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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
文化祭編・その後

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【A視点】今度こそ女子会

「どんどん食べてねー。タバスコとかの調味料は個別でかけるように」

 宅配ピザと5人前ほどの大きな入れ物に詰められた寿司が、食卓に彩りを添えていく。


「さてさて」


 6帖ほどの和室には、テーブルを囲んで計6名の女子が席へと着く。

 委員長と、幹事の子と、その友人であるUと、高校時代に広報だった子と、それから私達。


 ちなみに彼女はてこでも動かぬという意思を示すように、端の角を陣取っていた。

 当然、こちらも寄り添うかのごとく隣に腰を下ろす。


 隣の男子たちがいる、座敷を隔てた襖は閉じている。

 移動中に一人あぶれてしまった男子に配慮したのか、最初の1時間あたりは同性の雑談会にしようと委員長が気を利かせてくれたらしい。


 飲み物を注いで、乾杯の合図を入れた。


「さっきはずいぶんと肉食だったようですねぇ」

 私の斜め前に座る女子、Uが好奇の目を広報の子へと向ける。


 ちなみに男子の前ではあんなに積極的だった広報は、席についてから借りてきた猫のように大人しく寿司に箸を伸ばしている。


「いやあ。モテアピールしたかったもんで」


 身も蓋もなさすぎる言い方に、一瞬にして場が凍りつく。


「あー、なるほど。君すっごいかわいくなったもんねえ」

 唯一、彼女だけが凍てついた雰囲気などどこ吹く風で接していた。

 さらに氷を溶かすように、固まったままの私達に彼女が聞いていく。


「あたしも声でやっと分かったけど。最初この子気づいた人いた?」

 誰も、手を上げようとしない。

 その時点で、広報が劇的な変化を遂げたことを物語っていた。


 ……私が大して驚いていないのは、傍に別格すぎる人がいることも影響しているだろう。


「どうだった?」

 幹事が少し意地悪な質問をした。

 穿つとみんなの掌返しを見れて気持ちよかったか、といったニュアンスを含んでいる。


「逆に怖かったわ」

 自慢するでもなく、広報は疲れも一緒に吐き出すように言った。


「態度が180度違うんだもの。デブってた私のことは記憶にございませんのでしょうね。大学でもそうだった。夏休みを懸けて見返してやろうって頑張ったのはいいけど、人間不信になりそうなくらい周囲の扱いが激変してね。

入学時なんか新歓のビラすら避けて通されてたのに、全然知らないサークルの人から連絡先聞かれるわ、全然知らない女子から露骨に冷たい態度取られるわで」


 一気にまくし立てた。

 重い雰囲気が流れるところを、即座に彼女がフォローする。


「男子だと、同窓会で顔や性格よりも高年収のエリートって分かった瞬間群がられたって話みたいだね」


 つまり、変わった自分を見てもらいたいから出席したということか?


 この人は高校時代から底抜けに明るくて、男女ともにムードメーカーとして慕われていた印象があった。

 ゆえに、そういった事情を抱えているとは知らず。


「なんで劇的ビフォーアフターしようと思ったの?」

「お笑いキャラでもいいと思ってたんだけどね。女扱いされないってやっぱメンタル摩耗していくんだなって」


 委員長の問いに答えた一言に、しばしの沈黙が訪れる。

 そうなのだ。

 時に良かれと思った扱いと、当人がして欲しい扱いは異なる。


 私は広報のことを”話していて面白い人”と認識していたが、そのキャラクターを演じ続けられることに彼女は内心苦痛を感じていたかもしれない。


「でも、そもそも見返すために出ようと思ってたのが間違ってたんだよね」

「どゆこと?」


 男子が談笑しているであろう襖を向いて、広報は力の抜けた声で話す。


「話してみて、やっぱ私にはお笑いを求めてるみたいだった。むしろ私の囲われたい願望を察して接待モードになってたよ。壁感じちゃった。なんか悪いことしちゃったなあ、ってね。ほら、途中で抜けた子いたでしょ」


