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第181話 くっころ男騎士とリースベン帰投

 とうとう、王都を離れる日が来た。来た時と同じく、移動手段は翼竜(ワイバーン)だ。なにしろリースベンはガレア王国の最果てだ。徒歩や騎馬で移動していたら、リースベンに戻るころには初秋になっている可能性もある。

 見送りには、アデライド宰相やスオラハティ辺境伯、フィオレンツァ司教、さらにはフランセット殿下までお越しくださった。いち城伯の送別にしては、あまりにも豪華すぎるメンツである。嬉しいと言えば嬉しいが、それより先に恐れ多い気分になってしまった。


「ケガや病気には気を付けるんだよ、アル。お前はすぐに無茶をするから、心配で心配で……。何かあったら、ソニアを頼るんだ。お前たちは一蓮托生なのだから……」


 スオラハティ辺境伯は、涙ぐみつつながながとお説教じみた文句を繰り返していた。心配をかけるような真似をしている自覚はあったので、もちろん大人しく受け入れるしかない。

 別れを惜しみつつも、テイクオフ。楽しい楽しい空の旅だ。巨大爬虫類に跨って大空を舞うのはなかなかの開放感だ。そういえば、前世でも空中機動(ヘリボーン)訓練のたびに大喜びしていた記憶がある。三つ子の魂百までということわざは、どうやら生まれ変わった後にも通用するらしい。

 もっとも、この世界では僕のような人間は少数派のようで、カリーナやロッテは地上で休憩するたびに


「うえええ、気持ち悪……」


「ちょっと漏れちゃった……」


 などと言ってノックアウト寸前のボクサーのような表情で悶絶していたし、ジョゼットも顔色が真っ青になっていた。例外と言えば、スオラハティ辺境伯が用意してくれた新たな翼竜(ワイバーン)に騎乗したジルベルトくらいである。


「わたしは竜騎士としての訓練も受けておりますので」


 平然とした表情でそんなことを言うジルベルトに、僕は羨ましさを覚えずにはいられなかった。なにしろ彼女だけは、翼竜(ワイバーン)に一人乗りしているのである。むろん僕たちは翼竜(ワイバーン)を操る技術など持っていないので、操縦は騎手に丸投げするしかない。

 翼竜(ワイバーン)を独りで自由自在に操れたら、さぞ気持ちの良い事だろう。機会があったら、翼竜(ワイバーン)騎手の訓練も受けてみたいものだな。


「やっと着いた~!」


 そして、翌日。とうとう、僕たちはリースベン唯一の都市であるカルレラ市に帰還した。城壁がわりの土塁を目にしたカリーナが、半泣きになりながら大喜びする。そうとう、空の旅に精神を削られてしまったようだ。二度目の実戦を経験しても、この子は相変わらずビビリのままだ。

 翼竜(ワイバーン)たちを郊外にある厩舎に収容し、僕たちは正門から街中へ入る。土がむき出しになった未舗装道路に、武骨で素朴な木造建築群。見慣れた光景が、僕たちを出迎えた。


「ほう、これがリースベン。これがカルレラ市ですか。思った以上に活気がありますね」


 ジルベルトが感心の声をあげる。王都と比べればド田舎そのもののカルレラ市だが、もともとリースベン開拓を担当していたオレアン公が派手に資本投下をしていたおかげで活気だけはなかなかのものだ。ひなびた田舎町といよりは、好景気にわく発展途上の街という風情がある。


「良い街だろう?」


 そう言ってから、僕は自分もこの街に来たばかりのころに全く同じ言葉を投げかけられたことを思い出した。まだ二か月しか立っていないというのに、なんだか随分と昔の話のように思えるから不思議だ。


「ええ、もちろん」


 土煙を上げながら通りを行きかう荷馬車を眺めつつ、ジルベルトが頷いた。僕たちを発見した通行人たちが「おや代官様! おかえりなさい」などと声をかけてくるので、手を振って応える。


