスヴィータ氏の率いるディーゼル伯爵軍だった。

 ヴァレリー隊長からすれば、ロスヴィータ氏は部下の仇だからな。そう簡単には、溝は埋まらないだろう。……王都からやってくる兵士たちの中には、僕がズタボロにした第三連隊に所属していた者も含まれているんだよな。現状の彼女らと同じような状態になる訳か。やりにくいなあ……。


「敵? 冗談がキツいぜ、隊長殿。あんたらにしこたま叩きのめされたせいで、うちの軍隊はぼろ雑巾も同然よ。それに対して、リースベン軍の数は倍以上に増えるわけだろ? もはや敵にすらなれんよ、我が伯爵家では」


 皮肉げな笑みとともに、ロスヴィータ氏は肩をすくめる。……実際のところ、元敵である彼女を幹部級会合に参加させているのは、この感想を引き出すためだったりする。あえて情報を開示することで、「これ以上ウチに喧嘩を売ってくるなよ」と釘を刺しているわけだな。


「だいたい、ああも一方的にやられたんだ。もう二度とアルベール殿とは戦いたくないし、もっと言うなら味方同士になるのが最善だ。アンタだってそうだろ? 元・第三連隊連隊長殿」


「ここで頷いたら、わたしが勝ち馬に乗りたくて主様に降ったように思われるではありませんか。ノーコメントで」


 突然水を向けられたジルベルトは、すました態度で目を逸らした。今朝会った時のあの妙な態度はすでに消え、落ち着いた様子に戻っている。おそらく、一緒に朝風呂に入ったというソニアが裏でケアをしてくれたのだろう。本当に気の利いた副官だよ、あいつは。


「まあ、食料に関してはカネさえあればなんとでもなる。幸いにも、今年は小麦も大麦も豊作だ。パンだってビールだっていくらでも市場に出回っている」


 僕はそう言いながら、手元の資料を一瞥した。実際のところ、今の僕は金だけは唸るほど持ってるんだよな。ディーゼル伯爵家からふんだくった賠償金に、先帝陛下アーちゃん……もとい謎の傭兵クロウンから貰った慰謝料。さらに内乱鎮圧任務で得られた報奨金に、アデライド宰相にケツを揉ませて手に入れた借入金もだ。これだけあれば、リースベン程度の小領ならば五年は無税で運営できる。

 もちろん、所詮はあぶく銭だ。あと先考えずに浪費すれば、あっという間に使い果たしてしまう。これらの金は、あくまでリースベンの発展に利用するべきだろう。領地にガンガン投資を突っ込み続ければ、自然と税収も増えていくはずだ。最終的には、現状の軍備を自前で維持できるようになるのが目標かな。


「となると、最大の懸案事項は兵士たちの住処(すみか)ですね。三百人ぶんの兵舎となると、一筋縄にはいきませんよ」


「アタシらの兵舎も、やっと最近完成したばかりだからなあ。人手はよそで借りるにしても、建材が足りるのかね」


 ジルベルトの言葉に、ヴァレリー隊長が追従する。このカルレラ市は小さな街だ。現状では充足率五割……つまり六十名ほどの数しか居ないヴァレリー中隊ですら、ほんの先日まで民家を間借りして生活しているような有様だった。当然、その五倍ほどの数の兵舎を新設するわけだから、たいへんな大事業になる。


「建材……たしかに問題ですね。遠方から輸入するとなると、あまりに割高になりすぎる」


 眉間にしわを寄せて、ジルベルトが唸った。リースベンは森ばかりの土地ではあるのだが……伐採したばかりの生木はそのままでは建材として利用できず、年単位の乾燥期間を必要とする。今から伐採していたのでは、とても一か月後には間に合わない。


「建材に関しては、心配する必要はない。木材はある程度の備蓄はまだまだ残っているし、それでも足りない分は僕が何とかできる」


 なにしろ、リースベンはオレアン公が肝いりで開発していた土地だ。将来の発展を見据え、かなりの量の木材備蓄があるのだ。彼女は老獪な大貴族だ。この手の計画的な内政に関しては、アデライド宰相以上のモノがある。


「準備万端ですね」


 ちょっと呆れた様子で、ヴァレリー隊長が肩をすくめた。……いやまあ、建材に関してはオレアン公の政策にただ乗りしてるだけなんだけどな。


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