第16話 男騎士と悲しい現実
文句の付け所がない完璧な勝利を達成したというのに、大通りにはシンと静まり返っていた。参事たちも、そして見物していた通行人たちも、あっけに取られた様子で僕を見ている。
唯一の例外はソニアだ。彼女は拍手をしてから、僕からおれた木剣を受け取る。付き合いも長いのながら、まあこの辺は慣れたものだ。
「お疲れさまでした。相変わらず、素晴らしい腕前です」
しっかりヨイショもしてくれるんだから、本当にいい部下だよまったく。
「君らの指揮官として、まあこれくらいはね」
軽く手を振ってこたえてから、いまだ倒れたままのヴァルヴルガ氏のもとへ歩み寄る。未舗装の道路で転がりまくった結果、ギラギラと輝いていた鎖帷子はすっかり埃で汚れていた。清掃が大変そうだな、なんていう場違いな感想を覚える。
「大丈夫か?」
「し、死んではいないようです。まあ、獣人どもの生命力は尋常ではありませんからね。大丈夫でしょう」
立会人がドン引きしたような表情で僕を見つつ、説明する。その口調には、明らかに獣人に対する侮蔑の色があった。
まあガレア王国は竜人の国で、我が国と伝統的不仲なお隣の神聖帝国は獣人の国だからな。獣人に対して差別意識を持っている人間(主に竜人だが)は多いんだよ。
正直、只人の僕から見れば竜人も大概な生命力してるように見えるんだけどな……。
立会人がどうも信用ならないので、僕もヴァルブルガ氏の様子を確認する。脈拍も呼吸も問題ないようだ。頭も強打した様子はないし、大丈夫……かな?
「アル様が勝った証拠として、写真を撮っておきましょう」
スススと近づいてきたソニアが、背嚢からテッシュ箱くらいの大きさの木箱を取り出していった。その木箱には、大きなレンズがくっついている。
これは幻像機という魔道具で……まあ、いわゆるカメラだ。ソニアは写真撮影が趣味なのか、よくこのカメラを持ち歩いている。
「悪趣味じゃない? さすがにそれは……」
「首級を取るよりはよほど平和的です。では一枚」
ソニアは気にせず、倒れたままのヴァルヴルガ氏と僕にカメラを向け、ボタンを押す。前の世界のカメラと違い、シャッター音は鳴らなかった。どういう原理で動いてるんだろうな、あれ。ちょっと気になるが、カメラはびっくりするほど高価なのでとてもじゃないが分解しようという気は起きない。
とりあえず、撮影も終わったので仰向けに倒れているヴァルヴルガ氏の身体をなんとか横向きにして、回復体位を取らせた。死なれても困るしな。
「う、うわあ……鉄製の胸当てがひしゃげてる……」
そろそろと近寄ってきたランドン参事が言った。彼女の言うように、ヴァルヴルガ氏の胸当ての肩口の装甲は、戦闘用ハンマーが直撃したかのように完全にへこんでいる。
「そ、その……騎士様? 本当に木剣を使ったんですか? 実は鉄の芯とか入ってませんでした?」
完全にビビっているのか、ランドン参事の先ほどまでの蓮っ葉な口調は鳴りを潜め敬語になっている。
「ソニア」
「はっ! ……そら、確認しろ」
不正を疑われちゃたまらない、実物を見せてやることにした。半ばからへし折れた木剣を受け取った参事は、巻き付けられているフェルト布を剥がして見分を始めた。
「本当にただの木の棒……ですね?」
「アル様が卑怯な手段を使う必要がどこにある? あの程度の図体の大きいだけの輩など、アル様にとっては脅威にすらならん」
なぜかドヤ顔で語り始めるソニアだが、流石にそれは言い過ぎだ。だいたい、根本的に只人という種族は亜人の下位互換みたいなスペックしてるからな。普通なら、まともに勝負にならないんだよ。だからこそ貴族は亜人ばっかりな訳だけど……
じゃあどうしてこうもアッサリ勝てたのかというと、僕の剣術が初見殺しに特化しているからだ。最短で最大の攻撃を叩き込むことに特化している。さらに言えば、魔術の力もある。身体能力を底上げする魔術に、効果時間を短くして出力をアップする調整を施しているんだ。
この魔術が効果を発揮している三十秒の間だけは、僕は亜人の戦士に匹敵する筋力や速度を手に入れられる、という訳だ。身体能力で並べば、あとは技量勝負になる。
「いや、それは違うぞ。二回、三回と繰り返せば結果は変わってくるはずだ」
