【A視点】恋人成分の補給
ギター同好会による、ヒット曲の演奏。
教師一同による、年替わりの特別パフォーマンス。
どちらも在学時からの風物詩だ。
「プロがやるものじゃないから、生モノならではの楽しさがあるよね」
ちなみに、うちの高校は毎年何かしら本番でやらかすことにも定評がある。
去年は教師の漫才コーナーで突如校長が登場し、一発芸で『マジ卍』と披露して盛大に滑り倒していた。
バンド演奏は体育館のどこで聞いても鼓膜がやぶれそうなほどの大音量で流れるので、彼女との会話はLINEに切り替えた。
やがて、部員らしき派手な格好をした男女が壇上に上がった。
周りに合わせてなんとなく拍手を送る。
『お 最初これかー』
『聞いたことある』
『あれだよ 車のCMでよく流れてる』
馴染みのあるイントロが流れたことで、期待が高まってくる。
やがてボーカル担当らしき中央の女子が、口元にマイクを構えた。
そして、何も聞こえてこなかった。
『あちゃー』
周囲が一斉に首を傾ける。耳も傾ける。
いや、ステージの女子は声を張り上げてるように見える。
熱唱を表すかのように足と首を思い切り振り回している。断じて口パクではない。
ベースの音が大きすぎて、声が埋もれているだけなのだ。
加えて音域にドラムとギターの奏が重なってしまっており、余計に声を拾うのが難しい。
『これってどうすれば改善される?』
『バランスと音響設備の問題だからなー』
『マイク音量を上げるのは駄目なのか』
『それやるとハウリング起こすからねー』
つまりリハーサル不足なのか。
高校生バンドにはありがちだというが。
女子生徒は最終的に顔を真っ赤にして、きええええと声を張り上げていた。
もはや音程など気にしてはいられない状態であった。
どの楽器パートも自己主張が激しすぎた弊害による叫び声だ。ボーカルに罪はないと思う。
演奏自体は悪くなかったので、客はペンライトを振ってそれなりに盛り上がってたのは救いか。
ちなみにバンド側も声が通ってなかったのは分かっていたのか、二曲めからはバラードものに移り変わっていた。
ただし最初の曲で喉を潰したのか声が完全にかすれており、サビの高いキーが全く出ていなかったのが切なかった。
『なんでス○ッツにしちゃったんだろ』
『最初にこれならなあ』
こういった失敗もコピーバンドの醍醐味である。
大抵のグループが通る道なので、彼らにはくじけず今後とも頑張ってほしい。
まあまあの盛り上がりで学生たちが壇上を下りて、いよいよ教師陣が登場した。
『あ 国語の先生だ』
件の国語教師は、軽く咳払いをするとこう言った。
「えー、おもてで在校生の主張なるものが盛り上がっていたそうですが。ここでいち教師の主張をお聞きください」
あまりユーモアめいた印象がなかった真面目な先生なので、何を言い出すのかと冷やかしの声がぽつぽつと上がる。
「私は独身です」
あんまりな一言に、早くも笑い声が上がった。
「そして、私のほかにも二人。若い独身の女教師がいます」
『男性教師を出さないのは良心なのかな』
『全員既婚という可能性もある』
『やー たしか科学のあの人は非モテをネタにしてたよ 毎年クリスマス近づくとクルシミマスぼっちってうるせーあいつ』
『……よく覚えてるな』
「ですが。この二年間で二人とも名字が変わってしまいました。三人中二人です。この絶望がわかるでしょうか」
ここで突如、二人の女性教師が登場した。
独身の教師を両脇から挟んで、二人同時に手を合わせて首をかしげる。許してねとでも詫びるように。
それから同時に左手を掲げた。
双方の薬指には紛うことなき結婚指輪が光っている。
煽っているとしか思えないパフォーマンスに、あちこちで吹き出す声が聞こえた。
「二年前。確かに私達は誓いました。全員新卒の同士としてバリキャリを目指していこうと。しばらく色恋に現は抜かさないと。しかし。一人はまもなく産休に入ります」
この裏切り者ーと叫んだ辺りで収集がつかなくなり、三人は見かねた他の男性教師に連行されていった。
どこまでが台本通りか分からないが、とりあえず会場から笑声は止むことなく続いていた。
『いろいろと大丈夫なのか これ』
本人同意の上とはいえ、独身ネタも最近は炎上しやすい傾向にある。
『大丈夫だよ あんなこと言ってるけどあの先生、ちゃっかり同棲してる彼氏いるから』
『いても結婚の意志が感じられないから、焦っていたとかではなく?』
『結婚の意志というよりは、結婚のシステムについての異論だね。二人とも公務員だし、義実家付き合いはめんどいし、子供も作る予定がない。対等な関係でいたいからしないってこと つまり実質独身』
『男女でもあえて結婚しない道を選ぶ人もいるんだな……』
そこまでいけば独身の枠では無いと思うのだが、相手がいる余裕があるからあえて茶番劇にしたのか。
しかし、何故この人はそこまで他人の恋愛事情に詳しいのだろう。
『結婚が幸せの正解じゃないって皮肉ってやってるのかもしんないけどねー』
そういった意味では、私たちも該当する。
同性婚が認められていないことに抗議したくなる気持ちは分かるが、私の考えでは籍を入れなくても共に生きることはできるのだからさして不満はない。
結婚生活にネガティブな声をうんざりするほど聞いているから余計に。
それで『結婚できないなんてかわいそう』などと同情されようものなら却って心外である。
とはいえ、いくら恋愛や人生のかたちが多様化していても。
独り身で一定数笑いを取れる以上、まだ法律婚していない男女に向けられる偏見の目は根強いのだろう。
それから何事もなかったかのように、教職員による恒例のバンド演奏が始まった。
ドラムが上手いのか、先ほどの高校生バンドとは比較にならないほどの安定感だ。
声もよく通っていて、知らない曲なのに高揚感が湧いてくる。
一人だけ数合わせで選ばれたのか、キーボードを指でつついているだけの絵面がシュールだった。
何故無理に演奏の体を装わせようとしたのか。
「…………」
ふと、膝に置いた手に温みを感じる。
いつの間にか、彼女の手が重ねられていた。
『甘えたい気分なので』
器用に片方の手でスマートフォンを操作して、私に見せてくる。
観客はステージに夢中だ。今だけ目立たない形で補充したいと。そんなところだろうか。
『君もどうぞ』
どうぞと催促されたところで、どこまでが許されるラインなのかいまいち良く分からない。
私の迷いを察してか、彼女が首だけをこちらに向けた。
片方の指で、ちょいちょいと私に向いている肩を指した。ああ、そういうことか。
身体を傾けて、頭を彼女の華奢な肩へと寄せる。寄りかかる体勢だ。
柔らかな感触をこめかみに覚えて、いつも付けている香水の匂いが強くなった。
彼女といい、綺麗な女性ほど芳しい香りを漂わせている頻度が高いのはどうしてだろうか。電車内で特に顕著に感じる。
こうしてもたれていると、騒がしい体育館内なのに眠気を覚えてくる。
やがて、背後から後頭部に手が回された。
髪を撫でてくる動作は完全に安眠を誘っている。
甘えてもいいらしいので、しばらくこうしていよう。
そのまま、私はまぶたを閉じた。
文化祭後、スマートフォンには元クラスメイトからの通知があった。
『二次会参加の人は坂下りたとこにいてねー』とのこと。
久しくこの手の集まりを行っていなかったこともあり、私たちはそのままクラス会に参加することにしたのであった。




