【B視点】ずるいです
転機が訪れたのは、数ヶ月後だ。
「先輩、ぶっちゃけ主将のこと好きですよね」
先陣を切ったのはあの後輩さんだった。
気づけば恋の相談に来たはずの女子を連れてくることは少なくなって、初対面から饒舌だったこの人を言伝にあたしは話すようになっていた。
「ちょ、ちょいちょい。なんでそう思った」
廊下に連れ出されるなりいきなし言われたもんだから、あたしは心の準備ができてなくて慌てふためいてしまう。
「いつも試合観に来てくれるじゃないですか。学校じゃそんな地味なのに、主将と学校外で会うときはすげー気合入った服着てくるじゃないですか」
「そ、それは」
あいつが、目標にしたいって言ったから。
気を遣わずきれいな格好で出かけようって言ってくれたから。
だから、希望通りの格好にしているだけで。
「そんなの。それこそ建前で言ったかもしれません。ふつうの女子の隣にすっごい綺麗な女子が並ぶってどれだけ女の劣等感を刺激するか。考えたことはないんですか」
後輩さんは責める口ぶりで言い募ってきた。
「男ウケのコーデで決めてるわけじゃないよ。マウントでもない。だいたいあたし男いたことないし」
中学時代はそれで痛い目を見たから、あたしは他の女子の目があるとこでは一貫して地味子で通している。修学旅行でも、他の子と会うときも。
あくまで、あいつと二人で会うときだけだ。気合い入れておしゃれするのは。
……あれ?
あいつと出会ってから、何度か浮かび上がってきた疑問。
筋は通ってるけど、感情的にどこか引っかかるもの。
それが今、これまでとは比較にならない重さで心に住まわった。
「それ。ですよ」
そして後輩さんは、あたしより先に明確な答えを口に出した。
「男ウケ狙ってるわけじゃない、嫉妬心も理解している。それでも特定の人の前でだけ身なりを整えるって。綺麗だって思って欲しいからとは違うんですか。
あなたのそばにいる一番綺麗な人は自分だよ、って無意識にアピってるのと何が違うんですか」
「…………」
何も言い返せなかった。
あいつに言われたからって、そのまま鵜呑みにするあたしもどうだ。
考えたことは、ないわけじゃない。
あいつと何度か出かけて、ナンパに出くわすことも一度や二度じゃなかった。
じろじろ見てくる通行人の視線には今更だとあたしは慣れていたけど。
でも、あいつから見れば。
気にしていなかったってことは、きっと、ない。
それでも、綺麗だって思って欲しいからあいつといるときだけ気合をいれる。
試合を見に行くようになったのは、あいつのかっこいいところが見たいから。
こうして言葉にすると、それはとてもしっくりいった行動原理になっていて。
……え? ……まじで? ……ええ?
「先輩はずるいです」
揺れるあたしにさらに退路を断つごとく、後輩さんはくさびを打ち込んだ。
「わたしが、主将にいちばん近いんだって思ってました。いつも褒めてくれて、試合で結果を出すたびに誇りだって可愛がってくれて。
わたしは、主将よりもうまくなってやる気持ちでこの1年がんばってきました。結果を出し続けて主将を喜ばせることが、誰にも負けない強い武器になるんだって。そう信じてたのに」
びっと、後輩さんはあたしに指を突き立てる。
「県予選であと一歩だったとき、主将はわたしたちをいっぱい褒めてくれました。わたしは特に褒めてくれました。それが誇らしくて、優越感もあって、やっぱりわたしがもっとがんばるべきなんだと。そう思い上がってて」
でも、主将の中にわたしはいなかったんです。
後輩さんは悔しそうに、力なく言った。
「試合後、主将はひそかに泣いてました。あなたの隣で。涙を流した主将なんて、わたしたちは一度も見たことがありません。それって自分のいちばん弱いところを許してる人ってことですよね。決定的な差がわかっちゃったんです」
ずるいです。
今度は涙声で、あたしの心に後輩さんは刃物を突き立てた。
「同い年で。同じクラスで。友人で。すっごい美人で。泣き顔を見せられるくらい信頼されてるって。それって勝ち目ないじゃないですか。
やっとわかりました、主将はわたしの実力だけを見ているってことを。あなたも表面だけかと思っていたのに。自分よりおしゃれで綺麗な人ってとこだけを見ているって思ってたのに。わたしじゃ、どんなに腕を磨いたって主将のこころに触れることはできない」
だってわたしは、きれいじゃないから。
全部持ってる、先輩になりたかった。
叫んで、後輩さんは踵を返した。
結局、思いの丈をぶつけたところで何も事態が好転するわけじゃない。
あいつの気持ちはガンスルーで突っ走っただけ。
どっちがどれだけ優れてようが、あいつがノンケなら無意味に終わる恋バナだ。
だから、これは、関係にヒビを入れるやりとりであって。
あいつとの間に芽生えていたものは、本当に、友情だったの?




