第111話 くっころ男騎士と大通り防衛作戦(4)
騎兵突撃が来る。敵がそういうカードを切ってくるのはわかっていた。小回りが利き、機動性も高い騎兵は案外市街地戦に向いた兵科といえる。おまけに、この世界の騎兵は銃弾すら弾く甲冑で全身を固めてるわけだからな。それが集団になって猛スピードで突っ込んでくるわけだから、非常に恐ろしい。
「砲兵隊、榴散弾を準備! 地上のライフル隊はクロスボウ持ちを集中砲火だ!」
これに加えて、後方から浸透してきた遊撃部隊も対処しなくてはならないのだから忙しい事この上ない。正面の敵と後方の敵は別々に攻撃してきているわけだから、実質的に二か所の戦場を同時に指揮しなくてはならないようなものだ。いまはとにかく、遊撃部隊の方を早く排除して後方の安全を取り戻したいのだが……。
「報告! 避難民どもが攻撃を仕掛けてきました! 現在第七分隊が応戦しています!」
「……第一分隊、応援に行ってやれやれ!」
やっぱりこうなるよな。そりゃ、敵の刺客が連れてきた集団が本物の避難民なワケないようなあ! 敵の指揮官の顔が見てみたいもんだね、そうとう底意地の悪いヤツだ。ただでさえ薄い後衛から戦力を抽出するのは気分がよくないが、仕方がない。万一にでも後方に穴を開けられれば、迂回してきた敵部隊がそこから突入してくる可能性もある。
心の中でぼやいていると、突然何かの破裂音が聞こえてきた。また敵が何か仕掛けてきたのかと焦ったが、よく見ると緑色の信号弾が空中でフワフワと舞っている。こちらが打ち上げたものではない。
「宰相閣下のお屋敷の制圧が終わったか……!」
緑色信号弾は、迫撃砲部隊の砲撃準備が完了したときに打ち上げるよう命じていた。アデライド邸の制圧が完了し、観測・砲撃態勢の確立に成功したのだろう。屋敷のほうに目を向けると、その周囲の建物から頭一つ抜けた高さの屋根の上で信号員が手旗を振っている。『イツデモウテマス』……いつでも撃てます、か。
「ナイスタイミングね」
明らかにほっとした表情で、カリーナが呟いた。彼女は腰に下げた剣の柄を両手でぎゅっと握り締めていた。震えを隠しているのだろう。ちなみに、彼女にはまだ銃を与えていない。射撃訓練もしてないヤツにいきなり銃なんか渡したら、見方を誤射しかねないからな。護身用の剣が一振りあれば十分だ。
「迫撃砲って、よくわかんないんだけど大砲の一種なんでしょ? 撃ち込みまくって、相手の騎兵を滅茶苦茶にしてやれば……」
「……駄目だ! まだ撃つな。信号員、しばらく待機するよう伝えてくれ」
近くに居た信号員に命じると、彼女は両手の手旗を振って向こうに命令を伝え始めた。無線通信に慣れた僕からすればまどろっこしく感じずにはいられない通信手段だが、この世界で声の届かない距離の相手に正確な意思疎通をしようと思えば、手旗信号に頼らざるを得ない。
「えっ!? どうして……」
「迫撃砲は騎兵突撃の阻止には絶望的に向いてない! 効果の薄い攻撃を仕掛けて、こちらの攻撃手段を向こうに悟られちゃ損だ」
迫撃砲というのは、打ち上げ花火の発射機をそのまま兵器転用したような見た目の大砲だ。小型で軽便、それでいて火力も高い。歩兵からすれば実の親よりも頼りになる素晴らしい兵器だが、この大砲は砲弾が極端な放物線を描いて着弾するという特性があった。
街中で使うぶんには、この特性がかえって便利なのだが……やはり、弾がまっすぐ飛ぶタイプの大砲に比べれば命中精度は低い。突撃を開始した騎兵のような高速移動目標を狙ったところで、ほぼ命中は見込めないだろう。もちろん、牽制程度にはなるだろうが……それでも、僕は今砲撃支援は要請するべきではないという結論を出した。
「大丈夫だ。敵が本命攻撃として騎兵突撃を狙ってくるなんてことは、最初から読んでるんだよ。一回二回程度の攻撃なんか……おっと!」
そんなことを語っていると、クロスボウの矢弾が渇いた風切り音とともに飛んできた。慌てて籠手で防御する。甲高い音を立てて、矢弾がはじき返される。装甲は貫通されなかったものの、衝撃は尋常なものではなかった。危うく転倒しかけ、なんとか持ちこたえた。気付けば腕全体がビリビリとしびれ、指先の感覚はなくなっている。着込んでいるのが魔装甲冑じゃなきゃ、腕を持っていかれてたかもしれんな。
「敵にも腕のいい射手が居るようだ」
笑い飛ばすような口調で、僕は言う。実際はションベン漏らしそうなほどびっくりしたし今もかなりドキドキしているが、それを表には出さない。指揮官の動揺は兵に伝染する。どんな状況であれ、僕は余裕を装う義務がある。
「ッ!? 大丈夫ですか!?」
フィオレンツァ司教が泡を食って僕の前に出ようとする。見たこともないような狼狽っぷりだった。僕はあわててそれを押しとどめる。鎖帷子を着込んでいるとはいえ、彼女は兜も被ってないんだからな。集中砲火をされたらあっという間に死んでしまう。
「大丈夫ですよ、慣れてますから。ですから、あなたは前には出ないでください。僕のことを盾にしていただいても結構です」
