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第149話 くっころ男騎士とオレアン公の覚悟

 典型的な円形都市である王都は、同心円状に大通りが広がっている。上空から見れば、まるで輪切りにしたタマネギのように見えることだろう。オレアン公の提案を飲んだ僕たちは、本隊が展開している場所の隣の大通りへと移動し、その場で布陣した。予定では、第二連隊からの接触をここで待つことになっている。

 戦力としては第二連隊から寝返った騎兵が一個中隊、オレアン公の私兵が一個小隊、後は僕の護衛役の騎士が十名ほどだ。……僕の持ってる戦力が一番少ないので、少々不安だ。元第二連隊の騎兵たちはもちろん、オレアン公も味方とは言い難い相手だしな。



「なんだかこれ、すごく罠っぽくないですか? アル様」


 そんなことを囁くのは、僕の幼馴染件部下の騎士ジョゼットだった。フランセット殿下が僕の護衛としてつけてくれたのは、近衛騎士たちだ。近衛を貸してくれたのはありがたいが、しかし彼女らもいわば王家の私兵だ。正直、心の底から信用することはできない。

 いくら僕でも、身辺を信用できない味方だけで固められるのは不安すぎる。そこで、手近にいたジョゼットとカリーナを連れてくることにしたのだ。まあ、部下が二人増えただけでは正直気休めにしかならないが、それでも居ないよりは圧倒的にマシだ。


「罠だよ」


「ええ……」


 横で聞いていたカリーナがドン引きしたようなうめき声をあげた。彼女は全身鎧をまとい、立派な軍馬に跨っている。身長がやたらと低いことをのぞけば立派な騎士ぶりといっていい姿だったが、よく見ると手綱を握る手が震えている。……まあ、流石にビビるよな。僕だって内心結構怖いよ。


「まあでも、おそらく僕は大丈夫。問題は……」


 ちらりと視線を逸らした先に居るのは、オレアン公だ。彼女はピシリと背筋を伸ばし、自分の馬上槍の握り具合を確かめている。落ち着き払ったその態度は、陰険な策謀家というよりは老練なベテラン騎士という印象の方が強い。


「……」


 ジョゼットが無言で腰のホルスターに収まった拳銃をいじる。万一の事態が発生すれば、いつでも撃てる姿勢だ。彼女はオレアン公をひどく警戒している様子だった。……そりゃ、そうだよな。あの老人のせいで、僕たちは大切な仲間を失っている。不信感を抱くのも当然のことだ。


「……ちょっと、オレアン公と話をしてくる」


 そんなジョゼットを手で制し、僕は馬をオレアン公の方に向かわせた。


「……公爵閣下、一つお聞きしたいのですが」


「何だね」


 オレアン公の口調はひどくぶっきらぼうだった。


「この程度の()で、魚は釣れますかね」


「……やはり、気付いていたか」


 小さく息を吐いてから、オレアン公は馬上槍を従士に預けた。そして兜のバイザーをあけ、僕の方を一瞥する。なんとも不機嫌そうな表情だった。


「もし気付いていなければ、こんな危ない作戦に同行するような真似はしませんよ」


「それもそうだな」


 唸るような声で、オレアン公は答える。彼女がわざわざ味方主力から離れ、こんな危険な任務に志願した理由には見当がついていた。おそらく彼女は、自分自身と僕の身柄を餌にしてグーディメル侯爵を誘っているのだ。


「まあ、安心しろ。グーディメル侯爵は食いついてくるさ、必ずな……」


 どうやら、オレアン公にはグーディメル侯を誘引する自信があるようだ。その声には力があった。


「貴族としてのくらいは低くとも、貴様は辺境伯陣営の重鎮だ。侯爵としては、ぜひとも排除したい相手に違いない。……確かに、ヤツの本命は殿下かもしれんがね、殿下は近衛騎士団によって護衛されている。直接狙うのはなかなか難しい」


「強固な要塞を攻略する前に、周辺の小さな砦を潰しておく。そういう感覚ですか」


「男の癖に、ずいぶんと戦のやり方に詳しいな」


 皮肉げな様子でオレアン公はくつくつと笑った。


「そして、あのボンクラ侯爵の手勢は少ない。攻撃を仕掛けようと思えば、自ら出陣するしかないだろう」


「理屈はわかりますが、オレアン公自ら出陣する必要は……自分の首を餌にするなんて、危険ですよ」


「殿下に命じられずとも、あの痴れ者は確実に我が手で仕留めねば気が済まん。母娘仲は最悪だったが、それでもイザベルは私が腹を痛めて産んだ子だ……」


 そう言いながら、オレアン公は籠手に包まれた手を握ったり開いたりした。……彼女は娘のかたき討ちを望んでいる。そのために、殿下を誤魔化してまで自ら出陣したのだ。


「貴様こそ、そこまで理解していながら付き合ってくれるとは思わなかったぞ。貴様の言う通り、この作戦はなかなかに危険だ」


 まあ、自分自身をオトリにするわけだからな。そりゃ、危険だろう。僕たちの周囲に展開している騎兵隊も、信頼できるとは言い難い。場合によっては、僕たちをグーディメル侯爵に差し出す可能性すらある。