最初の一太刀に全身全霊を込めてるわけだからな、これを防がれると非常に厳しくなってくる。そうなれば、時間制限のあるこちらが圧倒的不利だ。特に実戦では慢心すればあっという間に戦死か捕虜にされてチンコ奴隷堕ちの二択だからな。油断はできない。
「また謙遜されて……」
ソニアは本気で呆れている様子だからたまらない。滅茶苦茶優秀だけど、なんか信頼が重いんだよな、この副官……。
「まあ、それはさておき」
話を逸らすべく、僕はわざと足音を立ててランドン参事に近寄る。そしてその肩を(彼女も竜人なので僕より背が高い。結構悔しい)、籠手に包まれた手でやや乱暴に叩いた。
「これで僕が騎士として、そしてこの地の代官として相応しいと認めてもらって結構だな?」
「うっ!?」
ランドン参事は顔を真っ青にして、ほかの参事たちに助けを求めるような視線を送った。最初は喧嘩腰だったくせに、ずいぶんと臆病だな。
こういう手合いを制御するためにも、やはり初手でこちらの戦闘力を誇示するのは有効な手だった。貴族の商売は舐められたら終わり、というのはこういうことだな。
「も、もちろん! いやいや、わたくしは最初からアルベール殿が素晴らしい騎士であることには気づいておりましたがね? 目の曇った者もいたものですな、ハハハ……」
「ぐっ! い、いやあ面目ない。ハハハ……」
ほかの参事に速攻で裏切られたランドン参事は、青筋を立てつつも頷いた。ここまで来たら、首は左右に振れないだろう。そんなことをすれば、約束を破ったことに怒った僕が暴れだしてもおかしくないからな。
実のところ、僕はもう暴れられなかったりするけどな。魔術を使って強引に身体能力を押し上げると、反動で凄い筋肉痛になるんだよ。今も全身がメチャ痛い。涼しい顔をしているが、これはやせ我慢だ。そういう訳で、暴れるならソニアに担当してもらうしかない。
「そういう訳で、我ら参事会は代官アルベール殿にご協力いたしましょう」
「よろしい。では、詳細を詰めよう」
自警団の強化や指揮系統の変更、行政機能の回復・維持など、参事会の協力をが必要な仕事はいくらでもあるからな。相手がビビり切っている今がチャンスだ、どんどんこっちに有利な条件をのんでもらおう。
「……ところで」
そこで、僕は視線を遠くに向けた。そこには、呆然とした表情で僕を見るリス獣人の少女が居た。あのヴァルヴルガ氏の腰ぎんちゃくだ。
「兄貴分……じゃないや、姉貴分がやられてショックなのはわかるがね、そろそろ彼女を介抱してやったらどうだ? 子分だろう?」
この国では差別されがちな獣人ということで、参事会の連中もヴァルヴルガ氏の手当てをしようとはしていない。僕たちも忙しいので、流石に彼女のほうまでは手が回らない。できれば、このリス獣人の子にヴァルヴルガ氏の処置を頼みたいのだが……
「治療費がないなら、僕が出そう。彼女には僕らの部隊で荷物持ちをやってもらう必要があるからな」
冗談めかした口調でそういって笑いかけ、リス獣人の子に近寄る。いや、本当にかわいいな。もとになった動物がリスだけあって、マスコット的な可愛さがある子だ。自然と表情も緩くなる。
「そ、そんな……」
しかし、リス獣人はそのままペタリとへたり込み、ひどくショックをうけた様子で呟く。
「嘘だ……まさか、男騎士がこんな……」
「……えっ?」
どういう意味だ? よくわからないので、周囲を見まわす。それを見たランドン参事が、それ見たことかと言わんばかりの口調で言った。
「そりゃあ、物語に出てくる男騎士と言えば麗しさと凛々しさを兼ね備えた人物と相場が決まっておりますから」
「その手の物語は読んだことがないが、まあそうかもな。で?」
おおむね、こちらの世界での男騎士の扱いやイメージは前世における女騎士に準じている。前世では女騎士もののエロゲもさんざんやったから、まあ理解できなくはない。
「しかし、現実の男騎士はサルのような奇声をあげつつ熊獣人を一撃で殴り倒すようなゴリラ……もとい、豪傑だった。……それはもう、ショックを受けるなという方がムリでしょう。子供の夢を壊してしまいましたな、アルベール殿」
……言いたいことは分かるが、理不尽すぎるだろ!!