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第179話 ナンパ王太子と予期せぬ協力者

 余、フランセット・ドゥ・ヴァロワは困り切っていた。時刻は昼過ぎ、場所は王城内の小部屋。内乱の最終報告と称して、余はアルベールを王城に呼び立てていた。むろん、これはあくまで名目だ。本来の目的は、彼に首輪をつけて王家のコントロール下に置くことだったのだが……その目論見は、失敗しつつある。

 その原因は、余の対面に座ったアルベールの背後に控えている人物だ。ジルベルト・プレヴォ。王軍の最精鋭部隊、パレア第三連隊の元隊長にして、オレアン公派閥屈指の軍人家系プレヴォ家の当主。そんな彼女が、家ごとブロンダン家の家臣となった。ほかならぬ本人からそのことを聞かされた余は、危うく自らの奥歯を噛み潰しかけた。


「そうか、出立は明日か……」


「はい。リースベンは不安定な土地ですから……あまり長い間、領主不在にしておくのはよろしくありません」


 アルベールと益体のない会話を交わしつつ、余は思考を巡らせる。ブロンダン家には家臣が足りない。余はそこに付け込む腹積もりだった。こちらの手の者を家臣として送り込み、ブロンダン家の内部で影響力を確保する腹積もりだったのだ。

 しかし、その目論見は実行する前にとん挫してしまった。プレヴォ家は、規模こそ小さいものの名家と言って差し支えのない連中だ。そんな彼女らと比べてしまえば、余の用意できる人材などたかが知れている。むろん、我々は王家だ。極めて有能な家臣も多く抱えている。が、リースベンは遠方だ。替えの利かないような有能な部下を、開拓途中の辺境に送るわけにはいかない。下手をすれば島流しだと勘違いされてしまうリスクもある。


「残念だな。せめて一度くらいは、一緒に夜会へ行きたかったのに。むろん、パートナーとしてね」


 平静を装いつつ、アルベールに笑いかける。本当にどうしようか、この男。今回の内乱で、宰相派閥は我が宮廷の最大勢力になってしまった。反乱軍との戦いで先頭に立ち、際立った戦果を残したアルベール本人の存在感も増している。

 戦果、そう戦果だ。彼は戦果を上げ過ぎている。主君として、成果を上げた臣下にはなにかしらの褒賞を与えねばならない。だが、リースベンの一件で城伯位を与えた直後にこの一件だ。将来的な昇爵は確定事項にしろ、今すぐにというのは宮廷の序列的に不味い。王領の一部を下賜するという手もあるが、リースベンからは飛び地となってしまうためアルベールも扱いに困るだろう。

 仕方がないので、王家の蔵から引っ張り出してきた剣(先々代のガレア王が愛用していた魔法のサーベルだ)とそれなりの額の金銭を、この後ひらく戦勝式典で下賜する予定だ。……救国の英雄に剣一振りとカネしか渡さないなんて、王家はケチだ! などと批判を受けるのは間違いないだろうな。

 はあ、憂鬱だ。あんまりいろいろ渡し過ぎて、アルベールの勢力が伸長したら困るんだよ。仕方がないじゃないか。リースベン領さえなければ、宮中伯位に引き上げるという手もあったんだが……。


「僕のような山猿を引き連れて夜会など行った日には、殿下が笑われてしまいます」


 そんなこちらの気分になどまったく気づいていない様子で、アルベールはそんなことを言う。思わずため息を吐いたい気分になった。


「まさか! 今の王都に、君を馬鹿にするものなど居ないさ。なにしろ王家を救った英雌(えいし)だ」


 余は苦笑しながら、肩をすくめる。女装の麗人が王太子とともに反乱軍に立ち向かう……まるで演劇や小説のような出来事だ。庶民たちはもちろん、貴族の間でも今回の件は話題になりつつある。

 もっとも、この件には裏がある。王家の世論がアルベールに好意的になるよう、余が手を回したのだ。もちろん、親切心からそうした訳ではない。本音で言えば、彼にはリースベンに行ってほしくないのだ。極端に有能な軍人が、辺境で領主となって独立する……どう考えても、不味い状況だ。最終的には、軍閥化して王家に牙を剥くリスクもある。

 危険な兆候を見逃さないためにも、彼は余の手元に置いておきたい。いくら王家でも、リースベンなどというド辺境まで目は届かないのだ。その上で、味方に引き込めるのなら万々歳なのだが……。


「君は謎めいた男性だからね、王宮の社交界でも話題になっているよ。どうかな? ちょっとくらい、顔を出してみるのも悪くないと思うんだけどね」


 今回の内乱で、宰相・辺境伯派閥の勢力が随分と拡大してしまった。もはや、王太子である余ですら彼を王都に縛り付ける権限はないのである。強引な命令を出せば、宰相や辺境伯、それにアルベール本人の不興を買う。これは不味い。下手をすればまた内乱だ。

 仕方がないので、余はアルベールをパーティー漬けにして王都への滞在日数をズルズルと引き延ばす作戦に出た。接待に次ぐ接待で彼の心をグズグズに溶かし、贅沢慣れさせる。そうやって、ド田舎のリースベンになど行きたくないような気分にさせる。