「もう代官じゃないんですけどねえ」


 ジョゼットが苦笑しながら首を左右に振る。そして、「似たようなもんじゃ無いッスか? 城伯も代官も」などと茶々をいれたロッテにアイアンクローを喰らわせた。


「こらこら、鉄拳制裁はうちの軍規では禁止だぞ」


「そうッスよー! 暴力反対!」


「申し訳ありません、アルさま」


 ピシリと姿勢を正して謝るジョゼットだが、その顔には悪戯っぽい笑顔が浮かんでいる。もちろん、付き合いの長い僕にはその意図はしっかりと伝わっている。


「というわけで、ロッテ。カルレラ市外周ランニング、三周分な」


「アアッ!」


 絶望的な表情で凍り付くロッテを見て、ジルベルトが噴き出しそうになる。……最近わかって来たけど、この人結構笑いの沸点が低いなあ。

 リースベン領の州都とはいえ、カルレラ市は小さな街だ。そんなくだらない話をしているうちに、市中心部の代官屋敷へと到着する。城伯などという役職に任じられた以上、ここが僕の()になるわけだが……木造だし、小さいし、城らしさは微塵もない。まあ、こればっかりは仕方がないが。


「アル様ァァァァッ!!」


 代官屋敷の正面では、部下の騎士どもと共にソニアが待ち構えていた。街門の衛兵から、連絡が来ていたようだ。彼女は顔を真っ赤にしながら、全力疾走でこちらに突撃してきた。


「ウワーッ!!」


 なにしろ、ソニアの身長は一九〇センチオーバー。長身の多い竜人(ドラゴニュート)の中でもかなりの偉丈夫……ならぬ偉丈婦だ。そんなデカい女騎士が全力で突撃してきたのだから、ほとんど暴走特急である。恐怖を覚えるなというほうが無理がある。衝突の瞬間、僕は反射的に彼女を投げ飛ばした。


「アル様ァッ!?」


 しかし、相手はソニアである。即座に受け身をとった彼女はバネ仕掛けのオモチャのように立ち上がり、再び突撃を開始。組打ちにはそれなりに自信のある僕も、流石にこれは対処不能だ。フルパワーで抱き着かれた僕は、あえなく地面に倒れ込んだ。


「お待ちいたしておりました! お待ちいたしておりました! ああ、やっと帰ってきた! ああっ!!」


「なにこの……何!?」


 とんでもない勢いで僕に頬擦りしてくるソニアに、ジルベルトがドン引きしている。


「おーよしよし、ごめんなあ、面倒かけたなあ」


 経験上、こうなったソニアはそうそうなことでは満足しない。僕は苦笑しながら、彼女の頭をワシワシと撫でる。普段はクールなソニアだが、実のところ彼女は尋常ではない寂しがりやなのだ。この辺りの性格は、スオラハティ辺境伯によく似ている。……いや、寂しがり具合では、ソニアの方がよほどひどいのだが。


「はあ、見苦しい姿をお見せしました。申し訳ありません」


 十分後。やっと落ち着いたソニアが、ため息を吐きながら深々と頭を下げる。ジョゼットが半目になりながら「本当だよ」とボヤいた。上官と部下の関係にある彼女らだが、なにしろ幼馴染なのでひどく気安い態度を取る。ソニアはこほんと咳払いをしてから、僕の服についた土埃を払った。


「ジョゼット。貴様、あとで覚えておけよ……おや、新顔ですか」


 ジョゼットを睨みつけた後、ソニアはジルベルトの方を見た。歓迎の笑みを浮かべようとした彼女だが、即座に顔色を帰る。


「……わたしの記憶違いでなければ、もしやジルベルト・プレヴォ氏ですか? オレアン公派閥の……」


 ソニアの言葉に、ニヤニヤ笑いながら僕たちを眺めていた騎士たちの表情が強張る。なにしろ、彼女らはオレアン公の策略で戦友を失っているのだ。妙な誤解をされる前に、事情を説明したほうがよさそうだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辺境伯の方がよっぽどアルのオカンやってるなあ
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