【B視点】これはじゃれ合いですか?
「う~」
お堅さが抜けきってしまった委員長は、まるで子供みたいにすがりついて唸っている。
「この子、飲むとこんな感じなん?」
再び酒の缶を煽り始めたUと幹事に聞いてみると。
「そだよ。いんちょーは普段ストレス溜め込んでるから、飲むと爆発する」
「いっつも絡んでくるよね」
まじかー。
いや対象があたしらであるうちはいいけどさ、男性だったらえらいことになってるぞ。
絡み酒はあかんて。
そんな風に軽く見ていたせいなのか。
ずっと泣いたフリをしていた委員長は、突如顔を上げてあたしに言い放った。
「もう、この際女の子でもいいや」
「は?」
おいおい。そんな軽く言っていいことじゃないだろ。
どうしよう? とUたちに助け舟を求めるように振り向くと。
「よし来い。今だけうちらとラブラブしようぜ」
「ワンナイトならよくってよ」
だめだ。こいつらも酔っている。
いったんあたしから離れて、委員長は心の友よ~なんて言いながら二人にじり寄ってくる。
「ほらほら。いつものやろう。あれ」
幹事はそう調子良く言いながら、Uに抱きついた。
それだけならまだいい。女子の間ではべたべたやる子はそう珍しくないから。
「かもーん」
そのまま二人は手を繋いで、指を絡ませて、Uが唇をつき出す。
え、まさか。
予測していた光景をさえぎるように、あたしは顔をとっさに覆った。
「んー」
指の隙間から見えた光景は、予想通りの絵面だった。
吸着音が届くくらい強くお互い吸いまくって、熱っぽい視線が絡み合っている。
気持ち悪い。
生理的に、あたしは嫌悪感を抱いた。
当事者であるあたし自身がキモいとか、特大ブーメランだけど。
これは、違う。
その場のノリで愛を囁いているだけだ。
「ちょ、ちょっと。なにやってんの」
じっとりと手汗でしめった手を振って、あたしは止めにかかる。
邪魔すんなと二人はあたしに視線を投げてきたけど、いったん行為を止めてくれたのは幸いだ。
はっきり言って、これ以上見たくなかったから。
「さすがに度が過ぎてるよ。そういうのは彼氏にとっときなよ」
だけど酔っぱらいに説いたところで、聞く耳なんかない。
「今さらなにさ。チュープリとかみんなやってるでしょ」
「そーそー。こいつキス魔だから。何人も奪ってるよー」
それだけをべろべろぼやくと、ふたたび二人は顔をくっつけ始めた。
あたしは見るに耐えなくて、手を突き出して顔を背けてしまう。
やばい。足がふらついてきた。
飲んでないのに胃の奥からせり上がってくる感覚がやってきて。
よろよろと、あたしは壁にもたれる。
「みーっちょん」
最悪のタイミングで、委員長がしなだれかかってきた。
あたしは即座に払いのける。ごめん。
バランスを崩してコケた委員長は、泣きそうな声であたしに言った。
「なんで拒否るのー」
「や、ほんと、無理。あたしはそんなんじゃない」
そっちの気はある。というかガチだ。現に恋人もいる。
でも、でも。
そういったことをしたいと思うのもされたいのも、あいつだけだ。
「スキンシップだよー。友人同士のじゃれ合いだよー」
「だから、そういうのが無理だって言ってんの」
女だからって見境ないわけじゃない。
同性だからってノーカンなわけない。
傷を舐め合う都合いい存在じゃない。
仮に対象が男性であったら、君たちは気軽にべたべたくっついたりキスを迫ったかい?
セクハラだってわかってるし相手にも迷惑かけるから、やらないよね。
それと同じことなんだよ。
「ノリ悪いなぁ」
いつの間にか、後ろに回ってた幹事に羽交い締めを受ける。
「ちょっ、やめ、やめろって」
あたしもけっこう鍛えているほうだとは思うんだけど、この子の力もなかなか強い。
もしかして酔っ払いって脳のリミッター外れてるとか?
ちょっと暴れてもびくともしないって。
助けを求めようと手前の座敷を見たけど、酔いつぶれてる2名しか見えない。
端っこでスマホポチポチしてた男子は席を立っていた。
そりゃ、逃げたくもなるわな。
「いーから見てなさい。おかわいそうないんちょーを君の代わりになぐさめてあげるからさ」
余計なお世話すぎる。
あんたその高そうな服に滝ゲロぶちまけられてえか。
「ほーら委員長ー。こっちおいでー」
「にゃんにゃん」
大丈夫じゃないよ。女どころか人間やめてるよ。
酒が回りすぎてて千鳥足のUに、まるで忠犬のように委員長が頭をすりすりする。
犬と猫どっちだあれ。
「洗礼を受けたまえー」
「にゃーん」
頼むから洗礼って言葉をそんな気軽に使わないで。
もうカルトのやべー儀式のように、二人は見つめ合って手を重ねる。
冷や汗と悪寒と吐き気の中。
あたしはあらゆるものをこらえながら叫ぼうとした。
そのときだった。
「ぎゃっ」
びしゃあああ、とものすごい量の液体がぶちまけられる音がした。
ちなみにあたしのゲロではない。
「何をしている」
同時に、とんでもなく強い力で幹事が引き剥がされる。
誰が助けてくれたのかは考えるまでもない。
絡め取られた腕に導かれるがまま、あたしは背後へと隠れる。
意外だったのは、目の前にいた人物で。
「目ぇ覚ませや。アル中予備軍どもが」
我関せず顔だったあの男子が、水の滴るバケツを持って立ちつくしていた。




