【B視点】もじもじ
・SideB
ひんやりとした室温に寒気を感じて、あたしは目が覚めた。
あれ、あたしいつソファーに転がって毛布掛けて寝たんだっけ。記憶がない。
隣のベッドにあいつはいなかった。トイレでも行ってるのかな?
とりあえず着所寝しちまったわけだし、さっさと汗だけは洗い流しておきたい……
あいつに一言伝えないとな、と毛布を畳み始めたところで。
昨日、酔ってからの断片的な記憶が一気にフラッシュバックした。
あたしはソファー目掛けて頭突きをかました。
「死にたい」
メンがヘラってる女子が息をするように吐く台詞をつぶやく。
脳内で該当チャプターが嫌がらせのように無限ループを始めた。
振り払うように枕にべしべし頭を叩きつけた。
あたしは今、自分史上トップ5あたりには入りそうなこっ恥ずの局面に立たされている。
やらかした。
とんでもない醜態を晒した。
あいつの家で酔い潰れて、絡んで、襲いかかって、その場の勢いで告った。
もう金輪際お酒飲むのやめよう。あたし絶対酒癖悪いタイプだ。
昨夜の失態がいつまでも頭から離れず、両手で顔を覆って床をローリングしていると。
「……何をやっている」
自分のことでいっぱいいっぱいで足音に気づかなかった。
顔を上げれば、困惑してあたしを見下ろすあいつの姿があった。
「おはようストレッチしてたんだけど起こしちゃった?」
とっさに立ち上がる。
明後日の方向を向いて口笛なんか飛ばしてみたけど絶対ごまかし切れてない。
「おはよう。…………、」
何か言おうと逡巡しているあいつに、あたしは思いっきり声を被せた。
「ごめん。上がってからでいい? 借りるね」
「あ、ああ」
流れ豚切りしてごめん。
だけど、あたしは今の状況に耐えきれなかった。
寝起きのキマってないほんと無理な状態を、これ以上想い人に晒すわけにはいかなかった。
全部洗い流そう。
そんで切り替えていこう。
あたしは頬を叩いて浴室に向かった。
さっとシャワーを浴びて髪をまとめる。
着替えて、いつも以上に鏡とにらめっこして、いつものあたしに仕上げていく。
この後走るから、ベースは軽めに。
UVカット効果のある化粧水と保湿液をなじませたら日焼け止めを塗って、リキッドファンデをムラなく重ねる。
最後に軽く色つきリップを引きメイク崩れ防止にパウダーを乗せて、準備はできた。
大丈夫。もうキョドったりしない。
何度か深呼吸を繰り返して、奴の待つ場所へと戻る。
「お待たせ」
洋間に戻ると、あいつは朝食の準備に取り掛かってるらしかった。
コーヒーいるか? と勧められたので頂くことにする。
昨日買ってそのまま手つかずだったサンドイッチは、あいつが冷蔵庫に保管してくれていた。
「それで足りるのか」
あたしの前に並ぶメニューを見て、怪訝そうに尋ねる。
サンドイッチ。一杯のコーヒー。ヨーグルト。軽食と言っていいラインナップだ。
「朝ランするから控えめに入れとこうかなと」
「どの辺りを?」
「最寄り駅ついたら」
そんなすぐには出発しないよ。食休みと準備運動もあるし。
付け加えると、あいつはほっとしたように頬を緩めて頷いた。
無言の一時が流れていく。
朝の情報番組は主要ニュースが終わって、気象コーナーに。
午後は陽が差してきますが、午前中は冴えない曇り空が居座っていますと予報士は告げる。
表示されてる気温は、今のとこまだ涼しめ。絶好のランニング日和だ。
さて、どこから振り返ろうか。さらっと口に出そうと思ったんだけど。
「…………」
「…………」
会話が始まらない。
いや、あいつといる時は行動パターンの修辞に『黙』とつくのがデフォだけど。
もどかしい。
柄にもなく全身を支配するむず痒さに調子を狂わされていた。
突っ込んだ内容となると、どう切り出したらいいか引き出しに詰まっている。
いつもなら考える前に言葉が出てきているのに。
なんだこれ。一種の状態異常か。
ステータスバーに『もじもじ』とでも打たれてんのか。
「…………」
そしてあいつも、多分似たような心境にいると思う。
表情だけはいつものポーカーフェイスだったけど、心ここにあらずといった感じでカップを手に固まっている。中身も揺れている。
話しかけるかかけられるかのタイミングを伺ってるみたいに、ちらっとこっち見ては逸してといった具合で視線に落ち着きがない。
会話がなくても心地よいと思ってた友人関係が、一晩で変わればこうもなるか。
焦れったい沈黙が続いて、先に口を開いたのはあいつだった。