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第158話 義妹騎士と重鎮辺境伯(1)

 私、カリーナ・ブロンダンは歓喜していた。お兄様とデート、デートである。嬉しくないはずがない。ロッテも同行するというのが若干気に食わないが、まああの娘は私の子分なので良しとする。お兄様と別れた私は、財布に全財産を詰め込んで古着屋に向かった。もちろん、出来る限りの洒落をしてお兄様にアピールするためだ。

 が、残念なことに古着屋には私の身体に合う服はまったく置いていなかった。牛獣人と竜人(ドラゴニュート)では体格にかなりの差があるから、仕方のないことだった。もちろん、今から新しい服を仕立てている時間などない。どうやら、デートには普段着で出向くほかないようだ。

 意気消沈しつつ帰宅した私は、その後悶々としつつ一夜を過ごした。翌日が楽しみ過ぎて眠れないなどというのは、初めての経験だった。

 そして、いよいよデート当日。早朝の鍛錬を急いで終わらせ、お兄様と(ついでにロッテも)一緒に家を出る。パレア大聖堂をはじめとした観光名所を巡り、お兄様にいろいろと解説してもらう。とてもとても楽しいひと時だった。


「……」


 問題が発生したのは、昼食時だった。なぜか、途中でスオラハティ辺境伯が合流したのだ。いや、なんでよ。おかしいでしょ。この人、大国・ガレア王国屈指の大貴族でしょ。そこら辺の路上で出会っていいような相手じゃないわよ。


「なるほど。ジルベルト氏は連隊長職を辞任しましたか」


「留任でも構わないのではないか、という意見もあったのだけどね。結局、処分が正式決定する前に、ジルベルトは自分から職を辞してしまった。彼女の件は、これでうやむやになりそうだ」


「まあ、重い処分が下らなかったのはありがたいですが……彼女ほどの人材が王軍から離れるのはなかなか痛い損失ですね」


 お兄様とスオラハティ辺境伯は、路上に設営されたテーブルを挟んで何やら難しい話をしている。いわゆる、オトナの話ってヤツ。当然、私とロッテは蚊帳の外。二人して、屋台で買ってきたガレット(そば粉クレープ)をモソモソと食べつつお茶を飲むくらいしかやることがない。


「……おっと、申し訳ない。せっかくの休暇に、野暮な話をしてしまったな」


 しかし、そこは人の良い辺境伯様。露骨につまらなそうな顔をしている私たちを見て、申し訳なさそうに会釈をした。……この人からあのソニアが生まれたなんて、正直信じがたいんだけど。容姿はともかく、性格は正反対じゃないの。


「い、いえっ、そんな……」


 とはいえ、相手は母様(ディーゼル家の方のね)より遥かに大きな領地を治める辺境伯様。あまり殊勝な顔をされると、逆に困ってしまう。私はカチコチになりながら首を左右にブンブンと振った。


「しかし、茶飲み話にふさわしい話題ではないのは確かだからな。この話は、ここまでにしようか」


 スオラハティ辺境伯はそう言って香草茶を口に運び、小さく笑った。その表情は、まるで想い人に焦がれる少女のよう。やっぱり、この人はどう見てもお兄様に恋してる。そうじゃなきゃ、お偉い大貴族様が下町の屋台街なんかに来るはずないもんね。

 私はまるで冷水を浴びせかけられたような気分になった。ライバルというには、あまりにも相手が大物過ぎる。辺境伯様と競り合って、お兄様をモノに出来る自身などない。

 いや、辺境伯だけじゃないわよね。その嫡子であるソニアに、アデライド宰相。さらにはガレアの王太子殿下までお兄様にコナをかけている。……メンツがヤバすぎる! そんな連中を差し置いて、お兄様と結婚する? 絶対にムリ!


