【A視点】温泉回ですよ②
「その格好でもまだ恥ずかしい?」
かけ湯を浴び、またしても洗い場の隅っこの席を陣取る私の隣に彼女が歩いてきた。
一糸まとわぬ姿で。
写真集のモデルに見劣りせぬ美貌をもつ、それも恋人の裸体。
直視できるはずがない。
恐れ多すぎて、己ごときが見てはいけないという気後れの動悸が胸を忙しなく打ち鳴らしている。
「……逆に、お前は恥ずかしくないのか」
文化祭後の騒動でも語ってくれたように、彼女は同性だからといって過剰なスキンシップは好まない。
それは恋人の私に対しても同様であり、ボディータッチは基本的に控えめである。
親しき仲にも礼儀あり。節度はわきまえるお人柄なのである。
なので裸身になることも好まない傾向にあると思ったのだが。
「うちらこういう仲だし。べつに」
初めて、私は恋人のわかりあえない部分を見た。
だからこそ、ではないのか。
「大丈夫だよ。ムダ毛処理はばっちりだから。脇もVラインもつるつるよ」
具体的に言わなくていい。
最近放置気味で繁茂中にある己の事情を思い出して、余計に羞恥が増してくる。
湯浴み着があって本当に助かった。
黙々とお互い洗髪に集中する。
浴室内には、有圧換気扇のプロペラ音とタイルを打ち鳴らすシャワーの音だけが反響している。
私と彼女では、髪の長さも量も手入れにかかる時間も段違いだ。
私が身体の泡を流している頃でも、まだ彼女は持参したシャンプーを泡立て地肌のマッサージ中といったところ。
次の人がつかえたら悪いので、私は一言入れて近くの内風呂に浸かることにした。
壁に掲示されている案内板には『日替わり風呂』とある。
ちなみに今日は柚子風呂らしい。
確かに、それらしき果実の爽やかさは感じ取れないこともない。
「首まで浸かってるとのぼせますぜー」
入れ代わり立ち代わり上がっていく中、ようやく彼女が身を沈めにきた。
しばし温泉の雰囲気と立ち上る香りに耽っていた私は、ぼんやりと隣に浸かる彼女を見やる。
一瞬で頭の中の霧が晴れた。
「どしたー?」
私は思い切り背を向けてしまった。
至近距離で裸の恋人がいるという状況に、平静が保てなくなっていた。
上気して色づいた頬。憂いを帯びた瞳。けぶる長いまつ毛。しっとりと艶めく唇。
髪を結い上げられてあらわになった、滑らかなうなじ。発光しているのかと錯覚するほどの、まばゆい美肌。
綺麗、が突き抜けて艶かしい、へと移り変わった彼女はあまりにも鮮烈な姿で、視界に入れることができない。
目を凝らすと、たまに他の女性客が彼女に注目しているのが目線で分かる。
否応無しに惹きつけてしまう魅惑に気づいていないとは。
ゆだったの? と心配そうに肩を掴む彼女に、私は熱がこもってるので外に行きたいと促す。
ある意味嘘はついていない。
素早く湯船から上がると、私は先陣を切って露天風呂へと移動した。
「で、どこ行く?」
「ここでいいかな」
私は一人が浸かれる程度の、丸く小さな浴槽がいくつも点在している箇所を指し示した。
いわゆる五右衛門風呂である。
数十センチほど顔を出した、深々と埋まる湯船に体を沈める造りとなっている。
入った人間も当然、肩から上程度しか露出することはない。
お湯自体もぬるめに設定されているらしく、今の私にはうってつけのお風呂といえた。
ここへ訪れてからほとんど目を合わせていない己の態度を失敬に思うが、かといって意識するなと言われても無理な話である。
隣同士で空いていたので、互いに浸かる。
「……わ、悪い。必要以上に動揺してしまって」
向かい合っている今も焦点を合わせることができず、微妙に逸らしつつ私は告げる。
「うん、べつにそれは構わんけど。無理に誘わないほうがよかった?」
「そ、そういうわけじゃない」
あわてて弁明したが、彼女の視点で考えれば私が(意識しすぎて)楽しめていないと映ってしまうのもやむなしであろう。
自分が強行してしまったと、内心後悔しているかも知れない。
「きれい、いや、色っぽい……から。すごく。まともに見られない、だけだ」
私は正直に打ち明けた。
あうあう声を絞り出す私に、視界の端の彼女はくすりと笑みをこぼす。
「あんたは男子中学生か」
「……そう思われても仕方がない」
「ま、いいけどさ。ちゃんと女として意識してくれてるってことだし」
もっと見てもいいのよー、とからかうように彼女が後頭部で両手を組む。
羨ましいほどに細く引き締まった二の腕が現れて、丁寧に剃られた脇の下に目がいって、それ以上私は見つめることができず下を向く。




