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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
番外編②

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【B視点】君の誕生日

・sideB


 あたしは帰路についていた。

 時刻はまもなく午後3時。ちょうど陽がかたむき始めて、影が濃くなってきたころだ。

 もう11月も末だから晴れても15℃ちょいの日が増えてきたけど、まだ日差しの暖かさは感じ取れる。


 今日は3限までだし、バイトも入れていない。

 明るいうちに帰れるって、ちょっと余裕があるから寄り道したくなるよね。

 午前で終わるテスト期間とかさ。


 ついでに、今日は特別な日。いやあたし的には平日だけど、大切な人の記念日とあっては別だ。

 あたしはLINEを起動する。

 昨日のうちに射手座の女、もといあいつに聞いておいたのだ。ケーキは何がいい? と。


『ガトークラシックショコラ』


 それだけが書かれている。商品名が具体的なのは、以前一緒に下見に行ったから。

 駅から15分ほどの場所にある個人経営店で、口コミの評判も上々。


 あたしも試しに買って食べたからわかる。

 クリームの甘さが控えめだから食べやすいんだよね。油っぽさもなくてふわふわだし。

 駅前の有名チェーン店が潰れる中、生き残ってただけあるわ。


「いらっしゃいませー」

 狭い店内で、あたしはショーウィンドーを見つめていた。

 平日だし、クリスマスまではまだ先だし、売れ行きはあんまりよろしくないようだった。ずらっと並んだ色とりどりのショートケーキを吟味する。


 人の誕生日ならホールケーキが定番なんだろうけど、二人で食べるにはちと量が多いので。

 ショートケーキなら好きなものを個々に買えばいいから、こっちのが選びがいがあるよね。

 さて、なんにしよう。

 あたしはケーキならだいたいなんでも食うけど。焼いても蒸しても揚げてもばっちこいよ。

 んー、無難にスポンジケーキのやつにしとくかな。誕生日ケーキっていうとそのイメージが強いからね。


「お願いしまーす」


 あたしは悩んだ末にフルーツショートを選んだ。

 クリーム系が好きなのと、さっぱりした果物を味わいたかったので。


 店内はクリスマス商戦に備えてか、それっぽい軽快なBGMが流れている。

 ハンドベルと、鈴の音と、パイプオルガン。よく耳を澄ませると賛美歌のフレーズだ。


 ……まだ11月なんだけどなあ。

 この踏み台にされている空気が、11月中の今はどうにも浸かりたくなくてあたしは足早に店を出た。まあうちの店もそうだけどね。


 そんなに生き急がなくてもいいのに。

 気候や時期に合った物をその時に買うのが消費者のスタイルだから、先物が売れづらくなってることに業界は気づいてないんだろうか。


 白いケーキ箱を慎重に両手で抱えて、木枯らしに散らされた枯れ葉が舞う中をあたしは歩く。

 おお、さぶさぶ。マフラーも解禁してよかったわ。家につく頃には暑くなってるのがネックだけど。



「いらっしゃい」

 18時を少し過ぎた頃、あいつがやってきた。

 時間帯的に5限まであったのかな。少し急いでいたのかちょっと額は汗ばんでいて、裏返しになったコートを小脇に抱えている。面接じゃないんだから。


「お客様第一号ですよ」

 あたしは店員モードでお辞儀しつつ言った。

 引っ越ししてからまだ1週間も経ってないとはいえ、親ですら居間に上げたことはない。準備に手伝ってくれたことはノーカンで。


「それは光栄だ」

 照れたように頬を掻いて、あいつが答える。

 最近は恋人的掛け合いに慣れてきたのか、どういう風にノッたらいいか分かってきたようだった。


 新居に、親しい人を呼ぶ。その最初の人が恋人ってのはなんかいいよね。うん。

 誕生日重なってなくてもお招きしたのは変わらないけど。


「そうだ、これ」

 あいつが手にした紙袋から箱を渡してきた。のし紙に包まれていて、『御新居祝』と表書きにある。

「これはこれは、ご丁寧に」


 こういうのって新築のときだけだと思ってたんだけど、引越し祝いでもいいのかな?