「いけません、いけませんよ! アルベールさん。あなたはこんなところで死んでいい方では……」
「死んでも民間人を守るのが、軍人の誇りですので」
そういえば、前世でも戦場カメラマンを守りながらドンパチしたこともあったな。僕はそれを思い出して少し笑った。僕はまた、同じような人生を過ごしている。一度死んだというのに一向に治る気配がないのだから、この病気は根が深い。
「さっさとクロスボウを持ってる連中を仕留めろ!」
露骨に焦った様子でジョゼットが叫び、自らも小銃を撃ちまくった。集中射撃を浴びて、敵兵がバタバタと倒れる。そこへ、前線の方からワッと大きな声が聞こえてきた。馬の蹄の音が、いよいよ大きくなっている。とうとう突撃が始まったらしい。
「ジョゼット、ここは任せた! 僕は砲兵のところへ行く」
「了解!」
騎兵突撃阻止の要は砲兵だ。しかし彼女らは先日訓練を開始したばかり。もちろん、この部隊に所属している砲兵は、以前から大砲を扱っている人材を集めて編成されている。砲兵をイチから教育してたら、モノになるまでに丸一年はかかるからな。
しかし、今回彼女らが扱っている砲弾は、この世界ではおそらくはじめて実戦投入される代物だ。失敗のリスクは十分にある。ここで負けるわけにはいかないので、僕が直接指揮を執ることにした。最低限の護衛と、カリーナにフィオレンツァ司教。そして司教のお供の修道女たちを引き連れ、砲兵たちの元を訪れる。
「榴散弾、装填は終わってるな? 装薬と信管はどういう設定だ」
「装薬は薬嚢ひとつ、信管は・五で切りました、女爵殿」
答えたのは、胴鎧だけ着込んだ若い士官だった。硝煙で薄汚れているが、背筋はピンとしている。
「今日から城伯だよ、僕は。……薬嚢ひとつに・五ね、了解了解」
僕は頷きながら、敵を睨んだ。前衛部隊の隊列の隙間から、こちらにむけて突進してくる騎兵隊の姿が見えた。さすがガレア王国の最精鋭部隊だけあって、馬まで甲冑を着込んでいる。おそらくあれも魔装甲冑だな。
こちらの部隊は身を寄せ合い、槍や剣を突き出している。本来、対騎兵陣形というのは長槍を持った歩兵が担当するものだ。短い手槍や剣しか持ち合わせない下馬騎士で騎馬突撃を凌ぐのは、なかなか辛いものがある。それを補うのが銃・砲による火力だ。
「引き付けろよ、ギリギリを狙え……」
猛烈な轟音を立てつつ接近する騎兵たちを見て、砲手の手が動きかける。僕はそれを制止した。榴散弾の運用は、タイミングが肝心だ。榴弾と違い、この砲弾には発砲後指定した時間で砲弾内の炸薬を起爆させるタイプの信管、時限式信管が採用されている(とはいっても、導火線を用いた非常に原始的な方式を用いているためそこまでの精密性・確実性はないのだが)。
つまり、逆に言えば敵の眼前で炸裂させてやらないとこの砲弾は十分な効果を発揮しないということだ。運用には非常に気を遣う。敵が十分接近するのをジリジリした気持ちで待ち、敵までの距離が二百メートルまで縮まったところで僕はいよいよ叫んだ。
「撃てっ!」
三門の騎兵砲が同時に火を噴いた。わざと発射薬を少なく設定し、遅いスピードで発射された砲弾が放物線を描いて前線部隊の頭上を通過していく。そして殺到する騎兵たちの目の前で弾け飛んだ。内部に仕込まれた導火線が、炸薬に火をつけたのだ。
砲弾内に格納されていた無数の散弾が炸薬の力で射出され、敵騎兵隊に襲い掛かった。銃弾を弾き飛ばす魔装甲冑も、無数の散弾の嵐を防ぐのは不可能だ。騎兵たちは愛馬ごと吹き飛び、全身が文字通りバラバラになる。小口径とはいえ、榴散弾の危害範囲はかなり広い。まるで鉄の暴風を浴びたような有様になって、敵の前衛はなぎ倒された。さしもの精鋭騎兵隊にも動揺が走る。
「銃兵隊、打ち方はじめ!」
そこへ、さらにカービン兵たちの十字砲火が襲い掛かった。魔装甲冑によって弾かれてしまった銃弾も多いが、榴散弾を受けた直後ということもあり騎兵隊の隊列は完全に乱れてしまう。連続した轟音に怯えた馬が暴れだし、落馬してしまう騎兵も少なくなかった。
「催涙弾だ!」
敵の突撃隊形は完全に乱れていたが、それでも敵はあきらめずこちらの隊列に突っ込んでいった。その直前で、後列部隊が催涙弾を投げつける。刺激性の煙幕に巻かれ、人間や馬の叫び声があちこちらか聞こえてきた。煙幕を突破してこちらの隊列に突っ込んできた騎兵も多いが、涙と鼻水で戦うどころではないだろう。馬のほうは、もっとひどい。目鼻の痛みに完全に混乱し、暴走状態になってしまう馬が大勢いた。
「この機を逃すな、前進開始!」
そこへ、トウコ氏に率いられた前列部隊が襲い掛かる。敵は大混乱だ。これならば、勝てるだろう。そう安心した時だった。
「城伯殿、敵です!」
先ほどの砲兵士官が叫んだ。彼女の指さす方を見ると、すぐ近くの路地から新手の部隊がこちらに向けて突撃してきている。先ほどとは別口の遊撃部隊のようだ。決して数は多くなかったが……不味い。そう直感した。前衛部隊は乱戦中、後衛部隊は先ほどの遊撃部隊とまだ戦闘中だ。砲兵隊を配置している中衛には、ほとんど戦力が……。