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【A視点】絡まれる

 彼女は、未だ座り込んで動画をぼんやりと眺めていた。


「まだいいのか?」


 もう少ししたら就寝の準備に入るので、せめてシャワーだけでも浴びて欲しいが……


「ごめん、飲みすぎたっぽい……」


 答える声には覇気がない。

 ふやけた皮のごとく、抑揚も緩んで視点も定まってないように感じる。酔いが回った状態で入浴を勧めるのは危険だろう。


「そうか、では毛布だけでも出しておくよ」

「ほんと、ごめんねぇ、ご飯食べたら入ろうか思ってたんだけど」


 見れば、サンドイッチの袋は未開封のままだ。

 空腹の状態で飲酒をしたから、アルコールの吸収も早かったのであろうか?

 酒の缶も複数開いてるならまだしも、一つのみ。

 発泡酒は度数が低いので、元々あまり強くないのだろうか。


「別に気に病む必要はない。潰れたら介抱する約束だったし」


 どのみち、帰宅を促すのは最悪の選択だろう。

 狼の群れに子羊を放すようなものだ。


「今度から、持ち込むのはソフトドリンクだけにしておきなさい」

「はぁい、もうしません」

「お酒は私が二十歳になってからです」

「君はその歳になっても飲まないと思う」

「やかましい」

「あたー」


 まるで子供を相手にするようなやりとりを交わして、水を汲んできたコップを置いた。


 保留にしていた、疑問の一つを掘り起こす。

 やはり、今の自宅からバイト先までの距離は遠いのではなかろうか。

 慣れない酒に頼るほど、体がしんどいと悲鳴を上げているのではなかろうか。


「その」

 私は切り出した。


「今やっているバイト……は大変なのか」

 彼女は言葉の意味を理解するように短く唸ると、ゆるゆると口を開いた。


「ま、接客業ですしなあ……土日はずっとシフト入ってるし……」


 飲食店勤務だとは聞いているが、稼ぎ時に長時間入っていればハードワークになるのも已む無しか。


「前から気になっていたのだが……家と逆方向の場所に勤務先があると、色々と不便ではないか」


 定期もその分買わなければならないし、正直私にはメリットが見出だせない。


「ええと、その、社風や人間関係が肌に合っているとかの理由であれば申し訳ない」


 己の価値観で”不便”だと決めつけてしまった失言を慌てて訂正する。

 まずい。仮に上記の理由に該当するのであれば傷つけてしまったか……


 彼女は『いきなり何を言い出すんだ』と不思議そうに私を見つめていたが。


「ああ」

 やがて、どこか悟ったように静かに息を吐いた。


「迷惑だったよね、あたし」

「はい?」

「頻繁にバイト帰りにお邪魔してたら、そりゃそー思うよね……いつでも相手してくれる友達の感覚で来られちゃ、困るよね……今日なんか特に、潰れてこんなザマでさぁ」

「……何を勘違いしているかは知らないが、そう思ったわけでは」

「違うの?」


 違う。

 とは即座に断言できない気持ちが、言われて初めて引っかかっていることに気づいた。


「アポイントも無しに訪問してくることは無かっただろう。都合が悪ければメールの段階で連絡する」


 なぜ。

 今日何度目かになる疑問が、私の思考に鎖を巻きつける。


「じゃー、なぜに今、バイトの話題出したー?」


 ごもっともな話である。

 彼女は、これまで一度も勤務先の不満をこぼさなかったではないか。


「……勝手な思い込みだ。勤務後に直帰せず、誰かに会って酒を飲むということは辛いことでもあったのか、と」


 大学との両立を考えるといささか疑問が残るが、相手が納得しているならいいではないか。

 そう、これからも思っていれば良かったのに。なぜ。


「なる、心配かけちゃったっぽいねぇ。それには及ばないよ。めっちゃってほどでもないけど、人間関係はいいから」


 深入りはせず、これまで通り彼女が定期的に構ってくれる現状に甘えていればいい。

 それで十分ではないか。

 だが。


「それが……理由なのか」

「ん? なにが」


 この時は、踏み込むことを止めなかった。


「バイトを続けている理由。遠いし、きついし、よく頑張っているなと思う。そのモチベーションはどこから来るのか、気になっただけだ」

「あー」


 しつこく問う私へ、彼女は合点がいったように手を叩いた。

「『なんで大学の周辺じゃなくてこっちで探したの?』で、ビンゴ?」

 頷く。


「うんうん。そっかー。そこ来ちゃったかー」

「……?」


 なぜ、答えを出し渋る?

 彼女はバツが悪そうに苦笑いを浮かべている。少し探りが過ぎたのか。


「き、強要はしない。ただの興味本位だ、言いづらいのであれば」

「いーのいーの。機会が今やってきたってことだから。お酒さまさまだわ」


 さっきからどうしたと言うのだろう。彼女は明らかに動揺している。

 平静を装っているものの、声は軽い調子が外れて上ずっていて。

 そこまで、重要な前振りで告げるべき理由なのか?


「いい。一度しか言わないよ」

 そして彼女は、まっすぐ私を見据えながら唇を開いた。



「あんたに、会いたいから」

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