【B視点】友達の詩
・sideB
あたしは夢を見ていた。
脳の大半は就寝中に休んでるから、夢って気づくことはなかなかないんだけど。
これは何度も見ているやつだから、既視感に意識が半覚醒になってんだと思う。
行ったこともない砂浜にあたしは立っていた。
夢特有のぼやけた景色だから輪郭はつかみづらいけど、それでも海辺にいるってことだけは分かる。見たことがある場所だから。
とある楽曲のPVが印象に残りすぎて、そこの風景を中途半端に再現した空間なのだ。ここは。
それくらい、あたしの脳内には鮮烈に刻まれてしまってるんだろうね。
太陽が水平線へと沈んでいって、金色に染まりつつある空の下。
潮風に長い髪と白いワンピースをなびかせて、あたしは波打ち際を裸足で歩いている。
西日に当たる肌にちりちり、眩しさと熱を感じる。
寄せては返すさざ波に、夕日が反射して海面が黄金の輝きにゆらめいている。
照らす陽に向かって一直線に伸びる、まばゆい海の道を眺めながら歩きつづけていると。
やがて、誰もいないと思っていた渚に人の気配を感じるようになる。
はるか先に、海辺に近づいてくる人の姿。
黄昏時だからほとんどシルエットでしか視認できないけど、誰がそこにいるかは分かっている。
あいつに来て欲しいと、あたしが無意識に呼び出したから。
好きな曲。好きな景色。そして好きな人。
潜在的な願望が、この夢にはすべて反映されている。
あいつの影は、波打ち際でぴたりと足を止める。
まるで背景の一部と同化するように、背を向けたまま微動だにしない。
あたしが近づくまで待っているように。
そうじゃないのは何度も見てきたから知っている。
手を伸ばして掴もうとした瞬間に、夢が途切れてしまうからだ。
この恋は叶うことがないと。現実であたしが決めつけてしまっているから。
手を取って、共に進むことはできない。
だけど、恋人になった今であれば?
夢の続きを、見ることはできるか?
でも、そんな無粋なことはしない。ここはあたしの好きで創られた世界だ。
下手に改変すれば、もう来れなくなってしまうかもしれないから。
だから、あたしはいつも通りあいつの傍まで近づくと。
隣に並ぶように、その場にたたずむ。
仮初めの、二人だけの世界。
日が暮れればかき消えてしまう、はかなくわずかな間。
これまでは胸を刺すだけの苦しい時間だったけど、今は違う。
目が覚めれば、至福の日々が待っているのだから。
幸せなひとときだと思えるようになった夢の世界で。
あたしはずっと、あいつの隣で静かな潮騒に耳を澄ませていた。
「…………」
セットしておいた、スマホのアラームに起こされる。
隣のあいつを起こさないように、あたしは手早く音を切った。
朝なんだけど、まだこの時間帯は薄暗いなー。
そうだ、今日一日はあいつの代わりに手料理を振る舞う約束だったんだ。
わざわざシフトにも休みの希望を入れて、朝からにしたかったんで仕事帰りにそのまま泊まっていって。
体を起こして、あっという間に奪われていくぬくもりにあたしは身体を縮こまらせた。
うう、もう11月だからさすがに朝は冷えるわ。
まだ吐いた息が白くないことにうへーとなる。これより寒い日が待ってるなんて。
体温のこもったおふとんにもぞもぞ帰りたくなるのを、あたしはぐっとこらえた。
ぐぐっと組んだ両腕を天井へと伸ばす。
きっと、世の奥様方もこんな感じなのかな?
たった一日だけど、新婚さんみたいな気分に口元がほころんでいく。
さ、やりますか。
あいつの朝は早い。
たぶんこの後30分も経たないうちに起きて、朝ランに出発するはずだから。毎日の予定なんだって。
あたしはあくびを噛み殺しながら着替えに取り掛かった。
朝ってほんと、マッハで時間が溶けていくからね。




