【B視点】水面下の修羅場
「次どうする?」
食べ終わったところで、あたしは聞いてみた。
時間はお昼を過ぎたとこだけど、さっき食ったばかりだからお腹はいっぱいだ。
学食は席埋まってるだろうから、どのみち今は無理か。
「私用で悪いが……」
あいつは少し気まずそうな口ぶりで、スマホを見せてきた。
来校したとの知らせを受けて、顧問や部員たちが今道場に集まってるっぽい。
待ってるからおいでとメッセージが届いている。
「うん、いいよ。いってらっしゃい」
さすがに、人の部活にあたしまで顔を出すわけにはいかない。
それ目的であいつは来てるんだしね。
「すまない。ステージの時間までには切り上げる」
ちなみに本日の目玉である、教師一同のスペシャルイベントは14時から。あと1時間ちょっとは余裕がある。
「あたしも部員とこ行ってくるわ」
部誌だらだら見て回るだけだけど。
「ああ。終わったら連絡する」
「おけ。じゃ、また」
あいつとは一旦別行動を取ることになった。
ちょっとさみしいけど、ここではあくまで友人同士で訪れただけだからね。半日くらいは我慢だ。
というわけで、あたしは元幽霊部員として在籍していた文芸部の部室へとやってきた。
「らっしゃーせー」
やる気なさげに見知らぬ女子が顔を上げて、それ以外の部員らしき生徒はスマホから顔を上げようともしない。
接客する気0だ。
相変わらずの陰キャっぷりというか。
知らない顔ぶれだから、この子らみんな1年か?
内装もいたってシンプル。
長テーブルとパイプ椅子。
漫研に頼んだ感バリバリのアニメキャラが描かれたポスター。
コピー用紙を適当に留めただけの紙束みたいな本。
それ以外は見事になーんにもなし。
しゃーないよね。絵はともかく素人の文章を学生が読むかって言われたら需要少ないし。
SNSや校内新聞で宣伝してるわけでもないし。
漫研との盛り上がりの違いは、二次創作がOKか否かの差もあると思う。
あたしは入学当初は帰宅部一択だったんだけど、どっかの部に在籍してないとだめってことで仕方なく”聖書研究会”に申請した。
理由はまあ、身近にあったので。
つっても名前があるのが奇跡なレベルでマイナーな部活だったから、あたしが入ろうとしたときは部員が足りず廃部の危機。
そんで新たに発足された文芸部に吸収された。そんな感じの過程だ。
今年の部誌をぺらっとめくる。
……うーん。これ、文芸誌って言っていいのか。
学校行事の感想文が大半を占めていて、あとは適当な詩や俳句がちょこちょこ。
中二全開のペンネームまみれなのは、悪い意味で変わってない。
あたしの知ってる部誌ってのは、オリジナル小説で埋め尽くされているものだと思ってたんだけど。
それとも、他校はわりとこんな感じなのかな?
そんで、来年以降はこの部活存続しているのやら。
とりあえず記念に一冊買って、あたしは気分転換に外へと出た。
スリッパから外履きに履き替えて、昇降口をふらっと出ると。
『はーい、みなさんご注目ー。ステージの前にこちらの舞台も見てってくださいねー』
すぐ側にいた女子がメガホンを手に突然声を張り上げたので、あたしはビビって数歩ほどざざざと後ずさりをかました。
なんだなんだ。耳を澄ませてみると、どうやら屋上でなにかやってるらしい。
校庭には人だかりができている。
あたしみたいに何人かが女子に注目して、引き寄せられるようにぞろぞろ校庭に向かっていく。
あたしもついていくことにした。
校庭にぽつんと立った三角コーン。そこにぺらいポスターが貼り付けられていた。
ちょっと土ぼこりにまみれているけど、字は読める。
『在校生の主張』と書いてあった。
某番組のパロディかよ。
じっと見ているとそのうち屋上から一人の男子生徒が現れて、でっかい声で熱弁を始めた。
『僕はー、今日どうしても言いたいことがありまーす』
おお、言ったれ。
周囲の喧騒がぴたっと止んで、数多の目が彼へと向けられる。
『○▲※~■☆彡……というわけで、僕は反逆するにいたりましたー』
どういうわけだよ。
聞き取れませーんと誰かが叫んだけど、悲しいかな。
逆にその声は男子に聞こえなかったみたいで、滑舌の悪い男子はそのまま屋上からフェードアウトしていった。
彼の熱き想いは届かずに終わったのでした。
そのまま何もなかったように、次の生徒が手すりへと立つ。
『わたしは、二日前に恋をしましたー』
期間短いなー。文化祭のカップル成立率に賭けているのかね。
『そして今日、彼と同じ時間に店番が被りましたー』
そこである程度の候補が絞られたのか、女子のクラスらしき面子がひゅーひゅーと囃し立てる。
『でも、彼は他校から超美人の子を連れてきたんでーす』
女子が涙声でぶちかまして、周囲からえええええと驚愕のウェーブが上がる。
わあ、完全な憂さ晴らしですやん。
『おまけに駄菓子おまけしまくってました。お子様セットかってくらいに。カノジョだからって割引してました。無断で。誰かチベスナ顔で接客してたわたしを褒めてくださーい』
言い切ったところで爆笑の渦が上がって、『てめごらぁぁぁ』と野太い男子の声がどこかで聞こえた。走り去っていく足音も聞こえた。
あれはカチコミに行くんだろうな。
それから親への反発だの教師への文句だの友人への本音だのと暴露大会が繰り広げられて、何名か過ぎた頃のことだった。
……あれ? 誰だっけ。
次に登場したのは、どこかで見たことがしないわけでもない女子だった。
部活の後輩ではないし。なんであたし既視感もってんだ?
『飛び入り参加します。私はー、どうしてもお礼を言いたい相手がいまーす』
感謝の意の表明かな。ほのぼのパートか。
『その人はー、最初は怖い印象でしたー。でも未経験だった私を優しく指導してくれて、君ならできると励ましてくれたんでーす』
おお、やっとほんわかして聞けるターンが来た。
それでそれで? と急かすようにギャラリーがおおーと声を張り上げる。
『その方がいてくれたからこそ、私は高校最後の試合で悔いなく戦うことができましたー。あなたの仇は今年も取りましたのでー』
……ん? なんだろう。どっかで聞いたことがあるワードが今出てきたような。
『もう卒業してしまったあなたに。1年前言えなかった気持ちを、ここで思い切り伝えたいと思いまーす』
え、まさか。
あたしの中で、心臓の音が速くなっていく。
時間帯的にいるわけがないと思ってたから候補から外れていたんだ。
あの女子生徒が誰なのか。記憶が地中深くから這い上がってきて。
『ずっとずっと、今でも大好きです。心から尊敬しております』
そして、あたしはその名前を聞いた。
グラウンドは大歓声に包まれている。
きっと多くの人には、先輩への感謝の気持ちを述べる理想の後輩に映っているんだろう。
それが、遠回しな愛の告白だと気づいているのは。きっとここの会場ではあたしだけだ。
だって、あたしはこの後輩を知っている。
その人への想いも、ずいぶん前に知らされていたのだ。
頭を真っ白にして立ち尽くすあたしに、後輩さんは確かに。
あたしへと向けて、にんまりと笑みを浮かべた。