「……」


 結局のところ、私がお兄様を手に入れられる可能性があったのは、リースベンの戦争のときだけだ。あそこで勝っていれば、捕虜にしたお兄様を私の婿にすること造作もなかったはずだ。しかし、残念なことにその機会は永遠に失われてしまった。

 現実的な思考をしてみる。今の私は実家を追い出された勘当娘で、ブロンダン家の養女。立場としては厳しいけれど、致命的なわけではない。騎士としてのキャリアを積めば、いずれ縁談も来るだろう。相手はおそらく、ブロンダン家と同格の騎士家や、お兄様とのコネが欲しい下級貴族の縁者だろう。

 私も貴族の一員として生まれたわけだから、そういう男たちがどういう連中なのかは知っている。まるで観賞用の花のような、美しくも儚い奴らだ。間違っても朝っぱらから奇声を上げつつ丸太を乱打したりしないし、戦場でフル武装の騎士を一刀両断したりもしない。


「今さら、無理よね」


 周囲に聞こえないように小さな声で、私はそう呟く。お兄様のことを諦めて、そんな軟弱な男と結婚する? 絶対にムリ。アルベール・ブロンダンという炎のように苛烈で海のように優しい男を知ってしまった以上、もはや温室育ちの男では刺激が足りない。満足できるはずがない。


「ロッテといったか。君はガレットは好きかな?」


「は、はいッス。安くて美味いもんで、ハハ」


「うん、実は私もそうだ。子供のころは、良く食べていたものだ。母に内緒で、こっそりとね」


 和気あいあいと会話する辺境伯を見て、私の頭は高速回転した。騎士道には、ミンネという概念がある。騎士は身分の高い男性(主に君主の夫だ)にも忠誠と奉仕をささげるべし、という考え方だ。

 そしてこのミンネは、騎士と君主の夫君の恋愛という面もあった。自分の夫が高潔で高名な騎士から愛をささげられるのは誉れである。その愛が(よこしま)なものでないのなら、たとえ妻であっても邪魔をするべきではない。騎士道はそう語っている。

 ……要するに、一種の愛人だ。私の勝機はそこにしかない。お兄様の妻となった偉い人に気に入られることで、夫を共有する許可をもらう、そういうルートだ。


「ふむ……」


 そうと決まれば、誰かの陣営に参加するしかないが……ソニアの下に付くのはダメだ。性格が苛烈すぎて、こんな提案なんかしたら絶対に殺される。宰相も論外。性格が破廉恥すぎる。なら、もう、この目の前にいる優しい大貴族様に頼るしかないのではなかろうか?

 幸いにも、取り入る隙はありそうだ。何しろ辺境伯様からすれば、実の娘が恋のライバルということになる。そして辺境伯は領主貴族だから、普段は自分の領地から離れられない。圧倒的に不利な状況だろう。そこがスオラハティ辺境伯の弱点だ。


「……」


 そうと決まれば、話は早い。私はこっそりロッテに目配せした。


『お兄様を辺境伯様から引き離して』


『なんで?』


『理由はあとで説明する。早く!』


 アイコンタクトである。訓練兵として苦楽を共にしている私たちは、言葉に出さずともある程度の意思疎通は可能だ。ロッテは嫌そうな顔をして、ため息を吐いた。


「……アニキィ、ちょっとトイレ行きたいんスけど、場所がわかんなくて」


「ええ……仕方ないなあ。辺境伯様、申し訳ありません。ちょっと、こいつを案内してきます」


「ン、いいよ。行っておいで」


 なんだかんだお上品なお兄様は、「ションベンなんか、その辺の裏路地でやってこい!」とは言わない。軽く苦笑して、椅子から立ち上がる。そして辺境伯様に一礼して、ロッテとともにどこかへ歩いて行った。

 良し! 私のような下っ端と辺境伯様が二人っきりになれる機会など、そうそう無い。説得を試みるなら、今しかないってコトだ。失敗すれば、私は辺境伯様から睨まれることになる。そうなれば、私の貴族としてのキャリアはいよいよお終いだ。緊張するわね。


「あの、辺境伯様……実は、お話しておきたいことがあるのですが」

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― 新着の感想 ―
[一言] アイコンタクトと言っておきながらテレパシーで草
[良い点] 主人公を諦めないのが良いヒロインの第一条件。 はっきり分かりますね。 辺境伯がこれを計算してカリーナに優しくしてたのなら凄すぎますね。
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