表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
文化祭編・その後

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/171

【A視点】かつて想いを馳せた貴女へ

 座敷に戻ると、男子が黙々と畳の掃除をしていた。

 委員長たちはずぶ濡れの姿でいるわけにもいかないので、シャワーを浴びている。


 とりあえず酔いつぶれた者は奥座敷に運んで介抱し、アルコールが抜けるまで水分を取りつつ休ませることに。


 必然的に動ける人は掃除を申し出た男子、私、彼女くらいに絞られてしまうわけで。


 休んでてもいいと彼女には言ったが、精神的に不安定な今はなるべく私と離れたくないとのこと。

 なのでできるだけ負担のかからない業務を命じて、3人で手早く終わらせることにした。


「お疲れ」

 座敷を訪れた時と変わらないくらいの状態に整理して、すべての洗い物も終えた。


 途中帰宅した委員長のご両親からは、そこまでやって頂くのは恐れ多いと深々と頭を下げられた。


 何やら高級そうな箱入りのお菓子を渡されたが、独占するには勿体ない。

 他の人の酔いが覚めたときにみんなでつまんでほしいと、開封してメモを添えておく。


「…………」

 さて、どうしたものか。


 替えの服がないUはこのまま一晩泊まるらしく、委員長のお下がりである寝間着を着て別室にいる。

 他の連中は軒並みぐったりと横になっており、あと1時間は動ける状態になるまで待つ必要があると見た。


 なので酒が入っていない私達がいつまでもここに留まり続ける理由はないのだが、彼女の顔色は依然として血色が戻っていない。

 もう少し休ませるべきだろうと判断した。


 誰もいなくなった座敷に二人で腰を下ろし、肩に彼女の頭を預ける。


「じゃ、俺は先に失礼するわ」

 そんな私達を見て、最後まで手伝いに従事してくれた男子は荷物をまとめ始めた。

 リュックサックを背負って、頭を下げる。


「いいのか」

 他の人を待たなくて。そう聞くと。


「べつに。元々俺、”いや参加は自由だけどなんでこいついるの?”つーポジだったし。あとでLINEだけ送っとくわ」

 素っ気なく言って、男子は立ち去ろうとした。


「今日はありがとう」

 まだ御礼の言葉を言っていなかったことに今さら気づき、私は慌てて感謝を述べる。


 実際、男子が連絡してくれなかったらもっと酷い有様になっていたかもしれないのだ。

 恩人には深く礼を伝えなくては。


「…………」

 一瞬、男子は動きを止めた。

 まどろむ彼女を一瞥すると、短く一言をつぶやく。


「大事にしろよ」

 さりげなく小指を立てて、今度こそ男子は廊下へと去っていった。



 ……え?

 しばらく、私は動作の意味が飲み込めず固まっていた。


 少し経って、LINEの通知にスマートフォンが震える。

 先ほどの男子からであった。


『あそこでべらべら喋ってたらお前の彼女さんに悪いから こっちでもいい』

 何か口では伝えづらい要件があるのだろうか。

 なら、こちらも聞きたいことがある。


『さっきから聞く、その思わせぶりな言葉は』

『だから おめーらカップルにいってんの 違わないよな?』


 だいぶ前から知っていたような口ぶりに、一気に肝が冷えていく。

 あまり面識のない一人が、どうしてここまで。


『言っとくが 他の連中に言いふらすとかはしないよ そもそも俺 ダチいないし』

 最後の一文に切なさを覚える。

 しかし、だとしたらどうして今日、彼はこの集まりに参加したのであろうか。


『今もよろしくやってるか気になっただけだった フラれた側的に』


 ……あ。

 その言葉で、彼が誰であったのか一気にパズルのピースが当てはまっていった。


 卒業式の時に声をかけた、あの男子だったのか。

 前髪で顔が隠れているから、どんな顔立ちであったかも忘れていた。

 確か、彼女はこんなことも言っていた。


 ”最後はお互い雑談会。その人のどこどこがどれだけ好きかって”と。

 

 そうであったならば、相手が私に行きつくのも納得はいく。


『声が好き。口よりも行動で語るのが好き。試合中かっこいいのが好き。自分といるときに格好をがんばってくれるのが好き。仲間思いで家族思いで友達思いなところも好き。そんな男子いたか? って考えたけど お前のこと言ってんだって思ったらだいたい理解できたわ』


