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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
番外編

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【B視点】お部屋探し②

「内見してからが本番だが、条件は良さそうで何よりだ」

「そだねー。……にしても」

「?」

「早く来すぎたなあと」


 あいつ同伴の上で、めぼしい物件を夜にちょっと見て回る。

 それ想定で、物件探しに時間かかることも見込んで夕方に差し掛かる前に訪れたんだけども。

 案外物件探しが早く終わっちゃったもんだから、まだ日没まで時間が余っちゃってる。


 んー、どうしたもんか。このままだらだらしててもいいんだけど。

 それに待ったを掛けるように、あたしの体はある命令を告げた。


「う」

「……?」

 あいつが振り返る中、あたしは必死で体を丸める。


 なんとか聞こえずには済んだみたいだけど。その、このタイミングで空腹を自覚しまして。しかも結構な。

 空気読んでくれよ。お昼そんな空いてないからーってゼリー飲料にした報いなのか。


「……どこへ行こうとする?」

 カバンを取ったあたしに、あいつが不可解そうに聞いてくる。


「そこのコンビニ」

「何故」

「お腹空いたので」


 生理現象に嘘はつけず、あたしは正直に言った。

 勝手知ったる人の家とはいえ、さすがに何か食っていいーなんて冷蔵庫開けるがきんちょみたいな真似はできない。


「言ってくれれば、何かこしらえるのに」

 あいつは半ば呆れたように息を吐いた。


 このあたりの女子力はあたしよりも遙かに高い。

 お腹空いたらどうしますか? と聞かれて大半が財布か出前用にスマホを取る中、あいつはエプロンを取る人だ。


「少し早いが、夕飯にするか」

 あいつはそう言いながら、テーブルの上の物を片付け始めた。

 少しどころかまだ4時を回ったとこだ。おやつにしても中途半端な時間帯なんだけど。


「や、あんたは空いてないでしょ」

「先に作っておけば、後で空いたときに温め直せばいいだけだが」

「だ、大丈夫。ご飯は決まった時間に食べよう。ついでに欲しいものあったら買ってくるからさ」


 立ち上がって足早に出ていこうとすると、強い力で肩を抑えられた。

「駄目です」

 いつになくドスを効かせた声で、あいつが呼び止める。


 口調が変わってるときはマジモードに入ってる証拠だ。いいから言うことを聞きなさいという意味合いの。

 あたしは迫力にビビりつつも、この時点では空腹がばれたことによる恥ずかしさの方が上だったのでおそるおそる抵抗しようとした。


「あの、あたしの準備不足だからね。いつもならお土産プラスアルファがデフォだけど。今日はたまたま小腹が空いたとき用の飲食類の持参を忘れただけで」

「そういう問題ではなく」


 あ、こりゃあかん。逃げられんわ。

 例えるなら、のらりくらりでお小言から逃げようとする子供を捕まえてお説教ターイムに入るお母さんの図と言いますか。


「住み替えでこれからお金がかかるというのに。余計な出費は見過ごせません。私のためにいちいちお金を使わなくていいので」

「はい、大人しくご馳走になります」


 そう言う他なかった。

 あいつの視点で考えれば、節約面でサポート出来るのがそれくらいしかないから頼ってくれということなんだと思う。

 他人がお金を負担するわけにもいかないしね。


 素直でよろしい。

 とあいつがビビらせたことを詫びるように、ぽんと頭に手を置く。


 そのままぽむぽむと頭揉むように叩き撫でてくる。

 完全に子供扱いだ。

 まったく、頭ぽんぽんしとけば機嫌良くなると思って。その通りだけど。


 この頭から空気が抜けてくような感覚には、毎度毎度ぽわんぽわんと弾む嬉しみを感じてしまう。

 あたしも大概ちょろいよね。


「そしたら、次来るときにどうすりゃいい?」

「どうすればとは」

「手ぶらで遊びに行くというのも、気が引けるといいますか」


「…………」

 単純でいいんだよ、とあいつがつぶやく。

 ん、お金をかけないお土産ってなにがあったっけ?

 聞き返すあたしに、あいつは言葉ではなくじっと見つめてくると。


「つまり……こう」

 ゆっくりと腕が伸びてきて、ぎこちなく抱き寄せられた。


 あいつの体温がどっと流れ込んでくる。肩はガチガチでめっちゃ緊張入ってた。

 前玄関先でしてくれたときは力強かったのに。

 意識すると照れが入っちゃうんかね。


 されてる側なのに妙に母性をくすぐられて、ちょっとちょっかいを出してみたいといたずら心が湧いてきてしまう。


「そんなに寂しかったんだ?」

「そ、そこまでは」


 強要しているわけじゃない、と弁明するあいつにあたしは顔を寄せた。

 こつん、と互いのおでこがぶつかって、タバコ一本分もない距離まで詰める。


「正直に言いなさい」

 頬に手を当てて、短くすっとなぞる。

 たちまち火が付いたようにあいつの顔は耳まで赤く燃え広がって、やがて頭を垂れた。

 肯定の合図だ。


「しょうがないなあ」

 一度体を引くと、あたしは体重を預けるように抱きついた。

 頭をあいつの顔の横に、手を首に回して。

 ちょっと身長差があるからつま先立ちだけど。


「…………」

 あいつは完全にフリーズしていた。

 なんでキスがあんなに上手い人がハグでノックアウトされてるかなあ。

 逆じゃね? へたれ攻めってやつかな?


「お支払いは体でなんて。強引ですねぇ」

 からかうように顔の側で囁くと、さすがに過ぎたのか回された腕に力が込められた。

 痛くはないほどの強さだったけど。


 それから後頭部を支えるように掌が添えられて、頭を触られることに弱いあたしはだんだんとちょっかいの熱が引いていく。


 というか恥ずかしさのほうが大きくなってきた。

 素に戻っても、離れる気配はなくて。


「……ええと」

 まさかこの体勢で寝てるわけじゃないよね。

 全く応答がないあいつに、呼びかける。


「そろそろほどいてもいい?」

「まだ」


 声は迷いなく返ってきた。

 寝てる親の側で点いてるTVを消そうとしたら、見てるのにーとはっきり起きてきた反応みたいだ。


 まあ、いいか。今は気の済むまで密着していよう。

 こんなんでいいなら、毎日やってあげてもいい。


 でもそれだと特別感が薄れるか。

 だから、最近してなかったぶんおあずけされてたって思わせちゃったかな。


 そんなわけで、あたしたちの間にはこの日からスキンシップがちょっぴり増えたのであった。



 ちなみに、手料理はどれもこれも美味しかった。

 あたしは何食わされてもまいうーとしか返せなかった。

 通い妻みたいなことしてんのに、胃袋をがっちり掴まれたのはあたしだったというわけか。

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