 ……自分で考えた作戦ではあるのだが、なんとも不確実なやり方だな。実際、アルベールの反応はよろしくない。苦笑しながら、首を左右に振る。


「申し訳ありませんが、社交界には嫌な思い出しかないものでして……僕のような粗忽者では、壁の花にすらなれません。場違いで珍妙な見世物のように扱われるのは、耐えがたい」


 どうやら、アルベールには社交界やパーティーに対するトラウマがあるようだ。その口ぶりには、ひどく苦い感情が混ざっている。おそらく、以前に出席したパーティーか何かで、からかわれたり馬鹿にされたりした経験があるのだろう。なにしろ彼はガレア王国唯一の男騎士だ。珍獣扱いをする馬鹿も、まあ出てくるだろう。


「……無理にとは言わない。でも、残念だな」


 舌打ちをこらえながら、余はアルベールに笑いかけた。彼を馬鹿にしたのは、どこのどいつだろうか? 貴様のせいで、余はひどく面倒な状況に陥っているぞ。まったくもって不愉快だ。


「そういえば、話は変わるが……リースベンの運営は、なんとかなりそうかな? ブロンダン家には、領地経営のノウハウはないだろう。領地経営というのは、なかなかに骨の折れる事業だ。内政に携わった経験のある気の利いた文官とか、欲しくはないかい? 手が足りていないようであれば、こちらで融通しても良いが」


 仕方がないので、方針をもとに戻すことにする。つまり、彼の勢力の中に王家の息のかかった人物を送り込むプランだ。幸いにも、プレヴォ家は宮廷貴族の家系だ。内政向けの人材など、ほとんどいないだろう。


「それに関しては、スオラハティ辺境伯様が手を回してくれました。代官経験者五名を含む、文官三十名の派遣。現状のリースベンの規模を考えれば、十分すぎる数です」


「……そうか、それは良かった」


 やはり、駄目か。余はため息を吐きたい気分になった。それはまあ、そうだろう。彼のバックに居るのは、国内屈指の領地貴族スオラハティ辺境伯だ。内政向けの人材を融通するなど、造作もない事だ。

 アルベールはもともと、リースベンの代官だったのだ。領地の運営に必要な人材は、すでにある程度揃っていたはず。そこへさらに文官三十名が追加されたわけだから……もはや、新たに部下を送り込む余地はない。

 

「主様。意見具申の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」


 そこへ、それまで無言を貫いていたプレヴォ卿が口を挟んでくる。少し驚いた様子のアルベールだったが、すぐに頷き返した。


「構わない、許可しよう」


「ありがとうございます、主様」


 真剣そのもの表情で一礼したプレヴォ卿は、ちらりと余の方を見る。


「確かに、現状のリースベンであれば、これだけの数の文官が居れば問題なく回る事でしょう。しかし、将来的なことを考えれば、文官はさらに増員しておいた方が良いのではないかと」


「将来的なことと言うと……」


「ミスリル鉱山です。戦略資源であるミスリルが産出されるのですから、自然と人は集まってくるはずです。今のリースベンには、都市を名乗れる街は一つしかありませんが……十年後、二十年後には、新たな都市がさらに増えているはず。そうなれば、現有の文官だけでは数がたりなくなるでしょう」


「……確かにそうだな」


 なるほど、見えてきたぞ。アルベールが何かを言う前に、余は深々と頷いて見せた。


「人材育成というものは、将来を見据えて行うものだ。人材の不足が顕在化してから募集を行うような泥縄式では、いろいろと問題がある。そうだな、プレヴォ子爵」


「ええ、その通りです。王太子殿下に人員を融通していただけるというのでありば、これほど心強い事はございません。この話、受けておくべきかと」


 ふむ、ふむ。そうくるか。よしよし。余は思わず安堵のため息を吐きそうになった。アルベールの家臣になったプレヴォ卿ではあるが、どうやら宰相らの門閥に下ったわけではないらしい。

 彼女は裏切り者、反逆者の汚名を着せられた人間だ。せっかく無罪放免になったのだから、またも王家に反旗を翻すような状況には陥りたくない。そう考えているのだろう。


「……」


 プレヴォ卿のほうをじっと見つめてみると、彼女はコクリと頷いて見せた。なるほど、やはりそうか。少なくとも当面の間は、彼女は余の味方だと考えても問題なさそうだ。


「確かにその通りだな。……それでは、殿下。お手間をおかけして申し訳ありませんが、文官の追加派遣をお願いしたく存じます」


 一方、アルベールはこの会話の裏に潜んでいる意図に気付いた様子はない。言葉を額面通りに受け取っている、そういう印象がある。……ううむ、どうやら彼は政治向きの人間ではないな。少なくとも、海千山千の重鎮貴族たちを手のひらの上で転がすような器量は持ち合わせていないように見える。やはり、彼自身は宰相らに操られているに過ぎないのだろうか?

 だとすれば……やはり、彼とは敵対したくないな。公人としても、そして私人としてもだ。好色貴族に人生をオモチャにされているだけの哀れな男を政治の都合で殺すなど……絶対に嫌だ。どうにかして、彼を保護してやりたいものだが……。

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