 あの悪態をついていた男子のことだ。

 表向きは和気あいあいとお姫様気分を堪能しつつ、合わせてくれていたことに気づいたというわけか。


「あんなにイジって女心も知らないで、どうせキャラ変したら掌返すんでしょ。それしか頭になかった。私、女に群がるだけの生き物って無意識に見下してたんだろうね。勝手に自分を傷つけた悪者扱いしてさ」


 広報の一人反省会に、誰も、何も答えない。

 ただ。私も含めて罪悪感を覚えているであろう心境は感じ取れた。


「今まで私を女扱いしなくていいくらい、気軽に笑いを取れる芸人ポジだった、って立ち位置がいちばんベストだったんだね。男子同士のあの空気はさ、やっぱ同性の友人にしか出せないもの。割り込むなんて言語道断」


 誰も手を付けようとしないので、広報は一人冷めかけているピザに手を伸ばした。

 ピザサーバーですくって皿に確保すると、総括するように言った。


「とまあ、そういうわけで告白タイム終了。もうあそこまで媚び売んないから。普通の女の子に戻るから安心して?」


 ぱんと広報が手を叩く。

 それを皮切りに緊張がほどけたのか、ちらほらと手つかずだった出前に箸が伸びていった。


 意図はある程度伝わったものの、広報の肩は強張っている。


 予想以上に男子が紳士的だったのもあり、肩身が狭い。といった様子だ。

 媚びを売る、と表現を用いる辺りに如実に現れている。


「でも、女の子として見られたかったのは本当なんだよね?」

 烏龍茶を煽って、彼女が聞く。

「そりゃ、女に生まれた以上はね」


「痩せてそんだけ可愛くなった。それは誇ってもいいじゃない。美人に生まれ変わった人を嫌う男性はいないよ。君には愛嬌とユーモアセンスもあるんだからさ、どんどん強みとして伸ばしていけばいい」


 可愛くて面白い娘って鬼に金棒だから。

 その言葉が広報は刺さったのか、惚れてまうやろ~とオーバーなリアクションを取りながら歌うように言った。


 無駄にビブラートがかかっていたため、前方にいた幹事が吹き出して私はとっさに回避する。


「そんな避けることないじゃーん」

 幹事がむせりながら私を咎めて、委員長はちゃっかりウニばかりを自分の皿によそっていて、Uがひとりじめよくないと箸を突き出し激しい攻防を始める。


 彼女は広報をおだてるためにかわいいと連呼して、スマートフォンを掲げ始めた。

 混沌とした空気に、自然と笑みが口元に湧いてくる。


 ああ、やっと戻ってきたなあ。と実感した。


「はいはーい。キマってるよー。目線くれー。うんかわいいかわいいー」

 間延びした棒読みで笑いを誘いつつ、彼女が次々とシャッターを切っていく。


 広報は途中から眠っていた芸人根性が目覚めたのか、明らかにウケ狙いとしか思えない珍妙なポーズを取り始めていた。

 アクロバティックすぎる動きに、自然と笑声が連鎖していく。


「やっぱ、私は笑わせるのが性に会ってるなあ」

 撮影会が終わった後に、晴れやかな気持ちでそうつぶやいた広報の笑顔を私は眩しいと思った。


「楽しそうじゃん」

 横で彼女に耳打ちされる。

「そうだな」


 そう、私はこれでいい。

 こうして舞台を眺める観客のように、周囲のお祭り騒ぎに浸かるのが何より楽しいのだから。


 あんたも、笑ってるとかわいいんだからね。

 不意打ちで囁かれて、私はしばらく風邪を心配されるくらい顔の熱が引かなかった。


 目の前で他人を褒めちぎっていたことによるフォローなのかもしれないが、言われて悪い気はしない。

 言葉は薬にも刃にもなるものだから。


 まさかこの後酒乱騒ぎになるとはつゆ知らず、私は呑気に女子たちが酒の缶を次々と空けていくのを眺めていた。

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