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【B視点】昨日の友は今日からの恋人

「昨日の、ことだが」

 来た。意味もなく膝の上でこぶしを握ってしまう。


「どした?」

「バイトの経路だ。しつこく探ってしまって申し訳なかった」

「あー」


 気にしてないのに。

 そりゃあんな不自然な通い方だったら突っ込まれてもおかしくない。

 わざわざ自分ちに近いバイト先を選ぶなんてストーカーか。なんて思われたって文句は言えないんだから。


 バイト先は本当にたまたまだけどね。

 家の近くで探さないの? って聞かれたらほら、うちの賃貸は徒歩圏内だから。

 大学の近くに連なる飲食店は必然的にそこの学生御用達なわけで。

 顔見知りとぱったり会ったらなんかお互い気まずいじゃん? そんだけの話。


「結果オーライと考えましょう。ギスるどころかこうして結ばれました。紆余曲折あってのハッピーエンド。それでいいじゃない」


 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 結ばれルートに分岐したのはそもそもあたしが暴走したわけだし。

 声にはっきり出したことで相手も意識したのか、わざとらしく咳払いをする。


「……そうか、そうだったな。となると……」

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ言葉を転がして、あいつは意を決して言い放った。


「では、一緒に住むか」


 あたしはその場で固まった。

 なんか言う予定だったんだけどそんなん全部吹っ飛んだ。

 なんだこいつ決めるときは大胆なんだよなちくしょー好きと乙女回路を焚き切った後に。


「や、ここ1K」

 うん、なんでマジレスしちゃったんだろうねあたし。


 あいつも賃貸契約のことは頭から抜けてたのか、めっちゃ恥ずかしそうに顔を覆って項垂れてしまった。マジごめん。


「……というのは社会人からの生活様式を提案しているのであって。ルームシェアともなると物件も審査も厳しくなるし、収入や家賃との兼ね合いもある。諸々の将来設計を見据えて今から条件を想定しておくのも……すまない忘れてくれ」

「諦めんなよ胸キュンしたんだから」


 言ってることはまともなんだから、最後までカッコつけてくれたっていいんだよ。

 そういう決めきれないとこも隙があって好きだけどさ。


「そうだ」

 あたしは一つの選択に行き着いた。


「このあたりって、結構集合住宅多いよね」

「そうなる。学生マンションも隣接しているし……あ」

 合点が行ったみたいだった。


「良い物件、探すの付き合ってくれる?」

「それは構わないが、要するに住み替えだろう。引越し費用も結構かかると聞いてるが……金銭的に大丈夫なのか?」

「なんかそういうのって、余計なオプションついてて高額になってるのもあんだって。そのへんは不動産屋に誘導されないよう気をつけるよ。お金はまあ、学割プランか分割できるとこ探すわ。相場が安い時期も見極めて」

