第116話 増長中隊長と火力戦
あたし、エロディ・タレーランは高揚していた。貴族街の大通りを、あたしの中隊が一糸乱れぬ動きで行進している。世界で初めての、銃兵のみで編成されたライフル兵中隊。あたしの夢が結実した、世界最強の兵隊ども。その初陣だ。興奮するなという方が無理がある。
「中隊長、あれを」
中隊最先任下士官が、敵陣を指さした。そこには、道路を封鎖するような形で配置されたいくつもの馬車があった。その後ろには、敵兵が防御陣形を組んでいるようだ。
「あんなものでは、銃弾は防げませんぜ。向こうもライフルは使ってるって話なのに、そんなこともわからんのですかね」
馬車の中には高位貴族用の御立派なものも混ざっているが、初戦は馬車。木製の車体など、簡単に貫通できる。回転しながら飛翔するライフル弾の貫通力は、従来の球形弾より遥かに高い。
「男に指揮された部隊だぞ、まともな判断が出来るはずがないだろうが」
愛用の房飾りのついた兜の位置を直しつつ、あたしはにやりと笑った。
「確かに!」
最先任下士官はげらげらと笑う。あたしも同感だった。アルベール・ブロンダン、男の身でありながら騎士になった奇人。ライフルは、この男のお抱え錬金術師が発明した兵器だという。ライフルだけではない。信号砲やらなにやら、様々な便利で革新的な兵器の数々が、この錬金術師の名前で発表されていた。アルベールはそれを使い放題というわけだ、まったく羨ましい。
強力な武器のおかげで勝利しておきながら、それを自らの成果として喧伝する! まったく、ド汚い人間だ。あたしはあの男が心底気に入らない。
「しかし、指揮がマトモじゃないとしても、相手はあの精強で有名な辺境伯軍だ。油断はするんじゃねーぞ」
実際、大通りはひどい有様だった。まさに屍山血河というやつで、折り重なるように大量の戦死者が路上に倒れている。このすべてが、先ほどまでの戦いで死んでいった味方兵だ。地獄のような光景だったが、自然と戦意が沸いてくる。辺境伯軍の連中には、こいつらと同じ目にあってもらわにゃ我慢ができん。とくに、アルベールだ。屈辱的な方法で犯した後、とびっきり残虐に殺してやる。
「ええ、そりゃもちろん」
ケトルハットの具合を直しながら、最先任下士官は頷いた。軽口は叩いても、こいつらはあたしが選抜に選抜を重ねた精鋭兵だ。無様な戦いぶりなど、見せるはずもない。
しばらく行進し、敵陣までの距離が五〇〇メートルまで縮まると、私は「構え、銃!」と号令を出した。敵を狙い撃つにはやや遠いが、射撃隊形である横隊は一列が三十名に設定している。一度の射撃で三十発の銃弾が発射されるということだ。多少の不利は手数で補えると判断した。
敵の手札の中で一番怖いのは、大砲だ。どうやら敵は市街地でも使える小型砲と、それに対応した炸裂弾を装備しているらしい。まったく、おもちゃ箱かってくらいポンポン新兵器が出てくるのだから呆れるよ。しかし、大砲とはいえ射程はライフルと大差ない。遠距離戦なら、そう畏れることもないだろう。
「これより躍進射撃を開始する。撃ち方はじめ!」
号令に従い、前列部隊のライフルが一斉に火を噴いた。敵は馬車の後ろに隠れている。どうせ正確に狙い撃つのはムリなのだから、弾幕を叩きつけて士気を削ぐ作戦で行こう。
射撃の終わったライフル兵は、その場で装填を始める。銃口を真上に向け、火薬と弾頭を入れ、棒で押し込む……戦場でやるにはあまりにも悠長な作業だ。手慣れた兵士でも二〇秒はかかる。これは射撃場でやった場合の数字で、様々な悪条件や焦り、恐怖などが邪魔をしてくる戦場では、さらに装填にかかる時間は伸びる。
だから、装填中の兵士を追い越してさらに後列の兵士が前に出る。そして銃を構え、発砲。さらにその部隊を追い越して、新たな横隊が前に出る。そのころには、最初に発砲した部隊も装填を終えている。これを繰り返すことで、隙間なく弾幕を叩きつけ続けることができるのだ。
「……ッと!」
敵の大砲が射撃を開始した。砲弾が隊列近くの石畳に落ちると、大きな音を立てて破裂する。爆炎があたしの頬を撫でた。耳がキーンとなるような爆音に、思わず頭を振る。しかし、あたしの頬には自然と笑みが張り付いていた。砲撃を受けつつも、部下たちは整然と射撃を続けていたからだ。まったく、最高の兵隊どもだ。下手くそめ、どんどん撃ってくるがいいさ。
もう少しすると、別の大砲があたしたちの部隊に発射されるようになった。独特の飛翔音を立てながら、急角度で砲弾が落ちてくる。発射地点はここからは確認できない。どうやら、小型の臼砲(文字通り臼のような形状の大砲)のようだ。最初は肝をつぶしたが、どうやらこいつは臼砲の例にもれず命中精度がよくないらしい。まったく命中弾が出ないので、思わず鼻で笑ってしまった。