 なんというか、堅物なあいつらしい。礼節を忘れない態度はとても高ポイントだと思いますよ。


「しょ、食器セット。よかったら」

「おや。ならさっそく食卓に並べますかね」


 空けてもいいらしいので、その場で開封する。

 食器は食器でも、ペア食器セットだった。

 客人に出す食器は家族用、友人用、来客用と用途を分けるだろうから、あらかじめ自分用のものを買ってきたみたい。


「…………」

 そんな赤くなることじゃないでしょー。

 恋人アピールしてくれたことにあたしは嬉しみを覚えてるんだからさ。


「なんなら次、歯ブラシ買いに行こうか? あとは着替えとか、タオルとか」

「いや、近くに住んでるんだし……」


 と続けようとしたところで、あいつは言葉を切った。

 こちらの意図を汲んでくれたのか、そうだな、と返す。


「二人で集めていこう。少しづつ」

「うん」


 あいつの家泊まってたときはお泊りセット持参だったから、その手間を減らすためでもあるけどね。

 これまでお世話になったぶん、ここでたくさんの思い出を作っていこう。



 ケーキはデザートということで、まずは夕食も兼ねたご馳走を食卓に並べていく。

 えびピラフと、エビフライと、だし巻き卵と、具だくさんのミネストローネ。


 ご飯はちらし寿司と迷ったけど、寒いからあったかいもの食べたいかなと思ってピラフに。

 あとは手料理振る舞った時に卵料理が好きそうだったので、それとなく卵を使って。


 お誕生会の定番であるピザとかグラタンとかチキンとかパイにしなかったのは、単なるあたしの意地だ。

 これらのメニューってクリスマスっぽいじゃん?

 まだあたしは先取りクリスマスムードに抗いたかったのだ。だから季節感のないチョイスにした。


 まあ本音を言えば、ボリュームのある食事じゃケーキ入んねーよって思ったからだけど。

 高校まではどんなに食べてもデザートは別腹だったのに、最近はめっきり注文しなくなったなー。


 さっそくペアの食器セットに料理を盛って、向かい合って席に着く。

「はぴばー。ぱちぱちぱちー」


 口に出しながらの拍手。あいつもつられて控えめに拍手。

 クラッカーもローソクも賑わいもないお誕生会だけど、恋人同士のディナーと考えればこういうものじゃない?


「気合、すごいな。豪華だ」

 一方あいつは、こんな風に祝ってもらえるのは小学生以来だとこぼした。

 あたしも小学生以降は口頭のみのお祝いだったから、そんなもんだと思うけど。


「メニュー、こんな感じで大丈夫だった?」

「じゅ、十分すぎるほどに」


 冷めると悪いので、とりあえず言葉少なめに食べ始める。

 最近分かってきたのだけど、けっこうあいつは顔に出るタイプだと思う。


 食べる前からいちばん興味を引いたっぽいだし巻き卵をガン見してたし、あんまり食べたこと無いらしいピラフは目をかっと見開きながらほっぺもごもごしてたし、さくさくのエビフライはかじった瞬間に食感に感動したのか、お目々がきらっきらしてた。

 ミネストローネはんーんーとうまそうに頷きながら器をがっちり掴んでて。


 だんだん途中からは、小動物を観察している気分になってきた。


「いいねえ。いい食べっぷりだねえ」


 なんかあたしも、こういうときは恋人というよりは保護者モードになっていく。

 母性とか包容力とか、すべての女に備わってるわけじゃないんだよって押し付けられるのが嫌だったけど。

 案外身近なとこで芽生えるんじゃないかって。


「ほらほら。おべんとついてる」

 なんて、これはリアルおかんでもしないか。


 あいつは『私をいくつだと』と赤くなりながらご飯粒を取っていた。

 いやあ、さっきまでのもぐもぐタイムはほんと可愛い盛りを見ているようだったよ?

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