【A視点】旅行フラグ
・sideA
初めて入る委員長のご実家は、豪農と言ってもいい間取りだった。
玄関ホールは何帖にも板の間が広がっていて、農家住宅の割には天井が高い。
もしや武家のお家柄なのだろうか。
摸造刀が飾られている、床の間を直で目にするのは初めてだ。
一家の団らんらしき居間を抜けると、襖の向こうにさらに広い和室が続いている。
一枚板のテーブルと座布団が敷かれているため、客人はここでもてなすのだろう。
「女子は奥、男子は手前の座敷ね。
荷物はそこ、障子開けると広縁に続いてるから。適当に置いておいて。帰り忘れないように」
委員長のてきぱきと飛び交う指示に、私を含む何人かの子がはっと我に返る。
見惚れている気持ちは大いに分かる。
障子の先には、旅館でしか見かけないような広い縁側があった。
風通しが良く、陽当りも良さそうな滑らかな板張りの床。
木の清々しい香りが落ち着きをもたらしてくれる。
夏場にここに腰掛ければ、さぞ風流であろう。
さらにその向こう、窓の外には見事な和風庭園の景色が飛び込んできたものだから思わず息を呑んでしまう。
「こんだけ広くて掃除行き届いてるってすごいよね。お金持ちって心だけじゃなく家も余裕あんだなって思う」
荷物を私の隣に置いた彼女が、感嘆の声を漏らす。
石と、木と、畳。
昔ながらの風格が漂う、趣のある家だ。
こういった家は法事の会場や集会所として古くから使われてきたため、間取りが広いのだと聞いたことがある。
会食や宴会には、もってこいの場所なのだろう。
「老後はこういった縁側で茶をすすりたい」
「わかるけど。生き急ぐな華のギリ10代」
遠くを眺めて一人空想にふける私を、彼女が控えめに肩を叩く。
この規模の家を持つには、相当稼がないと無理だろう。
だが高い目標を持つのは人生に張りが出る。若さゆえに大きい夢を見るのも悪くない。
「あんた、こういうとこ好きなの?」
「正直、委員長が羨ましい」
なので、旅番組や大河ドラマは目の保養として鑑賞していたりもする。
修学旅行は小中高と通して一度も京都に行けなかったのが、とてもとても心残りであった。(行き先は栃木・長野・北海道)
「ふーん」
含みを持たせるように彼女は唸ったあと、何か思いついたようにあっと声を上げた。
「なら、来年あたり行く? レトロ風の宿とか」
「宿、って」
言い掛けて言葉が詰まってしまう。
まさか、旅行という発想はなかった。
「2年入ってすぐ長期インターン始まっちゃうから、行くなら春休みとかになるけど」
彼女なりに、楽しませてくれようとしているのは伝わってきた。
遠出せずとも、雰囲気だけを求めるなら県内や周辺を探せば選択肢は無限にあるだろう。
……しかし、旅費まで自分で稼いだ金でないのはどうなんだ。
そろそろ、こちらも二足のわらじを履く覚悟を決める必要ができたのかもしれない。
小さな目標は日常に張りが出るというものだ。
「うん。行こうか」
了承すると、彼女の表情がぱっと華やいだ。
約束だよ、と互いに拳を軽く押し付ける。
「ちょっとそこー。おしゃべりは席ついてからにしてー」
外野からの声がかかって、ようやく二人してそそくさと座敷へ戻っていった。




