【B視点】はみはみ◆
「そんじゃ。お待たせ」
「ああ」
あいつの頬に手を添える。
まだ不慣れだから正直心臓はばっくばくだけど、前回の経験があるから頭真っ白ってほどじゃない。
ほふく前進程度だけど進んではいる。
キスひとつするのにも、情事中であればじらすってのは大事みたい。
あたしにんなテクニックはないけどね。
たまにマニュアルより、気持ちに従ったほうがいいときもあるのだ。
なので、あたしはまったく手順にないことをした。
「…………」
あいつがきょとんとした顔で、顎を引く。
それもそのはず、あたしは額に唇を落としたからだ。
そーいやここはなかったよなーと、単なる思いつきで。
「さっきのお返し」
ちょっと声が上ずってしまった。
むう、唇以外のとこにするってのもけっこう恥ずかしい。
「それはどうも」
額を撫でて、うつむきがちにあいつからも返ってきた。
……いやいや。こんなことしてる場合じゃないでしょう。
あたしからペース握るようになってから、まだカップルのおたわむれレベルでしかいちゃついてないんだけど。
さっき塞ぎたいって申し出たのはどこのどいつだ、まったくー。
これはビビってるわけじゃない。決して。ムードを高めるためであって。
ないから。ないっての。
「そろそろ、欲しいかな」
ついにあいつから言われてしまった。
未だ恥ずかしがってることを見抜かれたみたいで、ぐぬぬと片方の手でシーツを握りしめてしまう。
「そんな顔をするな」
気が立ってる子をなだめるみたいに、背中をぽんぽん叩かれる。
奇しくも、ふだん絶対にしない穏やかな微笑みを浮かべて。
「急かしたのは謝る。満足させてほしいと言ったことで、プレッシャーになってることも」
う、内心その言葉が引っかかってたのは事実だ。
失敗が怖い若者の性分のせいで。
「いえいえいえ。むしろモチベばりばりですよ」
なんて聞こえの良い言葉放ったけど、引きつった顔は取り繕えない。
がちがちに緊張しているのは見え見えなわけで。
「だ、だけど。満足するというのは上達の意味合いよりも。むしろ」
一生懸命してくれることが、一番かわいいと思うから。
なんて言われたかを理解するのに、あたしは数秒ほど固まった。
三点リーダがのろのろと、右から左へホワイトアウトした脳内を流れていく。
ふだん絶対しない顔で絶対言わない台詞吐かれたら、そりゃそうなる。
口元がぷるぷる、べつの生き物みたいにわななくのを感じた。
胸がいっぱいいっぱいになって、喉が潰れたように息が詰まって、なかなか声にならない。
もつれる舌に鞭打って、なんとか人の言葉に出す。
「そう。じゃあ、」
存分に受け取りなさいな。
せり上がりかけた言葉を今度こそ塞ぐべく、踏ん切りがついたあたしはやっと唇を重ねた。
「…………」
あんだけ前フリ長かったのにいきなりやっちゃったけど、あいつはすんなり順応した。
こないだみたいにすっとまぶたを閉じて、腰に手を回して。
今日は手ぶらじゃない。ちゃんと頭に叩き込んできた。
まずは触れる程度からということで、ただくっついてるだけの口づけを。
頬の燃え広がりはどうしようもないけど、とにかく、焦らないこと。
伝わる柔らかさとぬくもりを受け止めて、少しづつ熱情を高めていく。
これまではいっぱいいっぱいで気づかなかったけど、ゼロの距離にいるんだからやっと鼓動を感じ取れるようになってきた。目の前で重ねている人の。
意外と刻むリズムは速い。
涼しい顔をしているけど、やっぱ心の内はどきどきしてるんだ。へえ。
ってことは、ドラマー絶好調にあるあたしの心音なんて響きまくってるだろうなあ。
それで却って平静を保ってるとか、と考えるとなんか悔しい。
たとえば映画で泣きそうなときに隣で大号泣してる人とかいたら、ぴたっと涙が引っ込むもんだけどさ。
「…………」
30秒くらい経って、次の段階を思い返す。
えっと、唇でやさしく甘噛み、だっけ?
たぶん、言いたいことは歯じゃないとは思うけど。
だとすると、もしや。唇ではさめってことかい?
うう、この時点でハードル高いわ。はみはみとか。
やってて恥ずかしくないんか世のカップルさんはよ。
でもやるしかない。練習のうちと思えば。何事も挑戦。
一生分の恥ずかしい感情は今のうちに使い切っておこう。




