第102話 くっころ男騎士と相談
近衛騎士団の活躍により、反乱部隊は次期オレアン公イザベルと共に直ちに謁見の間から蹴りだされた。なにしろ我が国の最精鋭部隊だからな、ほれぼれするような手際だった。
しかし、これで事件は解決……というわけにはいかなかった。アデライド宰相の懸念通り、王軍の一部の部隊がイザベルに呼応し決起したのだ。王城は一瞬にして戦場へと変貌していた。
「まったく、国王陛下に弓引く愚か者がわが軍にこれほど居たとは。嘆かわしいを通り越して情けない」
そういって深いため息をつくのは、さきほど僕に話しかけてきた近衛騎士だった。近衛騎士団長、クロティルド・デュラン。国王陛下の身辺警護の総責任者だった。
「オレアン公は、余の従妹だ。王軍の整備にも、随分と協力してくれた。……そのしっぺ返しが、こんな形で現れるとはな」
深い苦悩を表情に刻みながら、国王陛下が首を左右に振った。安全が確保された場所は、この謁見の間のみ。現状では、陛下の避難すらままならない状況だった。
「とにかく、この騒動を早く収めねばならない。協力してくれるか、スオラハティ卿、ブロンダン卿」
「もちろん最初からそのつもりでございます、陛下」
スオラハティ辺境伯の言葉に、僕は同調して頷いた。内紛なんてものは、初動で潰しておかないと長々続いてしまうものだからな。さっさと何とかしないと亡国の危機だ。
「アル、作戦の説明を」
「はい」
促されて、陛下に一礼する。予定通り、辺境伯は僕に指揮を任せてくれるようだ。まったく、器がデカいというか、なんというか……。彼女の顔に泥を塗らないよう、せいぜい頑張ってみることにしよう。
「まずは、王城の解放。当然、これには我々も近衛騎士団の指揮下で戦います」
「そうしてくれると助かる」
近衛団長が頷いた。王城は近衛騎士団のホームだからな、彼女らと一緒に戦った方が圧倒的に効率的だ。それに、いくら王城が広いとは言っても所詮は屋内。下手に指揮系統を分けると、同士討ちということもありうる。
「敵は衛兵が主体。装備・練度の差が大きい以上、問題なく鎮圧は出来るでしょう。問題は……」
「王都付近に駐留している王軍だな。これらの部隊の中にも、オレアン公寄りの指揮官は少なくない」
腕を組みながら、アデライド宰相が唸った。事前にある程度事情は聴いてたけど、やっぱりヤバいな王軍。どれだけオレアン公に浸食されてるんだよ。結構前からクーデターの計画を進めてたのかね? その割に、反乱の始め方がお粗末だったが……。
「陛下の警護が主任務の近衛騎士団を王城の外へ出すわけにはまいりません。よって、これらの部隊の鎮圧は我々が担当します」
「我々、ね」
国王陛下が苦笑した。
「君は一応、余の騎士のはずだがな」
「……」
そう言われればそうだな。辺境伯や宰相の下でずっと働いてるから、どうもそういう意識が薄いというか……失言だな、こいつは。ちょっと困ったぞ。
「まあいい、事情は知っている。続けなさい」
「……はい」
冷や汗をかきながら、僕は頷いた。
「スオラハティ辺境伯の騎兵中隊を中核にして、王軍の信用できる部隊をいくつかお借りして戦闘団を作ります。お借りする部隊については、すでにピックアップして指揮官にも話を通してあります」
僕の言葉に、アデライド宰相が頷いた。オレアン公派ほどの数ではないが、宰相派の指揮官も王軍にはそれなりに居る。
「敵がどれほどの数なのかはわかりませんが、兵力でこちらが優越しているようなら、反乱部隊を市外へ押し出します。そしてこちらが劣っているようであれば、戦術を遅滞に変更。王軍の再編成までの時間を稼ぎます」
「できれば前者であってもらいたいものだ。オレアン公国から王都まで、わずか三日。オレアン公軍の到着まで、大した猶予はないぞ」
国王陛下が厳しい表情で言った。オレアン公と従妹というだけあって陛下もそれなりの歳になるが、その軍事センスにはいささかの衰えもないようだ。
「この戦いは、実質的に王家の内紛のようなものだ。王都で攻城戦など起こせば、民にどれだけの被害がでるか……このような下らぬ権力争いで、民衆に迷惑をかけるわけにはいかん」
それはその通りだ。僕は深く頷いた。ディーゼル伯爵との戦争と違い、この戦いでは時間が敵になる。ダラダラと自体が長引けば、不利になるのはこちらの方だ。
「もちろん、準備が終わり次第他の部隊にも出撃を命じるつもりだ。しかし、敵は昨日まで友軍だった部隊だ。なかなか本気で戦うのは難しいはず……アルベール卿、難しい注文であることは理解しているが……頼りになるのは君たちの部隊だけだ。どうか、可及的速やかに反乱軍を鎮圧してくれ」
「お任せを、国王陛下」
僕が深々と頭を下げた時だった。派手な音を立てて、謁見の間の正面扉が開く。近衛騎士たちが殺気立ったが、室内に飛び込んできたヤツを見て僕は思わず破顔した。
見覚えのある、小柄な全身鎧姿の少女。ブロンダン家の家紋である青薔薇の紋章入りのサーコートを羽織り、背中にはロープでグルグル巻きにした甲冑一式を背負っている。その後ろには、ジョゼットの姿もあった。
「お兄様、お待たせ!」
兜のバイザーを開き、カリーナがにっこり笑った。僕は片手をあげてそれに応える。彼女が持ってきてくれたのは、僕の甲冑や武装の一式だ。何しろ今の僕は礼服姿で、短剣の一本も携行していない。こんな状態で戦場に出るのはご免だからな。装備を持ってくるよう頼んでいたわけだ。
「とはいえ、まずは王城から敵を一掃しなければ。近衛団長殿、ご指示をお願いします」
「よろしい、君たちの戦列への参加を認めよう。男だからといって気兼ねはしない。コキ使ってやるから、せいぜい覚悟しておけ」
ニヤリと笑って、近衛団長は頷いた。