「詳しいんだな」

「ちょっと前に物件ガチャで大外れ掴まされた子がいて、手伝ったことあったからね」


 騒音とか隣人とか衛生観念とか、実際住んでみないとなかなか分からんしね。

 高い授業料だけど、身の安全には変えられない。


「あと、ぶっちゃけ今の家あんまり気に入ってないんだ。安さと徒歩5分って言葉にうまく騙されたと言いますか」

「……何か問題でも?」

「設備がね。家具置くとくつろぐスペースすら確保ムズいほど狭いとは気づかなくて。おまけにコンセントも少ないから部屋中延長コードまみれよ」

「それは……火事が心配だな」

「でしょ? 置く前だとなかなか分かんないもんだよね」


 いつも遊びに来ている身で悪いけど、そんな部屋にとても他人を招待はできない。


「大学からは相対的に遠くなるわけだから、遅刻しないように」

「はーい」


 ほんと気をつけないとなー。

 まあ、いいや。あいつと距離が縮まるならなんでも。



 さて、そろそろお暇いたしますか。

 講義あるしゆっくり休んでていいよとは言ったんだけど、駅まで送ると言うのでお言葉に甘えることにした。


「ん」

「……?」

 あいつに向かって手のひらを突き出す。

「何を要求する気だ」

「お手々よこしなさい」


 可愛げのカケラもなくあたしはアピった。

 ねぇねぇつーなごっってあざとくおねだりするか迷ったけど、あいつの前ではキャラ作っても引かれそうなので素のままがやりやすい。


「……人が多い場所に来たら解除してくれ」

「よかろう」


 調子に乗ってふんぞり返ってたら脳天に軽いチョップを食らった。

 なんかそれすらも嬉しくて、あたしはしばらく表情筋を引き締めるのに必死だった。


 外は予報通り分厚く白い雲に覆われていた。

 涼しい空気が肌を通り過ぎていく。

 ふわっと、覚えのある芳しさが秋の風に乗って運ばれてきた。


「ん、いい匂いー」


 強く香る方角を見渡すと、オレンジ色の小花を散らした常緑樹が目に入った。

 金木犀だ。

 胸の透く爽やかさは途切れることなく、文字通り今のいい感じのムードに華を添えてくれている。


 役目を終えて萎れたヒマワリの下では、交代した季節を見せつけるようにコスモスがぽつぽつ花を咲かせていた。

 時期、けっこう早くない? この先取りっぷりだと彼岸花も探せば見つけられそうだね。


「秋だねえ」

「そうだな」


 つないだ手は熱あんのかってくらいの温さで、横目であいつを見ると耳辺りまでほんのり赤く染まっていた。分かりやすい。


「真っ赤だなー、真っ赤だよー」


 懐かしい童謡を口ずさんで、あたしも隠すことなくけたけたと笑う。

 あたしは今相当キモい顔つきになってると思う。緩みが止まんないのだ。


 まだ早い時間帯だからか犬の散歩をする歩行者くらいとしかすれ違わなかったけど、その度にあいつはあたしの腕にしがみついてきた。

 車が通り過ぎる際に、母親にひっついて道を空ける子供みたいに。

 多分、手つなぎより大胆なことをしてるって無自覚なんだろうな。いいけど。



 駅に続く広い道に入り、流石に人通りが増えてきた。そろそろ離す頃合いかな。

 と、思ったんだけど。


「人、増えてきたよ?」


 意外にも、言い出しっぺは絡めた指をほどこうとする気配がない。

 それどころか、いっそう強く握りしめてきた。

 すれ違う人の中には明らかに好奇の視線をよこしてくる気配もあったけど、構わずあいつは離れようとしなかった。


「あら大胆。度胸ついてきたの?」

「なんで、だろうな。ただ」

「ただ?」

「見せつけてやりたいって意地なんだと思う」


 あなたは綺麗だから。小声で耳打ちされた言葉に、あたしまで顔が熱くなっていく。

 じろじろ見られるくらい今更とっくに慣れたけど、今日からは相方が心中穏やかでいらんなくなるわけか。


「妬くな妬くな、もう」

 なんだかたまらなくなって、もう駅の入口は目と鼻の先なのにあたしの足は道を逸れていく。


「…………?」

 不思議な顔をするあいつの手を取って、あたしは裏の小さな一角へと連れ込んだ。

 別にやらしいことをするわけじゃないけど、バカップルはこういうとこでしゃれこむよね。


「ほら」

 あたしは自由な片腕を広げて言った。

「胸貸したげるから、おいで」

「な」


 まだそこまでのハードルは高かったのか、あいつはあたしと外を交互に見始めた。


「講義。今日から何日かあるでしょ。その分補充させてあげるから」

「い、いや、流石にそこまでは」

 しゃーない。いきなりレベル上げすぎたか。


「えい」


 間髪を入れずにあたしは抱きついた。

 柔軟剤の匂いが強くなって、あいつの体温が溶けていく。


「そっちの時間が許す限りは、何分コースでもご利用可能ですよ」


 おどけた口調で言って、あたしは顔を埋めた。意外と柔らかい感触だった。


「…………」

 ややあって、背中にぎこちなく腕が回される。


 熱い。

 互いの心音が体に火をくべて、あちこちに灯って、めらめら燃え盛ってんだと思った。

 季節もあってそのうち汗ばんできたけど、不快な暑さじゃない。

 どこどこ心臓が波打っているのに頭はこんなにも穏やかで、気持ちいいと感じていた。

 そのままあたしたちは固いハグでイチャついていた。


「……さって、」


 朝は早い。

 時間はあっという間に過ぎていって、学生の群れもちらほら見えてきた。

 名残惜しく腕を離す。


「おーい。帰ってこーい」


 放心状態で立ち尽くしているあいつの額を小突いた。

 リアクション芸人かってくらいあいつは肩をビクつかせて、その勢いで背後の壁にぶつかった。


「大丈夫?」

「……刺激が強すぎた」


 強打した肩を押さえるあいつに、詫びるように背中を撫でる。


 さすがにそこでエネルギーを使い果たしたのか、駅構内まで手を繋ぐということはなく。

 改札口の前まで来たところで、そろそろお別れの時間となった。


「じゃ。頑張ってね、今日から」

 ひらひらと手を振って、あたしは定期券を取り出した。


「ああ、大丈夫だ。頑張れる」

 そう言って微笑んだあいつの顔には、妙な自信がにじんでいた。

 ほんと、分かりやすいんだから。


「また、気が向いたらメールするよ」

「待ってる」


 行ってらっしゃい。

 どっちが見送られてるかわからん台詞を吐いて、今度こそあたしは踵を返した。


 さあ、着いたら走り出そう。

 ここんとこ暑いからジョギングはサボりがちだったけど、今日からまた頑張れそうだ。

 今から駆け出したくなる衝動を抑えて、あたしは軽やかな足取りでホームに向かっていった。

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