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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
高校時代編

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【A視点】インターハイ個人戦

「さて」

 母親が置いていった麦茶のグラスを煽ると、彼女はハンドバッグから制汗剤のようなものを取り出した。


「お見舞い品。どうぞ使って」

「……これは?」

「ドライシャンプー。洗わないで使えるやつね」


 ちょうど髪の処理に悩んでいたところなので、思わぬサプライズだった。

 よく相手の求めているものをぴたりと当てられるほど、頭が回るものだ。


 しかし、こういった特殊な日用品は値が張るのではないか。思わずいくらだったかと問いただすと。


「千円もいかんから安心して。ありがたくもらっときなさい」

 頼まれたわけでもないしねーと言いつつ手は開封の動作に入っており、そのまま私はドライシャンプーの手順を実践形式で教えてもらうことになった。


 このシャンプーは泡が出るタイプということで、本来のシャンプーの感覚で使いやすいということ。

 十分に梳かして髪の絡まりを解したら泡を出して、髪と頭皮にしっかり馴染ませていく。

 適度に力をこめて、地肌をマッサージしてくれる指の腹が心地よい。


「おかゆいところはございませんかー」

「……無いです」


 あっても皮脂の溜まってる箇所を重点的に揉んでくれなど。言えるわけがない。

 相手の善意からとはいえ、己の頭を洗わせて頂いている現状が恐れ多すぎるというのに。


「鏡見ながら拭き取るといいよ。生え際とかにけっこう残りやすいからね。あと、こういう緊急時はしゃーないけど、毎日の使用はやっぱおすすめしないかな。

そこはやっぱ、洗い流さないと汚れは完全には取れないからね」


「そう……だよな。明日からは通常通りの洗髪に戻るよ」

「片手じゃしんどいだろうし、洗髪用のブラシ使うのがいいかも。普通の櫛みたいに溶かしながら洗うやつね。柄が長いとなおいい」


 そこで唐突に会話を断ち切ると。彼女は意味深にふふふ、と含み笑って。

「というわけで、これも買ってきちゃいましたー」


 某猫型ロボットの声真似で商品名を読み上げつつ、彼女はバッグから買ったものを取り出した。

 だんだんあのバッグが手品師のシルクハットに見えてきた。


 どうしてこの人はこんなにも頭の回転が早いのか。一つの情報から取捨選択する洞察力に優れているというか。

 私にはどうすればそのエスパーみたいな能力は会得できるのか。

 もっと他人と関わったり、本を読んで視野を広げる他ないのか。


「これ百均のやつ。まじで。お代はいらんからね」

 最後に髪を美容師のごとき手際で丁寧に拭き取ると、あとはお好みで調整を~と明るい調子で櫛を渡された。


「本当に……ありがとう。このお礼は」

 何を返せば釣り合いが取れるだろうか。

 言ってみたところで、彼女が求めているものに私などが応えられるかは分からなかった。

「いーよ。あたしがお節介焼きたいから焼いてるだけ」

 ああでも、と彼女は少しだけ考えるそぶりを見せると。


「じゃ、もうちょっとだけいてもいい? あたしもこれ見たいから」

 言うが早いか、彼女はリモコンに手を伸ばした。

 チャンネルを回して、始まったばかりのインターハイの中継に切り替える。


「ぜ、全然構わないが」

「そ? ありがと。怪我人だから長居しちゃ迷惑かなと。髪終わったらお暇しようかなと思ったんだけど」

「そ、そんなことはない。別に、何時でも」


 久々に会ったからだろうか。

 敬遠になりかけていた不安もあって、私は繋ぎ止めるように切羽詰まった口ぶりで発してしまった。

 距離感のあやふやな私にも彼女は特に反応することなく。辛くなったらちゃんと言えよーと付け加えて、視線はTVへと向けられた。


 少し、感情が先走りすぎていたと思った。

 今は主将として、冷静に試合を眺めつつ落ち着きを取り戻していこう。



 本日のインターハイは最終日ということで、女子の個人試合(中量~重量級)のみ。

 私の部からの出場は、63kg・70kg・78kgの3名。うち1名は私であった。


「ふーん。後輩と同級生が1名ずつね。63級は昨日戦った主将がいるんだ?」

「そうなるな」


 お互い母親が差し入れたスイカバーを齧る中、試合が始まった。

 棒アイスにしたのは片手しか使えない私に合わせてくれたのか。


 63kg級で出場した後輩は、昨日の団体戦でも先鋒で大いに暴れてくれた子だ。

 秒殺の異名をもつ後輩の快進撃はとどまることなく、決勝戦までオール一本勝ち、経過時間もすべて1分以内と何者も寄せ付けない圧巻の戦いぶりを魅せてくれた。


「あ、昨日のアイドルだ」

 一方、同階級である昨日の女子生徒も負けちゃいない。

 後輩と比べると驚くような勝ち筋こそ無いものの、長い手足を存分に使って確実に勝利を収めている。


 あとは容姿の良さも相まって、注目度はこちらのほうが高い。畳に上がる度に黄色い歓声の濃度もどんどん高まっていった。


 これを才能がないときっぱりNは言い切ったが、いくら優勝候補のあの人でも節穴なのではないかと疑うほどの好調っぷりである。


「よっしゃいったれー」


 勝負の行方は、後輩の勝利に終わった。

 両者一歩も譲らず、試合はゴールデンスコアまで延長。

 およそ15分にもわたって凄まじい戦いぶりが繰り広げられた。


 体力が切れかかってきた頃に女子生徒の寝技が炸裂し、あわや万事休すかと目を覆った矢先。

 力を振り絞って、後輩は絡め取る足から逃れた。

 最後は巴投げで華麗に勝利を納め、会場に大歓声をもたらしたのであった。


「わ、マジか。全国制覇か。うちらの学校から。すごい日だわ、今日」

 彼女は夢中でTVにかじり付いている。今やすっかり柔道知識もついたので、それなりの深さで語れるのが嬉しい。


 決着後、私は後輩の意外な一面を見ることになる。

 後輩は優勝を飾っても、一切畳の上で喜びを見せなかった。

 乱れた道着はしっかりと直して、相手に深々と頭を下げ、固い握手を交わしていた。


 畳を降りる瞬間まで、礼を尽くす。

 対戦相手が居てこその勝利だと分かっているから。美しい去り際であった。


「これ、さ。あんたと同じ光景だったよ」

「そう、なのか」


 喜びを表すこと自体が悪い態度ではない。ルールに組み込まれている剣道ならまだしも。

 なので特別情緒の面での礼儀は指導していなかったのだが。


 その後も泣き崩れる対戦相手に駆け寄って、慰めるように優しく抱き寄せている姿が映し出されていた。

 あの女子生徒は、確か大学でも続けると言っていたか。

 1年後、二人はどこまで強くなっているのか。今から成長が楽しみであった。

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