「グーディメル侯爵さえ討ってしまえば、この戦いは終わったも同然です。リスクを冒すだけの価値はある」


 ……僕の脳裏には、市民たちがクロスボウの一斉射撃に巻き込まれて死んでいく姿がこびりついていた。内乱が長引けば、あの悲劇は何度だって再現される。そんなことは容認できない。


「それに、僕が死んだところでこの国は揺らぎませんからね。僕の首一つで王都に平穏が戻るなら、それはそれで構いません」


「……勇敢だな。正直、驚いたよ」


「僕の命令により、多くの部下が死地へ飛び込んでいきました。それと同じように、必要であれば僕自身も死地へ飛び込んでいくべきでしょう。それが指揮官の義務というものです」


 そりゃ、わざわざ死にたいわけじゃないがな。でも、所詮は二度目の人生だ。一周目(・・・)の連中に比べれば、簡単に賭けられる程度の命だろう。三周目があるかどうかは知らんがね。


「……そういうわけにもいかん。貴様が私の巻き添えで死んだら、次代のオレアン公の立場がいよいよ不味くなるだろうからな」


 しかし、オレアン公は困った様子でそう呟いた。


「もし私がしくじったら、その時はわたしごと侯爵を討ってくれ。ヤツを取り逃がすよりは、そちらの方がよほど良い……いや、貴様にとってはそれが最善の結末か。はは」


 乾いた笑みを浮かべて、オレアン公は大きく息を吐く。これまでの自らの所業を思い出したのだろう。実際、オレアン公の策略のせいで僕は部下を失っている。そうそう許せる相手ではないのは確かだ。


「まあ、もし私が生き延びたのなら、この萎びた首は貴様にくれてやる。私に恨みはあるだろうが、今回だけは協力してほしい」


 ……思った以上に覚悟が決まってるな。どうも、オレアン公は勝敗に関係なくこの戦いを生き延びるつもりはないらしい。


「……殿下は、責任を問わないと言っていたように思いますが」


「年長者として忠告しておくが、私や殿下のような人間の言葉を、額面通りに受け取ってはいけない」


「なるほど、肝に銘じておきます」


 やっぱり、そういうことか。僕は強い酒を一気飲みしたいような気分になった。要するに、殿下はオレアン公に『自分のケツは自分で拭け』と暗に命令していたわけか。

 たしかに、実の娘であるイザベルが国王陛下に公然と反旗を翻したわけだからな。そりゃ、この老婆も今まで通り公爵家の当主を続けるわけにはいかないよな。自分の貴族としてのキャリアはこれでお終いなのだから、最後に一花咲かせよう……オレアン公は、そう考えているのだろう。


「……正直に言えば、貴方のことは嫌いです。言いたいことだって、たくさんあります。……しかし、命を懸けた戦いに挑もうとしている騎士に送るべき言葉はただ一つ。どうか、ご武運を」


 僕はそう言ってから、馬から降りてオレアン公に敬礼をした。彼女は無言で歯を食いしばり、天を仰いだ。


「……私はこれまで、幾度となく貴殿を侮辱してきた。しかし、それは完全な誤りだったようだな。すまなかった、ブロンダン卿。貴殿は本物の騎士だ」


 ……まさか、オレアン公に謝られるとはな。予想外過ぎて、絶句してしまった。そんな僕を見て、オレアン公はくすりと笑う。


「残念だ、本当に残念だよ、ブロンダン卿。もしも貴殿が私の臣下の子として生まれていたら、孫あたりと結婚させて囲い込んでいたのに」


「それは僕にとっても残念ですね。いい加減、身を固めたいんですが……男らしさが足りないせいか、いまだに相手が見つかりません」


 神聖帝国の元皇帝とか、軟派な王太子殿下とか、妙な相手からはよくコナをかけられるんだけどね。身の丈に合った現実的な相手が全然現れなくて困る。父上に、早く孫の顔を見せてやりたいんだが。


「……何を言っているんだ、ブロンダン卿。男らしさも何も、それは宰相と辺境伯が……」


「監視部隊より報告! 旗印を掲げていない不審な騎兵隊が、こちらにむけて急接近しています!」


 面食らった様子のオレアン公が何かを言おうとした瞬間、泡を食った様子の伝令兵が走り込んできた。オレアン公の表情が硬くなり、兜のバイザーを降ろした。


「旗印を掲げていない? 第二連隊の連中なら、連隊旗なり王家の旗なりを掲げているはずだ。つまり……」


「グーディメル侯爵、ですか」


「ああ。……さて、悪いが話はここまでだ、ブロンダン卿」

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― 新着の感想 ―
[一言] オレアン公は冗談だと思っているのでもし生き残ってもこの雑談の続きはしてくれないだろうな
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