「ちっ!」
が、流石にいつまでも無傷とは行かない。敵の小型砲が隊列に直撃し、何人もの兵士が吹き飛んだ。なにしろ肩が触れるほどに密集した兵士たちのド真ん中で砲弾が炸裂するのだから、被害は尋常なものではない。思わず舌打ちが出た。
「補充急げ!」
後列の部隊から人員を出して、空いた穴を埋める。こうなることはわかっていたので、予備戦力は大量に引き連れていた。
「敵が撃ち始めました!」
報告されるまでもなく、あたしの耳にも敵の発砲音が聞こえてくる。火薬の燃える白煙が、大通りの両脇にある建物の窓から上がっていた。それも、二階や三階の窓だ。厄介な場所に銃兵を配置している。正面の敵からは発砲煙が上がっていないところを見ると、手持ちの銃兵はすべてそっちへ置いているのだろう。
ほとんど反射的に、そちらへ打ち返す味方兵がいた。射撃を統制する上では、決して褒められた行動ではない。あわてて下士官たちがそれを止める。
「……」
一瞬、考え込んだ。正面の敵と左右の銃兵、どちらを先に対処するべきだろうか? ……正面の敵だ。なにしろ、銃兵の方は発砲の直前まで屋内に隠れている。むやみやたらに応射しても、大した効果は無いはずだ。その上、ここは貴族街。とうぜん、敵が潜んでいる建物も貴族の屋敷だ。こちらの反撃が原因で、建物内に残っていた住民や高価な調度品を傷つけてしまったら……たぶん面倒なことになる。効果の薄い攻撃で、そこまでのリスクは冒せない。
結論としては、さっさと正面の白兵部隊を片付け、銃兵の方は各個撃破を狙うことにした。屋内戦闘になりそうだから、後詰の別部隊に任せた方が良いな。わざわざ銃兵同士が狭い場所で戦うことはない。
今、我々がやることは敵正面の突破を図り、後方の味方のために道を作ってやることだ。精強な辺境伯の騎士たちも、こうして距離をとって射撃を加えれば反撃すらできずに耐えることしかできなくなる。殲滅は容易だろう。
「前進止め! 停止!」
そこで、あたしは部隊の停止させた。ここにいる部隊は下馬した騎兵隊だというから、使っているのは銃身の短い騎兵銃だろう。こちらの歩兵銃に比べれば射程は短いはずだから、この距離を維持して戦えばこちらが有利なはずだ。……できれば、部隊を後退させたいくらいだけどな。でも、敵の射撃を受けつつ部隊を反転させるような真似をすれば、それこそ敗北必至だ。多少銃撃されるくらいは我慢しよう。
「……くそ」
そう思って、戦闘を続行したのが間違いだったかもしれない。時間が経つごとに敵の射撃は精密になり、こちらの兵士はみるみる減っていく。胴体は魔装甲冑で守っているため少々撃たれたところで大した問題はない。しかし、無防備な手や足を撃ち抜かれ、どんどん倒れていくのだ。手足を失ったからといって、強靭な竜人は即死したりしない。部下たちが苦悶のうめき声を上げながら地面の上でもだえ苦しむ姿は、あたしをひどく嫌な気分にさせた。
密集陣形でライフル兵同士が打ちあえば、大きな被害が出る。そんなことは、最初から分かっていた。しかし、被害が出る前に敵を殲滅してしまえば、問題ない。ライフル兵中隊の攻撃力なら、それが可能なはずだった。計算上ではそうだった、はずなのに……。
「隊長、そろそろ突撃した方が良いのでは」
さすがに不安そうな様子で、最先任下士官が聞いてくる。……彼女の言うことはもっともだ。これ以上部隊の数を減らされたら、たまったものではない。壊乱する前に、突撃に移るべきだ。
しかし、あたしはその判断が下せなかった。敵の前衛部隊は、相変わらず馬車の後ろに隠れてこちらの攻撃に耐えている。……そう、馬車が邪魔で敵の被害状況がわからないんだ。もしかしたら、結構な数の敵が生き残っているかもしれない。銃剣(これもアルベールの錬金術師が開発した兵器らしい)を小銃に着剣すれば、銃兵でもそれなりの白兵戦能力があるが……それでも本職の槍兵には敵わない。
突撃に移るのは、十分に敵が減ってからだ。そうしないと、反撃でこちらがやられる。ここに至って、やっとあたしはアルベールの狙いに気付いた。この馬車群は、弾避けのために置いているのではない。自軍の部隊を隠すための、目くらましだ。しゃらくさい手を使いやがる……!
「突撃しましょう、隊長! 手遅れになります!」
緊迫した表情で、下士官が叫んだ時だった。空から、あの甲高い飛翔音が聞こえてきて――