 結構、具体的に言っていたらしい。

 淡々と綴られた文面に熱が顔へともっていく。

 いやそのヒントで私に行き着く男子の洞察力も鋭いものだが。


『今日 あらためて思ったんだよ お前さんを好きなあの子が好きだったんだなって

だからなんつーか ちゃんとくっついてるみたいで安心した』

『案外、そこまで驚かないんだな』


 自分の好きな人が自分を好きではない。

 それだけでもショックなのに、それが同性だと来たら。

 到底受け入れがたいと思ったのだが。


『いろいろピリピリしてるご時世だとね

あーそーなの、くらいのリアクションのほうがやりやすそうじゃん? お互い』


 確かに。

 穿った見方になってしまうが、自分と同じ男子であるよりはまだ傷が浅く感じたのであろうか。


『あと 報告するほどでもないから黙ってたが 俺ちゃんといるからね 奥さん』

『奥さん?』

『正確には なる予定の人だけど』


 そこで写真を添付される。

 彼と幸せそうにピースサインを取っている女性が映っていた。

 大学から始めたバイト先で知り合った相手らしい。


『あんとき 次の恋を後押しするように言ってくれたからだよ おかげでフラレても引きずらずにいけた あの子に残ってる想いはそれくらいかな』


 だから、彼女も爽やかそうな顔で言っていたのか。

 なんにせよ、彼も幸せを掴み取ったようで何よりであった。


『俺からの一方的な報告は以上だけど なんか聞きたいことある?』

 それならば、気になっていることがある。


『どうして好きになったんだ?』


 学校では、彼女は特に気を遣って目立たないように振る舞っていた。

 役職にもついておらず、修学旅行においても終始地味な服装で固めていた。


 私とプライベートで行動するときは、なるべくクラスメイトと鉢合わせないように遠い場所を選んでいた。

 見た目から、といった理由は考えづらそうだ。


『単純だよ 1年とき 体育祭の打ち上げで話しかけてもらったから』

 初耳であった。


『あれ 俺は担任が鍋おごるっていうから参加したんだけど気づかなかったんだよ

ああいう集まりは 友達がいる人だけが行くってことを』


 胃が痛い。

 そう言えば、私は1年のときは参加していなかった。

 私のような日陰者が行ったところで、時間の無駄になるだけだと決めつけていたから。


『で 集合場所いったら見事にクラスの陽キャしかいないわけ

しくじったと思ったね 親からは楽しんできてねーって言われてるから

のこのこ逃げるわけにもいかんし』


 そこから先の光景は、だいたい想像がつくものだった。

 カースト上位の者で固まっており、お店までの行動すら輪に入れてもらえず、列から少し離れてとぼとぼ歩くみじめな状態。


 席の配置は端っこを陣取ったものの、仲のいい者同士で座ることに変わりはない。

 友達だと思って隣にいた男子は、開始早々他のグループの席に遊びにいってしまった。


 みんなが飲み食いしながらわいわいと騒ぐ中、誰にも溶け込めず男子だけがぽつんと取り残される。

 飲み会においてよくある現象だ。


 さらに不運なことに、彼は女子グループに囲まれていた。

 当然、話に入れるわけがない。


 もはや料理を味わうどころではなく、男子は早々にスマートフォンをいじることに決めた。

 自分から孤立の世界に逃避する行動ではあったが、何かで時間を潰していなければ寂しさで気が触れてしまいそうだったから。


 だが、彼女だけは違ったのだ。


 そのとき、彼女は男子の斜め前にいた。

 開始から隣の女子と話し込んでおり、一見自分たちだけが楽しければいい連中と変わらない。


 だけど、彼女は決して自分の席から移動しなかった。

 隣の列に座る女子からこっち来いと勧誘されても、絶対に従わなかった。


 ……私からすれば、それはあちこち動き回るのを嫌がる彼女の性分だったと分かるが。


 だけど男子にとっては、その上で自分にもたまに話を振ってくれることにとても救われたのだという。


『コミュ障だったから あんまり大した受け答えはできなかったけどよ』


 結果的に女子相手でもそこそこ話が盛り上がって、さすがに二次会は遠慮したが男子は辛い思いを抱えることなく時間を乗り切れた。

 単純ではあったがそれがきっかけで、意識し始めたのだという。


『つっても それ以降は全然話せなかったけどな 卒業式になるまでなーんにも だからあ、やべなんも言えてねーじゃんってなんとなくで告ったようなもんだし』


 なるほどなあ、と私は柄にもなくしみじみしていた。


『完璧にフラレて納得したわ

あの子 どんだけお前のこと好きなんだって話』


 他人から堂々と愛を語られると、羞恥に収まりがつかなくなってくる。

 まともにLINEの文面を直視できないほど、私は底知れぬ恥ずかしさを覚えていた。


『そんだけ ちゃんとこのログは消しておけよ 浮気って思われるから』

『言われるまでもなく』

『末永くお幸せに』

『そちらも』


 おそらく二度と交わさないであろう元クラスメイトとのLINEを終えて、私は言われた通りに履歴を削除した。


「…………」

 いつの間にか、隣で目を休めているだけだった彼女は寝入っていた。

 そのまま寝転ぶように、私に倒れ込む。

 ちょうど膝の上に頭を預ける体勢で。


 誰もいない、静かな座敷で二人きりで、その上膝枕。

 まるで猫とその飼い主のようだと思ってしまった。


 少し乱れた彼女の頭を、髪の毛を梳くようにそっと撫でる。

 彼女は少し身じろぎをして、寝言のような一言をこぼした。


「だめ。あたしのだから」


「…………」

 一体、どのような夢を見ているのであろうか。

 膝上のスカートを少し握りしめる動作がまた愛おしい。

 しばしの二人きりの時間を慈しむように、私は丸まって眠る彼女の頭を撫で続けていた。


 長い、一年ぶりの文化祭の一日であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