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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
番外編②

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【B視点】君の誕生日③

「準備ができたら、来て」

 そんな台詞を涼しい顔で言ってのけるから、かっとあたしに対抗心の火が燃えてくる。

 なんだなんだ、いつもちょっと口説いたら顔真っ赤にしてるくせに。攻守交代したら調子に乗って。


 すっかり乗せられていた(物理的にも)あたしはむっと頬を膨らませて、あいつの頬を痛くない程度に引っ張る。

 そうされてもキス待ちの顔は揺らがない。

 ただ目を薄く閉じて、あたしから与えられるのを待っている。


「じゃ、もっかい行くよ」

「どうぞ」


 恥ずかしさの極みにいるあたしは完全に声が震えてて、どんなリアクションを取っても吠える犬にしか過ぎない事実を突きつけられる。


 満足するまでキスする以外に、何もできないのだ。

 よく考えれば要求に応えてるんだからそれが普通なんだけど、今は逃げ場のない檻に放り込まれたような心境に陥っていく。


 後で覚えてなさい。


 唇を引き結んで、今度は勢いよく顔を寄せた。

 口唇に吸い付いて、強引に奪う。


「…………」


 ただ口をくっつけてるだけなのに、なんで吸っても吸っても肺に取り込んでる気がしないんだろう。


 あんたは苦しくないの? エラ呼吸なの?

 そう思うくらいに苦しい素振りを一切見せないあいつに、妙な悔しさが募っていく。


 押し当てた唇は熱くて、求める熱意に焦がされていくようで。

 今度も20秒もいかないうちに音を上げて、あたしはたまらず唇を離した。


 ぜえぜえとキス直後とは思えないような荒い息を漏らすあたしに、あいつは重ねた指をほどいて頭に手を置いた。


 少し力強く髪の毛を掻き撫でる。子供をあやすみたいに。

 ある意味、仕返しなんかな。これ。子供扱いしたから。


「……あとどんくらいですか」

 息も絶え絶えに問うあたしに、『もう少しだから頑張れ』と優しく声が掛けられる。

 何をどうがんばりゃいいのよ。


「力みすぎない。肩の力を抜く」

 アドバイスみたいなものをしてくれたけど、そもそも力の抜き方がわかんないんですわ。

 体はとっくにコントロールが効かなくなっていて、水面からかろうじて顔を出しているかのような浅い呼吸しかままならない。


 耐性なさすぎというかクソザコ体にも程がないか、あたし。

 キスだけでへばっていることに情けなくなって、わずかなプライドに火がついていく。


 しゃーない。技巧は経験で培うんだ。

 今はあいつの言う通り触れるだけでいこう。


 今もなだめるようになでなでしてくるあいつに、がんばる、とつぶやく。

 ん、と頭に乗った手が離れて、背中に回された。


 あくまで、ソフトに。

 狙いを定めて、今度はそっと触れた。


「んっ」

 直後、後頭部があいつの手によって固定される。

 逃さないとでも言うかのように。


 力強く大きい手のひらが、ぐわっと頭をひっつかむ。

 ってほど力は込められてないけど、抑え込まれているのは事実で。


「ん、んん……っ」

 あたしは口唇を無意識に挟んで、意味もなく頭を振る。

 力は抜いていたけど、後頭部は、だめだ。


 弱いところをしっかり押さえられて、むず痒さというか処理しきれない気持ちよさというか。

 なんかそういうドーパミンみたいなのが、ぶわーっと内側から湧き上がってくる。


 でも、逃げられない。いくらもがいても、びくともしない。

 いつまで耐えてればいいのかわけも分からず、あたしは口を塞がれてるから目で訴えるようにまぶたを開く。


 そして、射抜かれた。


 いつからか。あいつの瞳はまっすぐにあたしを見ていた。

 いつかの試合で目にしたような、獲物を捉える据わった眼差しで。


「ふ…………」

 ああ、これは、敵わないわ。


 心の奥底まで見透かすような視線に、一気に力が抜けていく。

 脳髄が痺れていくのを感じた。


 そのままだらりと、あたしは限界を迎えてしなだれかかった。


 それからしばらくは、腰が抜けて立てなかった。

 介護されるご老人のごとくあいつに抱えられて、ベッドへと寝かせられる。



「も、申し訳ない。いくら恋人だからって、調子に乗りすぎた」

 我に返ったあいつからはそう何度もぺこぺこ謝られたけど、求めに応じられなかったのだから悪いのはあたしだ。

 まさかこの程度でへばるとか笑えてくる。


「別にいいよ。それより」

 あたしは手をのばす。

 あいつの服端をつまんで、次は満足させてみせるから、と囁いた。


「……いつでも待ってる」

 あいつは差し出した手を力強く握って、いったん部屋を後にした。


 腰砕けにさせたお詫びも兼ねて、今日は一晩付きそうとのこと。

 なので荷物を取りに家に一度戻るみたい。



 静寂が訪れて、あたしは感触の残る唇をそっと手で覆った。


 いつものキスとは、違う。


 恋人のスキンシップの延長みたいな、ほんわかしたくっつき合いじゃなくて、もっと、深いところまで誘うみたいな求め方で。


 とろかされて、頭が変になっていくのを感じていた。でも、嫌じゃなかった。

 なんだろう、これ。


 まもなく季節がめぐり、冬へと移ろいで行く。

 あたしたちの関係も、少しづつ変化が訪れて。


 その日はたぶん、そんなに遠くないのかもしれない。

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